エンドイントの冒険者ギルド城外支所
酒場で地元の冒険者から話を聞いたユウとトリスタンは、翌朝エンドイントの町にある冒険者ギルド城外支所へと足を向けた。建物はこぢんまりとしたもので室内にはそれほど多くの冒険者はおらず、受付カウンターにも待ち行列はほとんどない。
これ幸いと2人は最も少ない行列に並んだ。すぐに受付カウンターの前に出るとユウが受付係の男に声をかける。
「このエンドイントの町で冒険者が船関係の仕事に就けますか?」
「就けるよ。ここは初めてかな?」
「はい。何日か前にやって来たばかりなんです」
「その口ぶりだと、荷馬車の護衛でやって来て、次は船の仕事がしたいわけかい?」
「その通りです。船関係の仕事はしたことがないですけれど」
ユウたちのような冒険者は他に何人もいたのだろう、受付係の男はユウの話を聞いても表情をまったく変えなかった。そのまま淡々と説明してくれる。
「わかった。なら、最初に冒険者に回ってくる船の仕事を簡単に説明しよう。雇われて船に乗り込む冒険者は戦力として当てにされている。これは、海に住む魔物や海賊から船を守るためだ。同じように傭兵も雇われることがあるが、実のところ船員からしたらその違いはあまりない。一応、冒険者は魔物、傭兵は海賊というぼんやりとした棲み分けはあるけどね。いつ、何が襲いかかってくるかわからないから、その棲み分けも大して意味はないけど」
「荷馬車の護衛のような感じですね」
「けれど、冒険者が船長に雇われて船に乗り込むときは、雑用の仕事をすることも求められているから気を付けるように。知らないで雑用を拒否しようものなら海に放り込まれるからね」
「ということは、護衛兼人足の方が近いですね」
「確かに。船の中という限られた空間に積み込める荷物は限られているから、乗り込んだ人を遊ばせておくわけにはいかないんだよ。だから、休憩時間以外は休みなく働くことになると思った方がいい」
受付係の話を聞いたユウは説明を聞いてうなずいた。荷馬車での仕事ならば護衛だろうが人足だろうが移動中は暇なときが割とある。しかし、船の中では暇とは無縁らしい。
次いで横からトリスタンが受付係の男に話しかける。
「船で雇われた場合の報酬って大体どのくらいなんですか?」
「平均して銅貨10枚かな」
「荷馬車の護衛兼人足よりもずっと高いな!」
「つまり、それだけきついということですね」
感嘆の声を漏らすトリスタンを横目で見ながらユウは確認の言葉をカウンター越しに投げかけた。受付係の男が曖昧な笑顔でうなずくのを見る。
荷馬車のときと同じように働きながら船に乗ることを考えたユウだったが、報酬額からなかなか厳しそうな感じがした。気になる点を更に尋ねてみる。
「戦い以外に、冒険者はどんな仕事を任されるんですか?」
「雑用全般だよ。甲板の掃除、荷物運び、道具の手入れ、なんかかな。その他にも思い付いたことをどんどん任されるはずだよ。しかも、波で常に揺れる船の中で仕事をしなくちゃいけない。慣れるまでは結構つらいだろうね」
「その仕事はどの船に乗っても変わらないんですか?」
「一般的な作業についてはね。その船固有の作業や習慣があれば話は変わってくるけど、それはその船に乗ってみないとわからないかな」
「ということは、ここで依頼書を見ても面接をしてもわからないと」
「面接をする船長が話さない限りはね」
この点は荷馬車も同じであったが、ユウは何となく嫌な感じがした。足が地面に着かない場所で働くだけに不安感が増すのだ。
黙り込んだユウに代わって次にトリスタンが受付係の男に話しかける。
「海で戦う相手は魔物や海賊だってさっき言っていましたけど、他に戦う相手はいますか?」
「いないよ。ただ、魔物と海賊だと戦い方はまったく異なるから気を付けた方がいいね」
「どう違うっていうんです?」
「まず、海の魔物は陸の魔物よりもずっと大きいんだ。そのせいで倒すのはかなり苦労する。だから、斧なんかの刃物で一部を切断して、魔物が我慢しきれずに退散してくれるのを期待するのが一般的な戦い方なんだよ」
「え、倒すんじゃないんですか」
「実際に見てみたらわかるけど、あれはとても無理だね。何十レテムもある大きな魔物を人間が持つ武器で倒そうとするのがそもそも無茶なんだ」
「そんなでたらめな魔物がいるところに、よくみんな行きますね」
「1回荷物を運ぶとそれだけ利益が大きいからなんだよ。それに、撃退させるだけなら何とかできるから、挑戦する商人が後を絶たないんだ」
「有効な武器ってないんですか?」
「そうだねぇ、力任せに切れる斧か、急所を突き刺せる槍は比較的使えるかな」
「剣はどうです?」
「やめておいた方がいい。最悪すぐに折れる」
「うへぇ」
自分の武器が海の魔物に通用しないと聞いたトリスタンは肩を落とした。
相棒の後を引き継いで次にユウが尋ねる。
「
「
微妙な顔をされつつも首を横に振られたユウも肩を落とした。どうやら陸上とはかなり勝手が違うようだ。
口を閉ざしたユウに代わって再びトリスタンが受付係の男に疑問をぶつける。
「それじゃ、海賊との戦いの方はどうなんです?」
「海賊と戦う場合は取り回しのいい武器だと戦いやすいね。剣、斧、槍なんかだけど、少し短めの方がいいんじゃないかな」
「長いと何が問題なんですか?」
「理由は2つある。1つは、海での戦いっていうのは船の上で戦うから場所が限られているんだよ。しかも敵味方入り乱れているから大きい武器を振り回せる広さはないんだ。それに、船っていうのは意外に障害物が多い。帆を支える支柱や縄に行動を制限されやすいからね」
「もう1つは?」
「船の上っていうのはね、常に揺れているんだ。何しろ海自体が波打っているからその影響をどうしても受けてしまう。そんな場所で陸の上と同じように長い武器を振り回せる人間はそういないよ。慣れていないと特にね」
「あー、なるほど」
「たまに波が高いときに大揺れして海に落ちる船員もいるくらいだから、初めて船に乗るときは気を付けるようにね。誰にも気付かれないまま溺れ死ぬなんてイヤだろう?」
川で乗った船よりも揺れが大きいことを知ったユウとトリスタンは渋い顔をした。
黙る2人に対して受付係の男は変わらない態度で話を続ける。
「色々と話をしたけど、別に船の仕事を避けるように言っているわけじゃないよ。陸上とは違った危険があるから気を付けるようにって忠告しているんだ。船舶関係者からの依頼は常に何かしら届いている。つまり、向こうはいつも人手不足ってわけだ。こちらとしても船関係の仕事を引き受けてもらえるのは嬉しいよ」
「そうですか。ユウ、どうする?」
「勝手が違うことはわかったけど、今すぐ引き受けたくなるような感じじゃないよね」
「とはいっても、昨日の話だと、街道伝いはやたらと大回りするって聞いたからな。俺たちに選択肢はないように思えるが」
「どんな仕事があるのかとりあえず知りたいなら、いくつか紹介するよ」
仲間内で相談している横から受付係の男が口を挟んできた。そちらに目を向けたユウは黙る。
これが荷馬車の護衛ならすぐにでも返事をしていたユウだが、現時点ではいまいち行動に移せないでいた。未知のことに尻込みしているようでは新しいことはできないが、何となくすぐに飛びつけないときもある。
「仕事の紹介はまた今度にしたいと思います。今は休暇中なんで、もう少し考えてからにしようかなと」
「構わないよ。さっきも言ったけど、船関係は人手不足だからいつでもあるしね」
「それじゃ、また来ますね」
話が一段落したと考えたユウは相棒と共に冒険者ギルド城外支所を出た。そうしてトリスタンにすぐ話しかけられる。
「ユウ、さっきの話、どうするんだ?」
「もうちょっと考えてみようと思う。大体、今回は話を聞きに来ただけなんだから、すぐに仕事を紹介してもらう必要もないでしょ」
「確かにまだ休みは続いているもんな」
「とりあえず、船の仕事がどんなものなのかいくらか知れて良かったよ。これをきっかけに、他の人の話も聞いて考えをまとめようと思う」
「また酒場で誰かから話を聞くわけか」
うなずくトリスタンの顔を見るとユウは歩きながら背伸びをした。新たな場所に向かう手段として船は有力な選択肢だが、まだ決定したわけではない。今は休暇中なのだからゆっくりと考えれば良いのだ。
まだ昼までいくらか時間がある。この間何をしようかと考えながらユウはトリスタンと共に歩き続けた。
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