鉱穀の街道と鉱石の川の流域
同じ雇い主に雇われている冒険者同士が決闘した翌日、アールの隊商はセレブラの町の原っぱから移動を始めた。20台の荷馬車が順番に街道へと移ってゆく。
隊商はセレブラの町の北門から伸びる
日の出と共に出発した隊商は朝日を受けながら進んでいた。空には雲が点在し、朝の冷え込みが少しずつ消えてゆく。
最後尾の荷馬車に乗り込んでいたユウは荷台の上で寝転がっていた。1度は起きて準備はしたものの、また横になったのだ。隣のトリスタンはいつものように座っている。
「すっかり人気者だな、ユウ」
「ああいうのは嬉しくないよ。悪目立ちしているじゃないか」
「そうでもないだろう。みんな好意的じゃないか。いい意味で目立ってるんだって」
「そうかなぁ」
「おかげで俺もそのおこぼれに与れているし、結構なことだよ」
「本音はそれなんだね」
面白くなさそうにユウは返答した。昨日の決闘で見事2人抜きをやってのけてからというもの、出会う傭兵や人足からよく声をかけられるようになったのだ。それだけならまだしも、あの決闘の話を何度も求められるので辟易としているのである。
荷馬車に揺られながらユウは前にもこんなことがあったなとぼんやりと思った。最初はなかなか思い出せなかったが、そのうち頭に思い浮かぶ。まだ冒険者になる前、同居していた後輩の貧民に冒険者関係の話をせがまれたことがあった。あれと似ているのだ。娯楽が少ないので仕方ないとはいえ、何度も同じ話をするのは正直つらかった。
悪党の山は山賊が多く住みつくことで有名であり、その近辺を通る街道の被害もよく知られている。鉱穀の街道もまた山賊の被害が珍しくない街道だが、最近は山賊討伐の成果かあまり襲われたという話は聞かなくなっていた。放っておくとまた被害が増えることは確実だが、当面は稼ぎ時であるというのが商売人の見解である。
そんな安全とも危険とも言えない状態の街道を進むアールの隊商はもちろん油断などしない。夜は荷馬車を1ヵ所に集めて見張り番を立てる。長方形になる形で停められた荷馬車の野営地の四隅に傭兵と冒険者の一組を配置するのだ。山賊と獣の対策である。
冒険者であるユウとトリスタンも当然この夜の見張り番に参加していた。傭兵の1人と組んで見張り場に立つ。この頃は月明かりがあるので見通しが良くて警護しやすい。不満があるとすれば、傭兵は数が多いので1日1回の見張り番で済むが、冒険者は2回しないといけない点である。それでも徒歩の旅のことを考えたら全然ましであるが。
幸いなことに、ユウとトリスタンが鉱穀の街道を使っている間は山賊に襲われなかった。野犬が野営地の周りをうろつく程度である。かつての山賊討伐の成果であれば嬉しいとユウなどは思った。
セレブラの町を出発して5日後の夕方、アールの隊商は予定通りファーケイトの町に到着した。傭兵も冒険者も羽を伸ばせると喜ぶ。一方、商売人と人足は町での仕事があるために忙しい。
冒険者であるユウとトリスタンも荷馬車の見張りをする以外は自由だ。すぐにでも酒場に繰り出したいが先にもらうものをもらわないといけない。なので、町に着いたら一番最初にすることはウィリアム団長から報酬をもらう作業である。
傭兵と冒険者が並ぶ列の最後尾に2人は立った。後は順番がやって来るのを待つのみである。
「ユウ、報酬を受け取ったらまずは酒場だな」
「そうだね。この町だとセレの銀貨も使えるから安心だよ」
「前に困ったことがあったもんなぁ」
「オレヴァ連合王国でもファーケイトの町だけ使えるのは、やっぱりセレブラの町と商売をしているからなんだろうね」
「でも、次の町だとオレヴァの銅貨もファーケイトの鉄貨も使えないからな。明日からの2日間で使い切らないといけないぞ」
「余ったら水と干し肉を買えば良いんだよ」
「干し肉で
「旅の途中でなくなるよりかはましだよ」
2人がしゃべっている間にも列は短くなっていった。報酬の受け渡しだけなので渡す方も受け取る方も慣れたものだ。
この列には隊商に所属する傭兵と冒険者全員が並んでいる。報酬を受け取った者たちは大半が町の歓楽街へ、一部が荷馬車へ向かった。その途中でまだ列に並んでいる者たちとすれ違うことがあるのだが、ユウとトリスタンと他の冒険者たちも当然お互いを見かけることになる。
最初こそ相手のそんな態度に慣れていなかったユウは微妙な表情を浮かべていた。しかし、回を重ねるごとに受け流せるようになっていく。隣のトリスタンなどは最初から面白そうに眺めていた。
肘でユウを突きながらトリスタンがしゃべる。
「気付いているか? 連中、俺たちのことをまともに見られないようだぞ」
「関わらないって約束させたからね。向こうはこっちを嫌っているだろうから、ああいう態度になるんだと思う」
「これでもう余計なちょっかいをかけてこないだろうさ」
楽しそうにトリスタンが胸を反らした。戦ったのは僕なんだけど、とユウは口にしない。
2人の番になった。ウィリアムの正面に立つ。
「お前たちはクロートの通貨だったな。これがそうだ」
「ありがとうございます。はい、確かにありますね」
「俺もあったぞ」
「よくやってくれた、色々とな」
上機嫌な団長に声をかけられたユウは曖昧に笑った。あの決闘以降、ブランドンとチャーリーたちは割とおとなしくなったらしい。傭兵団に対する態度もましになったそうだ。勝ったユウたちが礼儀正しく雇い主に接しているからである。意外なところに影響が現れていた。
夕食後は荷馬車に戻る必要があるとはいえ、ようやく自由の身になれたユウとトリスタンは町の歓楽街へと向かう。
ファーケイトの町の歓楽街は賑やかだ。隊商関係者である商売人、人足、傭兵の他にも、近隣の村を回る行商人、遠方からやって来る旅人、河川で品物を運ぶ船夫、悪意の山脈からやって来る魔物を退治する冒険者など、多くの者たちが集う。
身軽な2人は酒場が並ぶ道を少し歩いた後、年季の入った石造りの店に入った。店内は大体席が埋まっていて騒がしい。
カウンター席に並んで座った2人は揃って料理と酒を注文した。しばらく待たされてから注文の品が運ばれてくる。
「はぁ、やっぱり町に着いたらこれだよね」
「そうだな。干し肉や粥ばっかりじゃさすがに飽きるよ。あ~たまらん」
「ここから先はいよいよ危険地帯なんだよね。行ったことがないからどの程度かわからないけど」
「魔物を手懐けた山賊っていうのが気になるよな。誰か知っている奴がいたら話を聞くんだが」
「おう、あんたら、ベンポ方面に行くのかい。大変だねぇ」
突然隣から声をかけられたトリスタンが振り向いた。木製のジョッキを手にした傭兵風の中年が赤ら顔を突き出している。
話によると、エンドイントの町から隊商護衛をして2日前にこの町へと到着したそうだ。明日出発してイーストア市に向かうという。その男が先日襲ってきた山賊と魔物についての語り始めた。話半分であったとしても知らないよりましなのでありがたい。
こうして夜は更けていった。七の刻の鐘がなる頃になると酒場を出る。
まだまだ肌寒い夜風に当たりながら2人は歓楽街の中を歩いた。今日は荷馬車の見張りがあるのでお楽しみはここまでだ。
満足そうに歩くユウがトリスタンに話しかける。
「楽しかったね」
「そうだな。さっきのおっちゃん、なかなか話がうまくて面白かった」
「あんな演劇風にしゃべるとは思わなかったよ。最後の方なんて他の人も見ていたし」
「結構受けていたもんな。あれは才能だ。お?」
「どうしたの?」
「あれ、ブランドンとチャーリーじゃないか」
名前を聞いたユウは一瞬嫌な顔をしたが、気になったのでトリスタンが指差す方へと目を向けた。確かに2人とその仲間たちが別の方角と歩いてゆく。
「どこに行くんだろうね?」
「あの先は、もしかして娼館か?」
「本当だね」
「いいなぁ」
相棒のつぶやきに反応したユウがちらりとそちらへと目を向けた。羨ましそうにしている。ブランドンとチャーリーたちは今晩は非番なのだろうが、ユウたちはそうではない。
やがて相手側は人混みの中にその姿が消えていった。立ち止まっていたユウたちもそれを機に歩き出す。
ユウは今晩に見張り番が回ってきて良かったとわずかに思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます