これからに備えての骨休め(後)

 ユウとトリスタンがエンドイントの町で休んで数日が過ぎた。基本的には別行動で、ユウは日中に自伝のようなものを書いて夜は夕食後にすぐ眠っている。一方のトリスタンは、昼は賭場で遊び、夜は娼館で励み、朝は安酒場で眠ることを繰り返していた。


 どちらも好き勝手に遊んでいたわけだが、同じことを繰り返しているとやがて飽きてくる。最初に声をかけたのはトリスタンだった。昼食時、酒場で頬張っていた肉を飲み込むとユウに顔を向ける。


「ユウ、昼から模擬試合をしないか?」


「良いけど、どうしたの?」


「そろそろ賭場も娼館もいいかなって思えてきたんだ。さすがに毎日やっているとな」


「賭場で派手に負けたり、娼館で相手に入れ込んだりしてお金がなくなったんじゃなくて、単に飽きただけってわけ?」


「そういうことだ。ちなみに、博打の成績はトントンだぞ」


「その言い分が正しいのなら、本当に時間を潰していたっていうだけになるね」


「大儲けする気はなかったけど、さすがに財布の中身に変化がないままだと飽きてくるんだよなぁ」


「へぇ、そういうものなんだ」


 博打に興味のないユウは話を聞きながら木製のジョッキに口を付けた。むやみやたらに路銀を失わなかったので特に何かを言う気はない。


 昼食を終えたユウとトリスタンは町の郊外に出向いた。点在する立ち木の1つに荷物を置くと、ユウがトリスタンに体を向ける。


「それじゃ始めようか」


「待ってくれ。棒きれを探そうぜ。素手は全然勝てないから面白くないんだ」


「トリスタンも素手で戦えるようになっておいた方が良いと思うよ」


「そりゃできるようになった方がいいのは確かだけど、今はユウが一方的に俺をやり込めたいだけだろう」


 苦笑いしたユウは返事をしなかった。そういう気持ちは確かにあったからだ。


 結局、2人はその辺りを捜し回って木の枝を見つけた。長かったり短かったり、太かったり細かったりとなかなか思うような枝が見つからない中、比較的ましそうなものを手にする。


 革の鎧を身につけたユウとトリスタンは模擬試合を始めた。お互いある程度気を引き締めて木の枝で打ち合う。昼食後すぐなので多少腹が重たいが動けないほどではない。


 試合は一進一退を繰り返した。隙あらば打ち込まれる状況なので次第にどちらも真剣になってゆく。それに比例して木の枝の動きも激しくなっていった。


 途中、休憩を挟みながら2人は模擬試合を続けた。結果は五分と良い勝負である。季節は春なのでこれだけ動けば汗をかく。しかし、悪くない感触だ。


 すっかり体が熱くなった両者はユウの木の枝が折れたことで休憩に入った。トリスタンが木の根元に座る。


「はぁ、久しぶりにやったなぁ」


「そうだね。ちょうど良い感じかな。毎日このくらいやっても良いくらい」


「俺は2日に1度くらいかなぁ。ところでユウ、この休暇が終わったらどうするつもりなんだ? 東は海だからもう歩いては行けないぞ?」


「そうなんだよね。後は船に乗り込むしかないみたいなんだ」


「船かぁ。川を下るときに乗ったっきりだよな」


「川と違って海だと船がもっと揺れるらしいんだよね」


「あんまり揺れなきゃいいんだけどな。で、海を渡った向こうって何があるんだ?」


「ブレラ諸島っていうの島の集まりがあるそうなんだけど、その先はわからないって聞いたことがある」


「そうなると、もうこれ以上は東に行けないわけか。ということは、北に行くか南にいくかということになるが」


 相棒の問いかけにユウは答えられなかった。東の果てに行きたいと今まで思っていたが、いざその場にたどり着くとどうして良いのかわからない。そもそもどこが東の果てなのかわからないので、突然ここが果てだと言われてもすぐには受け入れられなかった。


 しばらく黙って2人だったが、やがてユウが口を開く。


「まずはここかブレラ諸島が本当に東の果てなのか確認しないといけないね」


「確認って、どうするんだ?」


「地元の人に聞いて回るつもりだよ。酒場にいる誰かでも良いし、冒険者ギルドで聞いてもいいかな」


「まだ確認していなかったのか」


「別に今すぐ知らないといけないことじゃなかったから。それよりも自分の記録を書く方が気になってね」


「それってそんなに面白いのか?」


「面白いっていうか、これで忘れずに済むっていう安心感の方が強いかな。トリスタンもやってみたらどうかな?」


「嫌だよ。さすがに面倒すぎる」


 顔をしかめて首を横に振ったトリスタンを見たユウは力なく笑った。たまにユウ自身もなぜこんなことをしているのかと我に返ることがあるので、相棒の気持ちは理解できる。


 話しているうちに体が徐々に冷えてきた。汗も引いてきたところでユウが立ち上がる。


「トリスタン、あっちに見える鉱石の川で体と服を洗わない?」


「いきなりだな。どうしたんだよ、急に」


「ここ最近体も服も洗っていなかったことを思い出したからだよ。トリスタンだってそろそろ洗った方が良いんじゃない? 最後に洗ったのはいつなの?」


「そういえば覚えていないな。なら、ちょうどいい機会なのか」


「なら決まりだね。早く行こう」


 先に立ち上がったユウは乗り気でないトリスタンを引っ張り上げた。そして、すぐに背嚢はいのうを背負うと鉱石の川へと向かう。


 鉱石の街道を横切ったユウとトリスタンは川原へと足を踏み入れた。周囲に人影がないことを確認するとユウがトリスタンに指示をする。


「それじゃ、まずは焚き火をおこすところからだね。トリスタン、できるだけ乾いた枝を集めてきて」


「すぐに川へ飛び込むんじゃないのか?」


「洗った服を乾かさないといけないし、今の時期だとまだ川の水は冷たいから暖をとれるようにしておくんだ」


「なんでそんな時期に川へ入ろうとするんだよ」


「体と服を洗うためだよ。ほら、集めてきて。僕も焚き火を熾す場所を作ったら一緒に集めるから」


 戸惑うトリスタンを送り出したユウは背嚢を降ろして自分の作業を始めた。何度もやっていることなので慣れたものである。


 自分でも枝葉拾いをやったユウは集めた枝を組み立ててその上から松明たいまつの油をかけた。その上で火口箱を使って火を点ける。油が付いた枝はゆっくりと燃え始めた。


 しばらくは火が消えないことを確信したユウは立ち上がってトリスタンに顔を向ける。


「これで良し。トリスタン、服を脱いでそれを持って川に入るよ」


「本当に入るのか? というか、服を脱ぐのか。着たままじゃ駄目なのか?」


「それじゃ洗えないじゃない。あ、ブーツも脱いでよ」


 言いながらユウは防具を外し、服を脱ぎ始めた。そんなユウを見て、トリスタンも消極的ながら同じように服を脱いでゆく。


 すっかり素っ裸になった2人はそのまま川へと入っていった。先程ユウが言ったように川の水はまだ冷たい。顔をしかめたトリスタンが小さい悲鳴を漏らした。


 浅瀬で立ち止まったユウは持っていた服を川の底へと置いて足で踏みつける。


「こうやって服を川底の石の上に置いて、その上から踏みつけて洗うんだ」


「何をするのかと思ったら洗濯女の真似事かよ。これで本当に汚れが落ちるのか?」


「ある程度はね。でも何もしないよりもずっときれいになるよ。洗濯女の人だってこうやって洗っているんだし」


 素っ裸のままユウは衣服を足で踏みつけた。ざぶざぶと水面を散らす。トリスタンもそれに倣って脚を動かし始めた。


 一糸まとわぬ男2人が水面を踏みしめている光景は周囲から見ると不思議に思えるだろう。たまに鉱石の川を往来する船上から2人へ顔を向ける者もいる。


 そのように周囲からたまに見られてもユウは気にしなかった。一生懸命服を踏みつける。一方、トリスタンは見られていることに気付かなかった。冷たくてそれどころではなかったからである。


 2人はやがて洗濯が終わると一旦河原に出て服の水をよく切り、そうして焚き火に向けて乾かした。ユウがくべる枝の数を増やして火力を強める。


 服の洗濯が終わるといよいよ自分の体だ。手拭いを持ったユウを先頭に川へと再び入り、今度は頭の先まで水面下にひたった。このとき、トリスタンが悲鳴を上げる。


「冷てぇ!」


「どうしても耐えられなかったから、早く体を洗って焚き火に当たったら良いよ。今日は風がないからましかな」


「お前よく平気だな! くそ、たまらん!」


 手拭いで悠然と体を洗うユウの隣で、トリスタンが声を上げながら手拭いで自分の体を素早くこすっていた。一通り洗い終えるとすぐに川から飛び出て焚き火の前で体を拭く。


 すっかり体をきれいにしたユウも川から上がって絞った手拭いで体の水を拭き取った。最後に手拭いを絞って焚き火の前に体を当てる。とても温かい。しかし、目の前のトリスタンから延々と愚痴を聞かされた。

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