勝利者は正義
冒険者であれ傭兵であれ兵士であれ、荒事の世界では腕力が尊ばれる。それは仕事がどれだけできるのかということに直結するからだ。そのため、口喧嘩で勝つよりも殴り合いで勝つ方が当人たちも周囲も納得しやすい。
そして、変化に乏しい日常で生活していると喧嘩は格好の見世物になるのだ。それが決闘であっても何ら変わらない。
冒険者たちが決闘をするという話は瞬く間に周囲へと広がった。それは隊商内だけでなく、他の隊商や傭兵団にもだ。同業者たちはこういう話に目がないのである。
瞬く間に別の当事者へと仕立て上げられたユウは抗議する間もなかった。ブランドンとチャーリーなどはすっかりその気になっている。ここで引き下がることはもうできないとユウも経験的に知っていた。
脇にいるトリスタンがユウに声をかける。
「大丈夫か?」
「何がにもよるけど、まぁ一応は」
言い争いをしていたときの強気の姿勢は今のユウにはもうなかった。争いごとには慣れてきているものの、注目されることにはまだ慣れていないのだ。
決闘の方法は素手による模擬試合という形式を取ることになった。審判者は傭兵団の団長であるウィリアムだ。エイベルから報告を受けるとやたらと嬉しそうに名乗りを上げていた。
対戦については変則的で、ユウが2回戦うことになっている。1回目の相手がチャーリーで、2回目の相手がブランドンだ。これは、パーティリーダー同士で決着を付けるべきとブランドン側が主張したためである。
一方、勝利者が得る対価についてはユウが決めた。ユウが1戦勝つごとに負けた相手は今後私的に関わらないということを誓わせる。反対に1戦負けるごとに相手に飲み代である銀貨1枚を支払うことになった。
夕闇が迫る中、アールの隊商から少し離れた原っぱに人だかりができている。中央には円状の空白地帯が広がり、その周囲を見物人が囲んでいた。傭兵、人足、冒険者、商売人、貧民など意外にその顔ぶれは多彩だ。
尚、こういうことの常として賭けも行われている。胴元は複数あり、それぞれどちらに賭けるかで客を煽っていた。しかし、傭兵や人足、それに冒険者が賭ける額は案外渋い。蓄えが豊かな者などほとんどいないのだ。
闘技場に見立てられた空白地帯の両端には対戦者がその仲間と一緒にいる。ユウ以外は相手に対して剥き出しの敵意を示していた。
1度黙ったユウに対してトリスタンが再び話しかける。
「俺も出られたら良かったんだけどな」
「僕1人を狙い撃ちにして消耗させるつもりなんだろうな、ブランドンは」
「チャーリーは?」
「チャーリーの方は単純に僕に勝てると思ってるっぽい。ぱっと見、僕って強そうに見えないから。トリスタンの方がまだ強そうに見えるんじゃないかな」
「だから俺を外したがったのか」
ユウの説明を聞いたトリスタンは顔を歪めた。ブランドンがうまく周りを乗せながら迫ってきたときに苦虫をかみつぶしたような表情をしていたが、それと同じだ。
やがて審判者であるウィリアムが円の中央に出てきて当事者と見物人に対して声を上げる。
「これより、
その後、今回の発端、双方の主張、決闘の方法、勝者の権利、敗者の義務などが告げられていった。その度に見物人が盛り上がる。当事者以上かもしれない。
それらの口上を終えた後、ウィリアムは結びの言葉を宣言する。
「闘争を司る猛き神ウォーレットの名において、正々堂々の勝負を期待する! 1戦目、両者、前へ!」
盛り上がる見物人の声援を受けてユウとチャーリーが進み出た。ウィリアムを挟んで対峙する。開始の合図が告げられる前、ユウとチャーリーは面と向かった。
小馬鹿にした表情のチャーリーがユウに言い放つ。
「早く飲みに行きたいからね。サクッと終わらせるよ」
「明日に備えて今日は早く寝た方がいいよ。眠れないのなら、僕が手伝ってあげる」
相手に対してユウはあえて挑発した。しかし、チャーリーの表情に変化はない。ある程度場慣れしていることがわかった。
精神的な動揺が誘えないとなると後は実力で勝つしかない。ウィリアムの合図と共にユウは構えた。
歓声と声援が飛び交う中、ユウはチャーリーと対峙する。戦いの舞台は広くないので逃げ回るのは難しい。それならばと先に動く。
一歩踏み込んだユウは右拳で顔を殴ろうとした。
それをチャーリーが右に避けてから突っ込んで腹を殴りかかってくる。
一歩下がったユウはチャーリーの右拳が引くと再び前に出た。そのまま左拳で殴ろうとする。しかし、すぼめたチャーリーの口から吐き出されたものに気付いた。瞬間的に目の前に右手の平をかざす。何かが当たった。つばだ。
手のひらで視界を一瞬遮ったユウを見たチャーリーが再び突っ込む。今度は右に左にと次々に拳を打ち込んだ。完全に攻撃重視で動いている。
繰り出されるチャーリーの拳をユウは右に左にそして後ろに避けて続けた。予想していたよりも遅く、やや大ぶりだ。威力を重視しているのかもしれないが、当たらなければ良いだけである。しばらく防戦に徹した。
次第に息の上がってきたチャーリーの顔が苦しげに歪む。体の動きが鈍くなってきた。目の前の敵を睨みつつも一旦下がろうとする。
相手の攻撃が止んだことを知ったユウはすぐに前に出た。そして、今度は右に左にと拳を打ち込む。最初は避けられたが、一発腹に入るとチャーリーの動きは一気に鈍り、以後拳が外れることはなかった。
完全に足が止まってしまったチャーリーは最後に頬を殴られると地面に倒れる。体はいくらか震えるものの、起き上がることはなかった。
この時点でウィリアムが進み出てくる。
「勝負あり! 勝者、ユウ!」
歓声と罵声が一斉に上がった。大体半々くらいである。賭けは白熱していたようだ。
大きく息を吐き出したユウが一旦トリスタンの元へと戻った。笑顔で迎えられる。
「やったな!」
「やっと1勝だね。次も勝たないと」
「見ろよブランドンの顔、引きつってやがるぜ」
振り向いたユウが次の対戦相手の顔を見た。確かに怒りを浮かべつつも顔を引きつらせている。
傭兵たちがチャーリーを円の外に運び出すとウィリアムが次の出場者を呼び出した。次の対戦相手はブランドンである。体格はユウよりも一回り大きい。
「ナメたマネしやがって。ブッ殺してやる!」
「相手の足下を見ないと何もできない人に、そんなことはできないよ」
お互いに心境を吐き出すと拳を構えた。ウィリアムの合図を耳にすると両者が動く。
最初に先手を取ったのはブランドンだった。右足でユウの脚を蹴りつける。
一発もらったユウは顔をしかめるふりをした。体の動きもわざと鈍らせる。
攻撃的な笑みを浮かべたブランドンは思い切り踏み込んで右拳を打ち込んだ。相手の顔狙いだ。
その相手の右拳を左手で受け流したユウはブランドンの懐に一気に入った。そのまま右肘を相手のみぞおちに叩き込む。
目を剥いたブランドンは全身を硬直させて口を開いた。そのまま片膝を突く。
まったく動けなくなったブランドンはもはやただの的だった。顎を一発殴り、地面に倒してから馬乗りになって顔面を殴る。何度か繰り返した。
すぐにウィリアムが止めに入る。
「勝負あり! 勝者、ユウ!」
歓声と罵声が一斉に上がった。今度は歓声の方が大きい。
立ち上がったユウは大きく息を吐き出した。トリスタンが駆け寄ってくる。
「やったじゃないか、ユウ!」
「脚が痛いよ。遠慮なく殴ってくるんだもんなぁ」
「決闘だからな。それにしても、これであいつらにちょっかいを出されずに済むな」
「そうだね」
「ユウ、もっと周りに応えないといけません」
決闘が終わって近寄ってきたエイベルが笑顔で忠告してきた。見物人の歓声に応えるのも勝者の責務とのことだ。
言われるがままにユウは慣れない動作で周りの見物人に手を上げた。たまに罵声が飛んでくるものの、大抵はカネ返せという言葉である。
「疲れた。早く荷馬車に戻って横になりたい」
「明日から出発だもんな」
「どうして前日にこんなことをやっているんだろう」
「これからは気にしなくてもいいんだから、もういいだろう。今日はゆっくり休め」
疲労の色が濃いユウの肩をトリスタンが楽しそうに叩いた。
次第に人が散ってゆく原っぱをユウは荷馬車に向かって歩き始める。日はかなり傾いているが、決闘が始まってから今まであまり変化はない。
突然たかられてから今まで目まぐるしく事態が変化したが、それもようやく良い結果で終わった。後は約束が履行されれば決闘をやった甲斐があるというものだ。
明日からの仕事はもっと楽なのが良いなと思いながらユウは荷台に上がった。
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