町の外周をぶらぶらと

 ファーケイトの町で一晩を明かした翌朝、ユウとトリスタンは荷馬車の見張りから解放された。翌日の夜の見張り番まで何もない。本当の意味での休暇だった。


 朝から上機嫌なユウとトリスタンは用意された朝食の粥を食べながら今日の予定を話し合う。


「何もない日っていうのは開放感があっていいよね」


「たまにはこういう日がないとな。ところで、ユウ、今日は何をする?」


「町の外周をぐるっと1周するつもりだよ」


「そうれかぁ。セレブラの町は残念だったよな。この町はどうだろう」


「他にもやれることがあれば良いんだけど。そうだ、この町の冒険者ギルドがどうなっているのかも知りたいな。トリスタンはやりたいことってあるの?」


「昼間は特にないかな。だからユウに付き合うぞ。でも、へへへ、夜はな?」


「あー」


 昨晩歓楽街から戻る途中のことをユウは思いだした。娼館に向かうブランドンとチャーリーを見たトリスタンが羨ましそうにしていたのだ。何やらすっかりはまっている様子である。ユウとしては誘ってこないのであれば何も言わないようにしていた。


 特にこれという意見は出てこなかったのでユウとトリスタンは隊商から離れる。町の東側の原っぱから東門周辺の歓楽街を通り抜けた。そこから町の南側へと回る。この辺りには倉庫街があり、更にその南に鉱石の川と船着き場があった。ここは今も盛んに船夫と人足が往来しており、鉱穀の街道を利用する荷馬車や旅人で混雑している。


 その中を2人は縫うようにして進んだ。渡し船に乗り込む荷馬車を見ながらトリスタンが独りごちる。


「あれに乗って俺たちはここに来たんだよな」


「銀貨を支払わずに川を渡れたのは良かったよね」


 どちらも多少の感慨にふけりながら渡し船の様子を眺めていた。


 船着き場の盛んな様子を見た後は、町の西側へと向かった。こちらも西門の周辺に歓楽街と宿屋街が集まっている。その更に西側に広がる原っぱには荷馬車が点在していた。


 川沿いの街道と言えば2人は宝物の街道のことを思い出す。あちらは川での運搬が大半を占めていたので一部の季節以外では街道があまり使われていなかった。


 しかし、鉱石の街道は川と併走しているにもかかわらずそこまで寂れているようには見えない。もちろん、川に目を向ければ多数の船を目撃できるので、河川を使った輸送も頻繁になされているのは明白だ。それだけに、鉱物の街道が盛んに使われている理由が2人にはわからない。


 これは後で2人が教えてもらうことになるのだが、単純に河川の輸送能力を超えて品物が運搬されているからだ。その河川の輸送能力が溢れた分だけ荷馬車が肩代わりしているのである。また、街道から逸れた村々への運搬も行商人と担っているという理由もある。


 何にせよ、活気があるのには違いなかった。初めて見るとそれだけで気分が高揚してくる。しかし、見るべき物があるのかと問われると首を傾げざるを得なかった。原っぱの荷馬車も歓楽街の酒場もどの町にもあるからだ。


 西門の辺りを歩きながらユウは残念そうにつぶやく。


「うーん、珍しい物はなさそうだね」


「確かにな。これは昼までに全部見終わりそうだ」


「だったら、次は冒険者ギルドに行ってみる?」


「そうだな。行ってみるか」


 ある程度周りを見たユウとトリスタンは町の北側へと向かった。こちらには門はなく、街道も通っていない。鉱石の街道を結ぶ迂回路があり、その周りには貧民街が広がっている。


 冒険者ギルド城外支所はそんな迂回路に面した場所にあった。石造りのしっかりとした建物で決して小さくない。


 旅を再開してからのユウが通ってきた町で見かけた冒険者ギルド城外支所の建物はいずれも小さかった。しかし、今回はそうではないことを知って意外そうに目を見開く。


「トリスタン、今までよりも大きくてちょっと立派な建物だね?」


「さすがにミネルゴ市のやつと比べたら残念だが、今まで見てきたのよりかはな」


 外見だけでなぜか城外支所に期待を寄せ始めたユウとトリスタンは中に入った。割と人がいる。久しく城外支所内で聞いていなかった喧騒を耳にして2人は感動した。


 ここで仕事をすることはなかったが、2人は列に並んだ。ある程度の時間をかけてから受付カウンターの前に出る。


「昨日この町にやって来た冒険者なんですが、この辺りでどんな仕事ができるのか教えてもらえますか?」


「いいですよ。ファーケイトの町で働く場合、大きく分けて3種類の仕事があります。1つ目は荷馬車の護衛です。これは主にベンポの町方面に向かう商売人と北にある悪意の山脈近くを回る商売人が依頼を出すことが多いですね。2つ目は行商人の集団の護衛です。こちらも悪意の山脈に近い場所に向かう行商人から依頼が出されます。あそこに近づくほどに魔物の襲撃が増えますからね。3つ目は魔物の討伐です。こちらは悪意の山脈から現れる多数の魔物を討ち取るものです」


「結構あるんですね。それに、魔物の討伐ですか」


「はい、何しろ悪意の山脈の南西側には多数の魔物が生息していますからね。あの近くを巡るだけでも大変なんですよ」


 笑顔を絶やさない気さくな受付係がユウの質問に答えた。仕事が多いのは結構なことだが、それだけ危険な地域ということもである。人々の苦労が忍ばれた。


 ユウと受付係の話を聞いていたトリスタンが次いで口を開く。


「ということは、ここからベンポの町の街道がどうなっているかも知っているんですよね? 特に魔物を手懐けた山賊についても」


「ああ、あれですか。厄介ですよね。何人もの山賊を捕まえてどうやって魔物を手懐けたのか尋問したこともありましたが、専門の商売人から魔物を買ったそうなんですよ」


「おとなしい魔物を売る商売人がいるんですか?」


「らしいです。それも結構安い値段で。飼い犬みたいにおとなしく言うことを聞く黒妖犬ブラックドッグが銀貨1枚だそうですよ?」


 値段を聞いたユウとトリスタンは目を剥いた。貧民の市場の怪しい市場で買う低品質の手斧ハンドアックスと大体同じ値段である。とても商売になっているとは思えない。


 少し間を置いてからトリスタンが質問を続ける。


「山の中で誰がそんなのを売っているんですか?」


「それがわからないんですよ。元々後ろ暗い連中の盗賊は自分の利益になるなら相手の素性なんて探ろうとしませんし、こっちがわから乗り込んで捜索しても見つからないんですよね。ですからもうお手上げ状態なんですよ」


「今まで山賊はどんな魔物を引き連れてきていたんです?」


「確認した範囲ですと、小鬼ゴブリン犬鬼コボルト豚鬼オーク大鬼オーガ黒妖犬ブラックドッグ巨大蛇ジャイアントスネーク突撃猪チャージボア狂奔鹿マッドディア、辺りですね」


「結構多いですね」


 遭遇する可能性のある魔物の種類を聞いたトリスタンが真剣な顔をした。出会ったことのある魔物もいれば、そうでない魔物もいる。


 それはユウも同じだった。乱戦中に初めて戦う魔物に横合いから襲われると想像しただけで震える。


 その後も色々と受付係に話を聞いたが大した情報は得られなかった。最後に刃を潰した武器を貸し出していないか確認して首を横に振られたのを機に受付カウンターから離れる。


 城外支所の建物から出た2人は東に足を向けた。その頃に四の刻の鐘が鳴る。


 せっかくの休みなのにどちらも少々気が重たくなっていた。東門辺りにある歓楽街のそばまでやって来てユウがぽつりと漏らす。


「必要な話だったから聞いて良かったんだろうけど、しんどいよね」


「そうだな。できれば休みが終わる直前に聞きたかったよ」


「うーん、気が滅入るなぁ」


「どこかで飯でも食うか。たまにはいいだろう」


「そうだね。こんな気分じゃ、何もする気になれないし」


 いつもなら昼食は干し肉を食べているユウが珍しくトリスタンの提案に賛成した。


 そうして少しだけ元気になったところで2人揃って食堂へと向かう。温かい肉を食べて元気を出すのだ。


 どの食堂が良いのか2人で探しながら道を歩いていると、ユウは遠くに見覚えのある人物を見かける。


「あれ? ブランドンとチャーリー?」


「どうした? お、あれか。よく見つけたな。あの辺りは賭博場のある所だったか」


「だと思う。あ、入った」


「女の次は博打かぁ。昨日の晩に飲んでいたら3つ揃うな!」


 建物の中へと姿を消したブランドンとチャーリーを指してトリスタンが笑った。嫌な相手ではあるものの、ユウは笑わずに残念そうな表情を浮かべるに留める。


 昼食後、ユウとトリスタンは軽く模擬試合をして過ごした。程よく体を疲れさせたユウは夕食も元気に平らげる。その後ぐっすりと眠った。


 尚、翌朝、ユウはやっぱりものすごくすっきりとした表情のトリスタンと再会する。あまりに幸せそうだったので少し興味を持ったくらいだ。しかし、決して口にはしなかった。

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