船旅で恐ろしいもの
海を渡る船の規則や習慣というものは船ごとに異なる。その異なり方も様々で、微妙に違うものからまったく独自なものまで多種多様だ。しかし逆に、どんな船であれ同じ習慣というものもある。その1つが日の出を就業時間とし、日の入りを終業時間とすることだ。視覚に頼る人間である以上、周辺の明るさというのは決定的なのである。
『自由の貴婦人』号も例外ではなく、町の鐘を当てにできないこともあってこの日の出日の入りの習慣に従って船員は行動していた。夏は勤務時間が長くなってしまうが、逆に冬は短くて済む。
1日の仕事から解放されたユウは船内の船員室に入った。そこは船員が眠る場所であり、人が横になって滑り込める程度の空間が確保された寝台が重ねられている。要するに狭苦しい場所なのだ。
揺れる床を踏みしめながらユウは空いている寝台を探す。終業直後だけあってまだ眠っていない船員同士がしゃべっていることもあって地味に騒がしい。当直の船員以外は大体この部屋に集まっているのだ。
いくらか探してようやく空の寝台を見つけたとき、ユウは扉が開く音を背中で聞いた。なんとなく振り向くとトリスタンとエリセオの姿を目にする。
相手側もユウを見つけたようでエリセオが近づいて来た。小さい声で話しかけてくる。
「ユウ、トリスタンも入れて3人でちょっと話をしないっすか? 外に出て」
「え? もうすぐ日が暮れて何も見えなくなるよ?」
「わかってるっす。ちょっと目が冴えて眠れないんで、付き合ってほしいんっす」
体は疲れているのでユウはすぐにでも眠れそうだが、付き合いもある程度大切なことは理解していた。そして、どうもトリスタンも同意しているようなのでユウとしては微妙に断りにくい。
「少しなら良いかな。扉の近くで話そうね。
「いいっすよ。オレも夜の海は不気味だと思うっすからね」
嬉しそうにうなずいたエリセオがすぐに踵を返すとユウも後に続いた。せっかく確保した寝台だが、戻って来るまで空のままの可能性は低いだろうなと頭の片隅で思う。
トリスタンと合流して船員室から去った3人は外に出た。辺りはもう暗い。船尾楼甲板室の壁に寄って3人は座った。
最初にエリセオがユウとトリスタンに話しかける。
「ありがとうっす。たまに眠れなくなるときがあるんすよねぇ」
「寝床でごろごろしたらいいじゃないか。それじゃ駄目なのか?」
「暇なのはちょっと、だからこうして知り合いがいると付き合ってもらってるんすよ」
わからないといった様子のトリスタンにエリセオが返答した。少しばつが悪そうな顔をしている。無理に連れ出したという罪悪感はあるらしい。
3人で真ん中に座っていたユウは右側のエリセオに顔を向ける。
「それで、どんな話をするの?」
「そうっすねぇ、それじゃ気になってたことから。2人はどんな武器を使うっすか? 倉庫に武器を置くとき、2つ置いてたっすよね? あれ両方
「僕は普段
「オレも普段は
「へぇ、武器ってそんな簡単に乗り替えられるもんなんすか?」
「僕は大体の武器はある程度使えるんだ。だから斧系統でも平気なんだよ。トリスタンは慣れてないから、船に乗る前日に使い方を僕が教えたんだ」
「とりあえず、使っている最中にすっぽ抜けないようにしないとな!」
虚勢を張っているかのような感じでトリスタンが笑った。それを見たエリセオが目を見開く。
「ある程度使えるユウはともかく、トリスタンは少し心配っすね。ユウから見て、トリスタンはどんな感じなんすか?」
「とりあえずは斧を扱えるようになったって感じかな。時間がなかったから、最低限の使い方を教えて後は反復練習をさせたんだ。筋は悪くないよ」
「なるほど、そうっすか」
「でもどうして僕たちの武器のことを気にしたの?」
「前に別の船に乗ってたんすけど、そのときに海の魔物と戦ったことがあるんすよね。そのとき一緒に乗ってた同業者が武器でしくじって死んじゃったんすよ」
波が船体にぶつかる音に紛れがちなエリセオの話によると、その冒険者は最初剣を使って魔物に挑んだ。しかし、何度も全力で魔物に斬りかかっているうちに切れ味が鈍ってしまい、途中から倒れた船員が持っていた斧に武器を切り替えたという。そうして戦いを再開したわけだが、斧の扱いには慣れていなかったらしく、剣の時よりも明らかに苦労しているうちに魔物に隙を突かれて海に放り投げられてしまったそうだ。
ユウはその冒険者のことを笑えなかった。そうならないようにこれまで鍛錬してきたのだし、今回トリスタンにも即席の修練をさせたのだ。人ごとではない。
それよりも今の話で気になったことをユウはエリセオに問いかける。
「そのときに戦った魔物ってどんなやつだったの?」
「
「そんなのと戦ってよく生き残れたね」
「オレもそう思うっすよ! 見た目は蛸と同じなんすけど、なんせ脚だけでオレたち人間よりもでかいっすからね。あれを船に絡み付けて沈めようとするんすよ。それにあの脚にある吸盤に吸い付かれたら、もうどうにもならなくて」
「もしかして、死んだ冒険者っていうのは蛸の足にやられたの?」
「そうなんっすよ! ちょっとでも吸盤に触ったらあっという間に吸い付かれて海に放り出されるんすよ。人間があんなに飛ぶところは初めて見たっす」
身振り手振りを使うエリセオの話をユウとトリスタンは真剣に聞いた。船に乗っている以上、出会う可能性のある魔物である。経験者の話は聞いておいて損はない。
一通り話し終えたエリセオに次いでトリスタンが疑問を投げる。
「エリセオ、海賊と戦ったことはあるか? あいつらも厄介らしいって聞いているんだが」
「1回だけあるっすよ。魔物のときもそうだったすけど、死ぬかと思ったっす」
「どんな感じだったんだ?」
「あいつら、自分たちがいけるって思ったときに襲ってくるっすから、基本的に戦うときってのはこっちが不利なときなんすよね。船が思うように動かせなかったり、病気や怪我で船員の数が減っていたり、そんなときに襲ってくるっす」
「そんなのどうやって海賊は気付くんだ?」
「わからないっす。あいつらも船乗りだから、何か勘でも働くのかもしれないっすね。とにかく、襲われる側が有利なときはあんまりないって前の船の船員からも聞いているっす」
「犬みたいに鼻が利く連中なんだな。で、海賊は強いのか?」
「色々といるみたいっすよ。食い詰めて慣れない船に乗り込んで揺れる船の上で苦労してるヤツとか、ヤバいほど強いヤツもいるって聞いたっす」
「そんな強い奴と戦ってお前は生き残れたのか、すごいな」
「そのときはもっと強い同業者がいたんで任せたっすよ。あいつがいなかったらオレも死んでたっすね!」
「恐ろしい話だな」
「まったくっす。自分たちと相手の強さなんて完全に運っすからね。それで負けると全部奪われるっすから、こっちも必死っすよ」
話し終えたエリセオが苦笑いをした。その点は強く実感しているらしく、わずかに恐ろしげな様子だ。
海賊の話を聞いたユウも考え込む。結局は対人戦なわけだが、常に不利な状況ではじまり、狭く足場の揺れる場所で戦うことを改めて認識した。船に乗って実際にその動きにくさを実感して、改めて戦うときのことを想定し直す。
揺れる船上で話し込んでいると、エリセオが何かを思い出したかのように声を上げた。ユウとトリスタンが改めて注目すると顔を突き出してしゃべり始める。
「そうだ! ヤバいっていったら嵐が一番ヤバいっすよ!」
「嵐? あの風が強くて雨がたくさん降る?」
「そうっすよ、ユウ! 海の上だと飛んでるのかっていうくらい船が上下に揺れて、横倒しになるって思えるほど揺さぶられるんっすよ!」
「それって船がばらばらにならないの?」
「意外にもならなかったっすね。嵐の間は船内でじっとしてるんすけど、あっちこっちに転がってひどい目に遭ったっす」
「それで大怪我をするのは嫌だなぁ」
「だからこそ、周りの物はしっかりと船に固定しておくんっすよ。そうでないと、自分は転がらなくても物が飛んで来たりして最悪潰されるっすから」
「なるほど、荷物をしっかりと固定したのって、嵐対策でもあったんだ」
何でもやたらとしっかりと物を固定している理由を知ってユウは感心した。そして、人の力では何ともできない恐ろしさを改めて知る。
その後もユウとトリスタンはエリセオから船にまつわる話を色々と聞き出した。
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