命に直結する買い物
依頼を引き受けることができたユウとトリスタンは貧民街の市場へと向かった。今の自分たちに足りない物はわかっているので迷いはない。
最初に足を向けたのは雑貨屋だった。少し斜めに傾いている建物の中へとは入る。薄暗い中、店の奥にいる店主へと近づいた。先頭のユウが声をかける。
「こんにちは。耳栓を買いたいんですけど、ありますか?」
「あるよ。ちょっと待ってくれ。ほれ、こいつだ」
店の棚の一角に埋もれるように置かれていた小さな塊をいくつも手にした店主は、それをカウンターの上に置いた。微妙に大きさの違うコルク製の耳栓である。
自分の耳に合う物を見つけるべく、ユウとトリスタンは耳栓をいくつも試した。最初は適当に選び、具合を確認してから大きい物や小さい物を選んでゆく。やがてぴったり合う物を見つけるとお互いに大声を出して確認した。確かにほぼ何も聞こえない。近くにいた店主は少し顔をしかめていた。
耳栓を外したユウがトリスタンに改めて声をかける。
「僕はこれで良いよ。トリスタンは今持ってるやつにするの?」
「ああ、俺はこれでいい。店主、これっていくらです?」
「2つで一組、鉄貨10枚だよ。ところでお二人さん、どうして耳栓なんて買うんだい?」
「これから船に乗るからですよ。
相棒の会話を聞いていたユウは鉄貨をカウンターに置きながら店主の顔つきは微妙に変わったのを見た。より商売人の顔つきになったのだ。
店主はトリスタンに目を向けてにこやかに話しかけてくる。
「海の魔物か。そりゃ大変だな。あれって追い払うだけでも大変なんだろう?」
「だと聞いていますが」
「だったらいいのがあるんだ。こいつを見てくれ」
「これは、護符? そっちの小袋の中は、粉?」
「ああ、こっちは海神の護符というやつで、これを持ってると魔物に遭いにくくなる御利益があるんだ。それでこっちは魔物避けの粉で、襲ってきた連中を追い払えるスグレものなんだよ」
「はぁ」
熱心に勧めてくる店主にトリスタンは気の抜けた返事をした。ちらりとユウを見る。
もちろんユウも胡散臭く感じていた。試しに店主へと尋ねてみる。
「その海神の護符と魔物避けの粉っていくらするんですか?」
「護符が銅貨10枚、粉は銅貨1枚だよ」
値段を聞いたユウは即座に紛い物だと断定した。話に聞いただけの海の魔物だが、それでも非常に厄介な敵ばかりである。それを近づけさせない効果がある護符が銅貨10枚などあまりにも安すぎた。粉に関しても同様だ。効果と値段がまるで合っていない。本当にそんな効果があるのなら、護符なら金貨単位、粉なら銀貨単位の値段が最低金額になるはずだ。
値段設定から推測するに、これは一般の船員か冒険者、特に海に不慣れな者を相手にした詐欺だろうとユウは考えた。値段だけを見ると充分買える値段だからだ。さすが貧民街の市場、怪しい品物を売っていると妙な関心をする。
相棒に小さく首を横に振ると、ユウは店主に続いていくつかの質問を投げかけた。護符の神とはどこの宗教でどの神殿で作られているのか、粉の製造元やその製作者の腕の確かさなどだ。回を重ねるごとに店主は言葉に詰まり、不機嫌になっていくのを目にする。
頃合いを見計らって、ユウはトリスタンを引き連れて道具屋を出た。目的の物は買えたのでもう用はない。そして、明日このエンドイントの町を出るので、この店にやって来ることはもうないだろう。
次いでユウとトリスタンがやって来たの武器屋だ。どちらも冒険者ギルドの受付係や酒場で出会った老水夫が武器は斧や槍を勧めていたことを覚えている。なので、その助言に従おうとしたわけだ。
貧民街の市場の一角にある少し傷んだ建物に2人は入った。店内には先客が何人かいる。その人々に交じってユウたちは並べられている斧を見て回った。
真剣な表情で斧を見る相棒の隣でユウは難しい表情を浮かべる。いくつか手に取って確認してみたがその表情は晴れない。
その様子に気付いたトリスタンがユウに声をかける。
「ユウ、どうしたんだ?」
「う~ん。こういう所のお店だから仕方ないんだろうけど、ちょっと武器の品質がね」
相棒に顔を寄せたユウが囁くように返事をした。貧民街の市場にあるような店なので多くを期待できないのは最初からわかっていたが、それにしても少し悪いように見えるのだ。
早々に店を出たユウはトリスタンを連れて別の武器屋に入る。しかし、そこでも結果は変わらなかった。なので何度か店を変えて武器を見て回る。結局、どこも似たような物だった。
路地の脇に立ったユウが独りごちる。
「おかしいな。エンドイントの町くらいの規模なら、貧民街の市場でももっとましな武器を売っていてもおかしくないはずなのに」
「確かにあんまり良くなかったよな。錆が浮いている斧もあったし。町の中の店も覗いてみるか?」
「町の中だと今度は高すぎるよ。自分の命がかかっているのはわかっているけど、一時的に使う武器として町の中のものを買うのはなぁ」
「そうなんだよなぁ」
難しい顔がトリスタンにも伝染した。金銭的な余裕はあるとはいっても、町の中の武器を気軽に使い捨てにできる感覚は今のユウにはない。しかし、自分の命と銀貨を天秤にかければ命に傾くのも確かだ。ここが決断のときである。
「やっぱり町の中で買おう。戦っている途中で武器が欠けたり壊れたりするのは絶対に避けたい」
「確かに。船の上じゃ逃げられないもんな」
心の中の天秤に従ったユウはトリスタンと共にため息をついた。そして、行動する。
町の中に入るために必要な入場料を支払った2人は城壁の内側に足を踏み入れた。そうして武器屋を探して店内に入る。珍しく嫌な顔をされずに済んだユウたちはその店で充分に吟味して
思わぬ出費を強いられたユウとトリスタンは微妙な表情を浮かべて町の外に出た。既に四の刻の鐘は鳴り終わっているので酒場で昼食を済ませる。向かう先は再び貧民街にある市場だ。
雑貨屋と武器屋とは違い、2人が次に向かったのは露天の商売人が並ぶ路地である。最初は串焼きやスープを売っている屋台が並んでいたが、次いで畑で採れた穀物、野菜、青果を売る露天商に変わった。どこもかしましく客を呼び込んでいる。
居並ぶ店を見て回りながらユウたちは青果の露店が集まる場所に入った。少し青みがかったものから色鮮やかなものまで多数の果物が並べられている。
とある露店の青果店でユウは足を止めた。積み上げられている果物から目を離して店主へと顔を向ける。
「おじさん、柑橘類はありますか?」
「いくらでもあるぞ。こっちと、これだ」
「色が少し違いますね。こっちは薄くて、こっちは濃い」
「薄い方はゼッカで皮が柔らかいんだ。濃い方はダーシュ、こっちは皮が固い。どっちも酸っぱいが、何日か間を置いたらましになる。熟してから食べた方がいいぞ」
「違いはあるんですか?」
「ゼッカの方がより甘くなりやすくて、ダーシュの方はちょっと酸っぱいままかな。だから、そのまま食べるのならゼッカで、料理に酸味を入れるときにはダーシュを使うのが普通だな」
「こっちは料理用なんですね」
「別にダーシュだって生で食べられるぞ。酸っぱいが」
「誰がそんなもん食べたがるんだよ」
隣でやり取りを見ていたトリスタンが呆れたように突っ込んだ。しかし、今ユウたちが求めているのは正にその柑橘類なのだ。
相棒の意見は気にせずにユウが店主と話を続ける。
「それで、このゼッカとダーシュ、どっちが日持ちするんですか?」
「ダーシュだ。ゼッカは1週間くらいが限度で、ダーシュは倍の2週間くらいだぞ」
「う~ん、生で食べるならゼッカで、保存を考えるのならダーシュかぁ」
「何に使うつもりなんだ?」
「僕たち明日船に乗るんで、持ち込んで食べようかなって思っているんです。次の港まで2週間近くかかるそうなんですけど、それを考えると」
「だったら、両方を買えばいいじゃないか。10個買うなら半分をゼッカ、もう半分をダーシュって感じでね。それで、先にゼッカを食べるんだ」
目を見開いたユウが店主の顔を見直した。トリスタンとも顔を見合わせる。
方針が決まった2人は次いで柑橘類をいくつ買うかで悩んだ。毎日食べるのが理想なのだろうが、酸っぱい物をそう何度も食べたいとは思わない。老水夫の助言を参考にしながら考える。最終的に2人はゼッカとダーシュを3個ずつ買った。味を想像すると微妙な買い物だが必要なものには違いない。
ともかく、これで必要な物はすべて揃った。
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