今後の行き先についての検討

 鉱石の川で体と服を洗ったユウとトリスタンは六の刻まで焚き火で服共々体を乾かした。途中、トリスタンは辛抱できずに生乾きの服を着て顔をしかめる。


 鐘の音が鳴る中、ユウは空を見上げた。今の時期は日没の時間が七の刻に日々ずれている。なので、当面は明るいままだ。


 釣られてちらりと空に目を向けたトリスタンがユウに声をかける。


「まだちょっと乾ききっていないが、そろそろ酒場に行かないか?」


「そうだね。完全に乾かそうとするとまだ結構時間がかかるだろうし」


 残り少ない木の枝に顔を向けたユウがトリスタンに答えた。焚き火を使って体と服を乾かすときは気温の低さもあって完全に乾かせたことがない。どこかで見切りを付ける必要があった。


 焚き火の火を消すとユウとトリスタンは背嚢はいのうに防具をくくり付ける。さすがに生乾きの服の上から防具を装備する気にはなれない。用意ができるとどちらも背嚢を背負った。


 鉱石の街道まで戻った2人は町へと向かう。すぐに街道の両側に宿と酒場の建物が姿を現した。それに合わせて人通りも増えてゆく。


 エンドイントの町で休暇中の2人は毎回別の酒場で食事をしていた。特に理由があるわけではない。何となく店を変えているだけだ。


 今回も特に考えがあるわけでもなく、トリスタンを先頭にとある酒場へと入った。店内は既に賑わっており、テーブルは満席だ。カウンター席も1つしか空いていなかったが、その隣の席がちょうど空席となる。


 これ幸いと2人は連なった空席に座った。すぐに給仕女を呼んで料理と酒を注文する。雑談で間を持たせている間に注文の品が届いた。エールを飲んで一息ついてから食事を始める。


 食事が落ち着くと木製のジョッキを片手にどちらも雑談を再開した。内容は今後の行き先についてである。


「それでさっきの話の続きなんだが、この休暇が終わったら次はどこへ行くんだ?」


「どうしようかなぁ。とりあえず、ここが東の果てかどうか確認したいんだけど、誰に話を聞こうかな」


「お2人さん、面白い話をしてるじゃないか」


 トリスタンの左隣から男の声がかけられた。2人して顔を向けると中年の冒険者風の男が木製のジョッキを持って身を乗り出している。顔は既に赤い。


 一瞬言葉に詰まったユウとトリスタンだが、ユウが先に男へと話しかける。


「もしかして冒険者なんですか?」


「おう、もちろんだ! このエンドイントで10年ほどやってるんだぜ。あんたら、見かけない顔だな」


「何日か前に荷馬車の護衛でこの町にやってきたんです」


「ようこそ、エンドイントの港町へ、はは!」


 結構出来上がっているらしく、木製のジョッキを傾けては陽気に笑っていた。そして、そのままトリスタンへと声をかける。


「で、東の果てがどうとか言っていたみたいだが、何の話なんだ?」


「俺たち、西のマグニファ王国のミネルゴ市からずっと東に向かって旅をしているんですけど、街道を伝ってこの町までやって来たんですよ。それでここが陸地の東の端なのか気になっていたところなんです」


「マグニファっつったら大国じゃないか。そんな遠くからなぁ。で、ここが東の果てかって? 違うな。この辺りの東の端っつったら、ティッパの町だ」


「どこです、それ?」


「この港町の北側に鉤爪海と北ブレラ海っつーでっかい海があるんだが、その奥、更に大角の山脈の向こう側にある港町だ」


「海の向こう、ですか。ブレラ諸島よりも東にあるわけですか、その港町は?」


 説明を聞いたトリスタンが微妙な表情を浮かべた。しかし、木製のジョッキを横に振って否定する中年の冒険者に戸惑う。


「違う違う、そうじゃねぇ。この辺りのモンじゃねぇからさっぱりわかんねぇんだな。よし、ちょっと絵に描いてやるぜ!」


 食べ終わった空の皿から匙を取り出した中年の冒険者はカウンターに匙をなぞらせた。ペンではないので匙でなぞられた跡には何も残らないが、ユウとトリスタンも頭の中でそれを補う。


 その見えない地図によると、エンドイントの町がある南鉤爪半島の北に北鉤爪半島があり、その近辺を境に西に鉤爪海、東に北ブレラ海がある。そして、更に鉤爪海の北側には西回りでこちらと地続きの陸地があり、西から東に向かって大角の山脈が横たわっていた。ティッパの町はその山脈の東端にある。ブレラ諸島はその更に東側にある島々ということだった。


 どうにか頭の中にこの辺りの地図を思い描いたユウが中年の冒険者に顔を向ける。


「ということは、ここは東の果てじゃない?」


「ああ違う。本当の東の果てはブレラ諸島になるし、地続きの場所ってんなら北にあるティッパの町だな」


「なるほど。なら、その町に行くにはどうすればいいんですか?」


「船を使うのが一番だな。街道を伝って行く方法もあるが、ありゃ危ねぇ」


「どう危ないんですか?」


「ここから陸路で最短の道を行くとなると、ベンポの町から北に伸びてる狭隘きょうあいの街道を通らなきゃいけないんだ。けど、あそこの街道は魔物を手懐けた山賊に特に襲われやすい。だから最近じゃあまり使われてない街道なんだよ」


「確か、山賊の討伐隊が返り討ちに遭ってほとんど通行止めになっているんでしたっけ?」


「知ってんじゃないか! その通りだよ。だから街道伝いだと、何ヵ月も西側に大回りしなきゃダメなんだ」


 中年の冒険者の話を聞いてユウとトリスタンは困った表情を浮かべた。聞けば、西側に大回りするとなると鉱石の街道を引き返さなければならないという。急いでいないのでその手段を採用することは可能だが、そうなると徒労感が大きい。


 どうしたものかと2人が考え込んでいると、木製のジョッキを空にした中年の冒険者が更にしゃべり続けた。しかし、今までと違って自信なさげな声である。


「ただなぁ、オレも話を聞いただけでそこへ行ったことはないんだが、ティッパの町よりも更に東へと陸地が続いている場所があるらしい」


「え? どこなんですか?」


「確か、狭隘の街道をずっと北に進んで、大角の山脈の西側を通り過ぎてもずっと北に進んだその先らしいぞ。オレはそっち側に行ったことがないからよくわからんが」


「ということは、更に東へと進みたいのなら、一旦北へ向かわないといけないってことですか?」


「そうなるな。いやぁ、世界は広いなぁ」


 しゃべるだけしゃべった中年の冒険者は木製のジョッキを傾けようとして顔をしかめた。既に空だったので給仕女を呼んで代わりを注文する。


 話を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせた。一部要領を得ない部分もあるが、ともかくエンドイントの町が東の果てではないことは理解できた。そして、更に東へと向かいたいのならば、一旦北に進む必要があることも知る。


 そうなると問題は、これからどうやって中年の冒険者の言う更に東へと続く場所に行くかだ。このまま街道を使うのならば一旦大きく西へと戻ってから北に進む必要がある。狭隘の街道を使えたら良いのだが、魔物を手懐けた盗賊の厄介さを実感しているユウたちとしては可能なら避けたい。


 今度はトリスタンが中年の冒険者に話しかける。


「そういえばさっき、ティッパの町に行くなら船を使うのが一番って言っていましたよね。それって大角の山脈の北側にも行けるんですか?」


「行けるぞ。ここから直接行けなくても、船を乗り継いで行けばそのうちたどり着けるだろうさ」


「荷馬車を乗り継ぐみたいな感じかぁ」


「いい例えだなぁ。確かにそんな感じだぜ。ただ、海には海の危険ってやつがあるし、何より客として乗り込むってなるとやたらと金がかかるのが厄介だな」


「海の危険っていうのは?」


「魔物と海賊だよ。陸の魔物と違ってみんなやたらめったらでかいぞ。それに、海賊に狙われたら面倒だ。こっちの船に乗り込まれると逃げられねぇし」


 海に出る船に乗ったことのないユウとトリスタンは曖昧にうなずいた。体験したことがないので何とも言えない。


 しかし、ユウは別の気になったことを中年の冒険者に尋ねる。


「お客として乗るとしたら、どのくらいかかるんですか?」


「例えば、ここから隣のレニッシュっていう港町までなら、12日で銀貨6枚だ」


 実際の値段を聞いたユウは川を往来する船と同じ料金ということに気付いた。しかし、それが妥当なのかどうかまではわからない。


 その後もユウとトリスタンは中年の冒険者と話を続けた。もっと何かを聞き出せるかもしれないとエールを奢って気持ち良くしゃべってもらう。しかし、次第に酔いが回ってきたらしく話が堂々巡りを始めた。やがて中年の冒険者はカウンターに突っ伏してしまう。


 有用な話をいくらか聞けた2人は席を立ち上がった。今夜はここまでだ。自分の背嚢を背負ったユウたちは満腹の腹を抱えて店を出た。

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