船員の食事
昼になった。先任の船員が船の中を触れ回って食事時であることを伝えて回る。その場で大声を出せば全員に伝わるのではというのは誤りだ。貨物倉や船尾楼甲板室の中にいると聞こえないし、天候によっては甲板であっても怪しいのである。
炊事担当のフィデルに従ってユウは食事を配る準備を進めた。配る場所は船尾楼甲板室の前だ。手の空いている船員に声をかけて樽や木箱を一緒に運んでもらう。食事の配給となると手伝いを嫌がる者はいない。数少ない船上での楽しみだからだ。
用意ができると手の空いている船員から順番に食事を取りに来た。誰もが食事用の袋を持っており、そこに切り分けた肉と決まった枚数のビスケットを入れてもらう。更には水袋に一定量のワインも注いでもらうのだ。
仕事で手が離せない船員以外は大体取りに来た後、食事を配っていたユウとフィデルは手すきになった。ユウは大きく息を吐き出して肩を鳴らす。
「みんな笑顔でしたね」
「食べるのは楽しみの1つだから。それだけに不満が出たときは大変なんだ」
「なるほど、何となくわかります。でも、この肉って辛そうですよね。ビスケットはぱさついていますし」
「だからワインが必要なんだ。これがないと食べられない」
「荷馬車の護衛でも干し肉と水だけってときがありましたけど、船のご飯って大変ですね」
「何よりも防腐処理が優先されるから仕方ない」
長い航海で食事を維持するための方法なのでこの点はどうにもならなかった。なので、例え船長でも食事の内容は変わらない。
ユウとフィデルは雑談をしながらまだ食事をしていない船員を待っていると、船長であるアニバルがやって来る。
「なんだユウ、お前、炊事担当に回されていたのか」
「最初は甲板掃除をしていたんですけれど、それが終わったらカミロに指示されたんです。料理ができるからっていう理由で」
「なるほど、そういうことか。ま、働いているのならいい。それより、飯をくれ」
袋を受け取ったユウは塩漬け肉とビスケットを中に入れた。その脇でフィデルがワインを水袋に入れている。こちらは慣れた手つきだ。
両手に食事の入った袋を手にしたアニバルがフィデルに話しかける。
「フィデル、ユウはどんな感じだ?」
「言ったことはやってくれるから悪くない。塩漬けの肉や魚をきちんと切り分けられるようになったら言うことはない」
「そうか。まぁ、しっかり仕事をさせてやってくれ」
部下の返答を聞いたアニバルは満足そうにうなずくと踵を返した。
次いでやって来たのは浅黒い肌のディエゴだ。人なつっこい笑顔を向けてくる。
「お、今日はユウもやってるのか。他の2人はどうしたんだ?」
「甲板の掃除が終わってからは別行動になったんでわからないです。でも、ご飯をもらいにそのうちやって来るとは思いますよ」
「そうだよな。ということで、オレにもくれ!」
突き出された袋を受け取るとユウは今までと同じように塩漬け肉とビスケットを入れた。それをそのままディエゴに返す。
中身の入った袋を受け取ったディエゴは早速手を突っ込んで塩漬け肉を囓った。顔をしかめて口の中の肉を噛む。
「ん~、いつも通り辛いな!」
「食べ慣れていてもやっぱりそう思うんですか」
「そりゃもちろん、辛いものは辛いからな。ユウはまだ食べてないのか?」
「全員分を配り終わってからなんですよ。フィデルにそう教わりました」
「その通り。だから毎回早くみんなに来てほしいと思ってる」
「そういや、たまにそんなこと愚痴ってたよな、前から」
水袋も受け取ったディエゴはそれに口を付けた。次いでビスケットを噛み切る。また水袋に口を付けた。そのまま
それからしばらく間が空いて、新たに別の船員がやって来た。話を聞くに仕事を交代してもらった者たちである。
ぱらぱらと船員がやって来て大体配り終えた頃に、船内からカミロが出てきた。続いてトリスタンとエリセオも姿を現す。話をしながら体の汚れを払うと3人がユウとフィデルに近づいてきた。
最初に声をかけてきたのはカミロである。
「ユウ、ちゃんと仕事はしているようだな」
「もちろんですよ。袋を貸してください」
「オレのもお願いするっす!」
カミロの背後からエリセオも袋を突き出してきた。苦笑いしながらユウは2人の袋に塩漬け肉とビスケットを入れて返す。隣ではフィデルが水袋2つにワインを入れていた。
残るはトリスタンだが、こちらは微妙な表情を顔に浮かべながら袋を恐る恐る手渡してくる。その理由をユウは知っていた。食事の配給がこんな方法だとは想像していなかったので乗船するときに袋を持っていなかったのだ。なので、船長から船に慣れていない冒険者のための備えである袋を借り受けた。
そこまでは良いのだが、問題はその袋そのものだ。管理がいい加減なのか、借り受けたときに怪しい臭いが鼻を突いたのである。代わりの袋というと物を入れる大きな麻袋しか持っていないので使えない。そこで、海水で一生懸命洗ったのだ。一応臭いはほぼ消えたが疑念は完全に払拭できないでいる。
相棒の袋を受け取ったユウはその中に塩漬け肉とビスケットを入れた。それを返したときに顔を見たが何とも言えない表情をしている。
それでも食べないとやっていけない。トリスタンは消極的な手つきで塩漬け肉を取り出して囓った。そして、思い切り顔をしかめる。
「いつもの干し肉が甘く思えるほど辛いな。これから毎日これを食べるのか」
「そうだね。慣れるのは無理でも、我慢しないと」
「我慢というか、飲み込むのがきつい」
「トリスタン、そんなチビチビ食べてたら休憩時間中に食べきれないっすよ!」
「そりゃそうなんだが、お前は平気そうだな、エリセオ」
「オレ、辛いのは好きっすからね」
「羨ましい、いや、そうでもないのか?」
一瞬羨望の眼差しを向けたトリスタンだったが、すぐに思い直して首を
しかし、エリセオもすべてに問題なしというわけではないようだ。ビスケットを囓ったときに残念そうな表情を浮かべる。
「でも、これはちょっと、いや結構好きじゃないっすね。パサパサしすぎてて」
「そっちはさすがに駄目なのか。ワインを飲みながらでないときついよな。そのワインの味も微妙というか。これ、薄いだけじゃないよな? 何か変な味が混ざってないか?」
「そうっすか? こんなもんだと思うっすけどねぇ」
「くそ、俺だけ損しているみたいな気分だ」
同じ物を食べていて味の評価が全然違うことにトリスタンは顔をしかめた。数少ない楽しみである食事を楽しめないのは確かに損ではある。
そうやって冒険者2人が話しているところにカミロも加わってきた。こちらは何でもないように塩漬け肉とビスケットを食べている。
「船に持ち込める物は限られてる上に、食い物は傷みやすいからな。こればっかりはどうしようもないぞ」
「カミロは何ともないのか?」
「これはまだ新鮮な肉とビスケットだから平気だ。長い航海で腐った肉とウジが湧いたビスケットを食べるのに比べたらごちそうだぞ」
「え、腐った? ウジ? そういえば、酒場で引退した水夫の爺さんからそんな話を聞いたことがあるな。ちくしょう、やっぱり本当のことなのか」
「その爺さんがどんな水夫かは知らないが、この話は本当だぞ。ひどいときには下痢にもなることがある」
話を聞いたトリスタンが絶句した。ついでにユウも固まる。確かにその話は前にも聞いたことがあった。しかし、その食べ物を食べながら現役の経験者に語られるとまた一段と心に響く。一方、同じ冒険者でもエリセオは苦笑いをしながら食事を続けていた。
食事の話で動揺していたユウだったが、隣のフィデルに肘で突かれる。新たに船員がやって来たのだ。慌てて袋を受け取って塩漬け肉とビスケットを入れる。
そうしてようやく全員分を配り終えた。フィデルに塩漬け肉を入れていた樽は調理場に、木箱は倉庫に持っていくよう指示される。
「1人で持っていくんですか?」
「どっちも軽くなってるから大丈夫」
言われてから樽を持ってみると確かに持てた。いくらか塩が残っているが、多少持ちにくいだけで重さは問題ない。木箱に至っては完全に空なので片手でも持てる。
納得したユウはうなずくと木箱から運んだ。軽い足取りで倉庫に入ると隅の方へと置いておく。もちろん、きちんと固定させた。次いで外に戻ると樽を持ち上げた。そうしてゆっくりと歩いて調理場へと持って行く。
先に戻っていたフィデルがユウに塩漬け肉を切っていた板の上にある肉とビスケットを食べるよう告げてきた。そして、水袋を出すように急かされる。
やっと食事にありつけたユウは肉を囓って顔をしかめた。
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