船の仕事
エンドイントの町での休暇中、ユウとトリスタンは自分たちが次に向かう場所がある程度見えてきた。次いでその場所へと移動手段を調べたところ、船という手段が選択肢に上がる。
今までほとんど海に関わったことのない2人は色々と調べた結果、船旅はなかなか厳しい旅になるかもしれないということが判明する。しかし、陸路だと比較的安全な経路では数ヵ月も大回りしなければならないという問題があった。
元船乗りの老人から話を聞いた翌朝、安宿で目覚めた2人は寝台に座って干し肉を囓りながら今後について話し合う。
「ユウ、もうすぐ休み始めて1週間になるけど、この後は例の北の場所に行くのか?」
「そのつもりだよ。今までどこが果てだかさっぱりわからなかったけど、ようやく先が見えてきた感じだね」
「これで先が見えてきた感じなのか。改めて思うが、大雑把過ぎるだろう」
「いろんな所に行けていいじゃない」
「まぁ、色々体験できるのは確かだけどな。それで、荷馬車と船、どっちで行くつもりなんだ? ちなみに俺は荷馬車で大回りだな」
「どうして?」
「同じ危険でもまだ理解できる危険だからだよ。それに、これまで散々荷馬車の護衛はやってきたし、経験も充分にある。急ぎの旅じゃないんだったら大回りしてもいいだろう」
しゃべり終えたトリスタンが手にしている干し肉を噛みちぎった。すぐに水袋を口にする。それからユウへと目を向けた。
意見を求められたユウは少し考えてから口を開く。
「僕は船に乗ってみたいな」
「あの爺さんの言葉を真に受けたとしたら、乗りたくなくなると思ったんだが」
「正直怖いっていう感覚は結構ある。でも、そんなことを言ったら、一生船には乗れないままでしょ」
「確かにそうだが、もっと安全に航海できる機会があるかもしれないぜ?」
「今の時点じゃどこにそんな機会があるのかわからないじゃない。だから、今乗れる機会があるなら、船に乗っておきたいんだ」
「ユウはそういうところ、本当に冒険者らしいよな」
「そうかな」
「俺の場合、生活のために冒険者稼業を始めたから、そういう冒険心ってユウほどないんだよな。でもそうか、この機会を逃すとしばらく海とは縁がなくなるんだよな」
「大回りだと確か内陸の方に行かないといけないんだったよね。だったらしばらく海はないと思う」
それきりお互いに黙り、しばらく干し肉を囓っては飲み込むという作業を繰り返した。ユウの方はじっと待っているだけだが、トリスタンは悩んでいる様子だ。
やがてほとんど干し肉を食べ尽くすと、トリスタンが大きく息を吐き出す。
「
「それじゃ決まりだね」
相棒の言葉を聞いたユウは嬉しそうに頷いた。パーティの方針がこれで決まる。
最後の干し肉のかけらを口にした2人は寝台から立ち上がった。
安宿を出たユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所へと向かった。こぢんまりとした建物に入ると受付カウンターへとまっすぐ向かう。対応してくれたのは先日の受付係だ。
一度会った職員の男は2人の姿を見て声をかける。
「久しぶりだね。今日は何の用かな?」
「船の仕事をしたいんで、どんな依頼があるのか教えてください」
「決心したんだね。ここからだと、南北ブレラ海や鉤爪海の沿岸の港町行きが多いよ。南ブレラ海だとセレートの町とシーライヴの町かな。本当はトレハーの町もあるんだけど、あそこはちょっと今問題があって行く船がないんだ。それで、北ブレラ海だとレニッシュの町とティッパの町だね。残るは鉤爪海で、パリアの町、アディングの町、アンロウの町があるよ」
「たくさんありますね。どこの港町に行く船からも依頼が来ているんですか?」
「届いているよ。大抵は港に着いた船はとりあえずここに依頼書を出す習慣があるんだ。冒険者が船に居着くことは普通ないからね」
「僕たち、大角山脈の北側に行きたいんですけど、そっち側に行く船はありますか?」
「東モーテリア海の沿岸かい? あるにはあるけど、ナルバの町行きの依頼が1つ」
「ナルバの町ってどこにあるんですか?」
「大角の山脈の北側にある茶色の川の河口にある港町だよ。ノースホーン王国の王都でもある。あの国じゃ一番大きな町かな。こぢんまりとしてるらしいけど」
受付係の男によると、ノースホーン王国は豊かな国ではないということだ。大角山脈の北側一帯に広がっており、西はナルバの町から東はティッパの町までが国土だという。
続いてトリスタンが受付係の男に話しかける。
「それってどんな依頼なんです?」
「『自由の貴婦人』号っていう商船のアニバル船長からの依頼だよ。戦闘要員兼雑用だから一般的な依頼かな。エンドイントの町からナルバの町まで商品を運ぶそうだ。報酬は1日銅貨10枚、戦闘で敵を倒したときは追加報酬が支払われるよ」
「報酬額以外は荷馬車の護衛と変わらないんですね」
「当てにしていることはどちらも同じだからね」
「ユウ、この依頼を引き受けるっていうことでいいのか?」
「うん、これにしよう」
「船は港の東の端近くに停泊してるらしいよ。
依頼のための紹介状を用意しながら受付係の男はユウたちに船の場所と特徴を教えた。大雑把ではあるが、後は荷馬車と同じく現地で探す方式である。
書き上げられたばかりの紹介状を手にしたユウはトリスタンと共に冒険者ギルド城外支所から出た。
エンドイントの町の海側の港は町の南東にある。岸壁は石材で固められており、海へと突き出ている桟橋がいくつもあった。その桟橋に大小様々な船が係留され、船員や人足が往来している。
紹介状を手に入れたユウとトリスタンは石畳の上を東へと歩いた。できるだけ周りを行き交う人々の邪魔にならないように経路を選ぶ。特に荷物を運んでいる人足は要注意だ。
船は目測で全長が40レテム程度、幅が10レテム程度の大きさだ。上から見ると全体的に楕円形に近い形をしているが、船首側は先に向かうほど細くなっている。船首頭部は船の本体から斜め前に突き出しており、その先には太い縄がくくり付けられていて、船首に近い
桟橋で船を見ていた2人は、船側から1人の男が板を踏みしめて桟橋に降りてくるのを目にする。頭頂部が禿げている日焼けして皺の多い顔の男だ。
その男がユウたちに声をかける。
「冒険者ギルドからやって来た2人組というのはお前たちか?」
「はい、そうです。僕がユウ、こっちはトリスタンです。これが紹介状です」
「本物だな。俺はこの『自由の貴婦人』号の船長であるアニバルだ。雇用条件は冒険者ギルドに出した通りだが、それは大丈夫なんだな?」
「はい。行き先はノースホーン王国のナルバの町で、僕たちは戦闘要員兼雑用、報酬は1日銅貨10枚ですよね。ただ、船は川の船に1度乗っただけで、船の上での戦闘経験はありません」
「海は初めてか。どうしてこの船に乗ろうと思ったんだ? 陸の専門なら、荷馬車の護衛でもすればいいだろう」
「僕たち、大角山脈の北側にある東の果てに行きたいんです。街道伝いだと何ヵ月も大回りしないといけないと聞いたのと、1度船で海を渡ってみたかったんです」
「変わった理由だな。東の果てか。この船はそこまで行かないぞ」
「知っています。でも、大角山脈の北側までは行けるんですよね。まずはそこまで行きたいです」
「面白い奴らだな。いいだろう。そういうことなら雇ってやる」
にやりと笑ったアニバルが採用してくれたことにユウたちは喜んだ。とりあえず、これで前に進める。
この後、1度船に乗り込んで船長に船員を紹介してもらう。外出している船員もいるので全員ではなかったが主要な人物には会えた。その中で、今後船の中で特に関係がありそうな人物とも挨拶を交わす。
出発前日である明後日の朝に再び船へとやって来ることになると、ユウとトリスタンは一旦船外へと出た。遅くとも明日中には準備を整えないといけない。しかし、幸いなことにそのための知識は既に充分にある。
期待と不安を胸に2人は港から立ち去った。
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