同じ雇われ者、しかし違う冒険者
隊商の護衛の内情を知ったユウとトリスタンは頭を抱えた。顔合わせが充分にできなかったという以前に、冒険者のパーティリーダーの性格に問題がありすぎる。
エイベルと別れた2人は隊商の最後尾の荷馬車に向かった。後方の荷台から
荷物を片付けて座ったトリスタンが反対側の端に座るユウに声をかける。
「ユウ、これはどうにも面倒なことになりそうだな」
「今回は護衛の仕事だけだから普段は会わなければ良いんだけど、戦うときはそうも言っていられないからね」
「適当にやり過ごしていたら何とかなるんだろうけど」
「そんなにうまくいくと思う? 次々と好き勝手なこと言われて良いように使われると思うんだけど」
「否定できないな。ああもう面倒だなぁ」
大きなため息をついたトリスタンが荷台に寝転がった。顔をしかめて唸っている。
座ったままのユウも顔を歪めていた。雇い主は問題なさそうなのに同僚が大問題なのだ。しかも、働く場所が重なっている。こんなことは初めてだった。
護衛の仕事は荷馬車が出発してからが本番になる。そのため、町にいる間は停車する荷馬車の警護という名目で待機だ。商売人と人足は忙しいが傭兵と冒険者は暇になる。この余暇を利用して当直以外は町に繰り出すのが一般的だ。ブランドンのパーティとチャーリーの仲間が隊商の拠点に不在なのはそのためである。
朝はこのおかげでアールの隊商も平穏だった。しかし、昼からはぽつぽつと傭兵や冒険者が戻ってくる。出発前日ともなると所持金を使い果たして歓楽街にいられなくなった者たちが戻って来るのだ。
指定された最後尾の荷馬車近辺でユウはトリスタンと素手で模擬試合をしていた。特にやることがなかったからである。春先とはいえまだ冷える日なので体を動かすと温かい。
「トリスタンは剣術以外に素手での組み手で強くなった方が良いんじゃないかな?」
「うるせぇ。相手がお前じゃなきゃ、これでも結構強いんだぞ、俺は」
「んー、でも、強い人と当たったときに大変じゃない?」
「そんなことはわかっているんだ。だから今まで色々と考えて取り入れてきたんだが、お前に全然通用しないだけなんだよ。どうして初見の技を見破れるんだ?」
「大体師匠や先輩に教えてもらったことばっかりだから」
「お前の師匠や先輩は化け物か」
どうにも一方的になりがちな素手の模擬試合について苦言を呈するユウにトリスタンが叫び返した。しかし、それだけではユウには勝てない。
息が切れてきたので雑談をしながら休んでいると三の刻の鐘が鳴った。これから空が朱に染まってゆく時間だ。
まだ肌寒い風を火照った体で気持ち良く受けていた2人は自分たちに近づいてくる足音に気付いた。しかも複数である。振り向くと、ブランドンとチャーリーが数人の仲間を引き連れて近づいて来た。
何やら不穏な空気を感じ取ったユウとトリスタンは立ち上がる。怪訝そうな表情を浮かべながらブランドンとチャーリーの2人と対峙した。あちらの仲間が半円状に囲ってくる。
「やぁ、ユウにトリスタン。元気そうじゃないか」
「元気ですよ。わざわざ体調を聞きに来たんですか?」
「そういうわけじゃないよ。朝にオレとチャーリーはお前たちと顔合わせしたけど、他のメンバーとはまだだっただろ? だから今のうちにしておこうと思ってさ」
「なるほど。どちらも6人パーティと聞いていますから、どちらも半分くらいですか?」
「ああそうだ。もうちょいしたら全員集まるけどな。そこで、全員で飲みにいかないか?」
「ここの人たちとですか?」
「まだ来てない連中も待ってからだよ。どうせもうすぐ戻って来るさ」
にやにやと笑いながらブランドンがユウに提案してきた。あちら側の全員が同じようないやらしい笑みを浮かべている。
提案自体におかしな点はない。冒険者が親睦を深めるのに飲むというのは当たり前の話だ。しかし、どうにもブランドンたちの態度が気に入らない。明らかに何かを企んでいる。それがわからないのがユウには気持ち悪かった。
困惑しつつも警戒するユウとトリスタンに今度はチャーリーが話しかけてくる。
「そんなに怯えなくてもいいよ。別に取って食おうってわけじゃないんだ。単に仲良くなるだけだよ。お互い同じ冒険者なんだ。仲良くしようよ」
「まぁ、そりゃ仲良くできるのならしたいですけどね」
「そうだろう? この隊商に先に雇われている先輩として色々と教えてあげるよ。うまいやり方なんかをね」
にやついた笑みを浮かべるチャーリーの話にユウは若干嫌そうな表情を浮かべた。真面目に働いていれば評価してもらえる仕事先で何をうまくするのか疑念を抱く。良い懇親会になる未来が描けない。
それまでじっと話を聞くだけで黙っていたトリスタンが表情を少し和らげて口を開く。
「それじゃ、今日は先輩たちのおごりで飲ませてもらえるんですね。いやそれは悪くないなぁ」
「は? 何言ってんだお前」
「そうだよ。普通は教えを請う側が授業料を払うものじゃないか」
「それこそ何を言ってるんです。こういう飲み会って先輩が後輩におごるものでしょう。その上で色々と教えてくれるってのが先輩ってもんですよ、チャーリー先輩?」
口をつぐんで睨んできたチャーリーにトリスタンがにやりと笑った。すると、ブランドンたちは一斉に気色ばむ。
その様子を見たユウは相手が何を求めていたのかようやく気付いた。仕事前の夜に飲むための金がないからたかりに来たのだ。しかもあの口ぶりだとパーティメンバー全員で。同じ冒険者だとは言っていたが本心は違う。食い物にする対象にしか見られていない。
これでユウの心は決まった。さすがにこんなことをされては仲良くなどなれない。同じ雇われ者の冒険者だが自分たちとは違うと認識する。
「飲みに行きたいんなら自分たちだけで行ったら良いじゃない。ブランドンなんて朝に顔合わせした後すぐに町へと行ったよね。なんで戻って来たの?」
「くっ、せっかくこっちが優しくしてやろうとしてやってんのに」
「たかるための優しさなんていらないよ。自分のお金で飲めば良いじゃない」
「てめぇ、今の状況わかってんのか?」
「半円状に囲っていつでも襲いかかれるようにしているってこと? わかっているよ、対処法も。何年も冒険者をやっているのに知らないわけないでしょ」
数を頼みにかさにかかってくるブランドンたちにユウは当たり前のように言い放った。発言の通り確かに対処法は知っているが、もちろんやりたいとは思わない。ただ、ここで言い負けるわけにはいかなかった。
そこへ、少し離れた場所からユウやブランドンたち全員に声がかけられる。
「お前たち、そこで何をしているんです?」
「やべ、エイベルだ」
「エイベルさん」
相手に対峙したまま全員が声のする方へと顔を向けた。エイベルが真剣な表情で近づいてくる。その姿を見るユウとトリスタンは少し安心し、ブランドンとチャーリーは顔をしかめていた。
当事者たちのいる場所にたどり着いたエイベルが両者を問い詰める。
「ここで何をしているんですか?」
「お金がなくなったブランドンとチャーリーたちが、パーティ単位で僕たちに飲み代をたかりに来たんです」
「おいてめぇ、何嘘ついてんだ!」
「チャーリーが色々と教えるための授業料だって言っていたでしょ」
「そんなこと言ってないですよぉ。全部こいつのでたらめです」
「なら、どうしてこんな半円状で僕とトリスタンを囲んでいるの?」
今の状況についてユウが説明を求めるとブランドンとチャーリーは言葉に詰まった。
その様子を見てエイベルがため息をつく。
「明日出発だというのに、あなたたちは何をしているんですか」
「ただ仲良くしようとしただけじゃねーか」
「それでこんな騒ぎになるんですか?」
「こいつらが俺たちの誘いを断ったからだよ」
「朝出て行って昼過ぎには戻って来ていましたよね。飲み代はあるんですか?」
尚も主張を変えないブランドンに対してエイベルが疑問を呈した。騒ぎの経緯は不明瞭でも、付き合いのある冒険者パーティの懐具合はある程度想像できる。
再びエイベルは息を吐き出した。しかし、顔つきは呆れたものから真剣なものに変わる。
「ここで双方から主張を聞き出しても埒が明きません。そこで、どちらが正しいか拳で決めましょう」
「え?」
「は?」
「決闘です」
当事者が呆然とする中、エイベルは端的に言い換えた。傭兵たちの間では珍しくない解決法だ。周囲で見守っていた傭兵や人足がこの宣言に沸き立つ。このときばかりはユウたちもブランドンたちも当事者全員が置いてけぼりだ。
満足そうにうなずくエイベルをユウは呆然と見つめた。
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