大商会の隊商長と傭兵団の冒険者
新旧の雇い主と一緒に騒いだ翌朝、ユウとトリスタンは準備を済ませると安宿を出た。ギデオン商会の隊商の出発は明日だが、これから同行する主立った者たちと顔合わせのために仕事先へと向かうのだ。
町の北側に広がる原っぱは閑散としているが、その中で荷馬車が何台も一塊になっている所がある。これがギデオン商会の隊商だ。話では20台ということだが、確かにそれだけの威容を誇っている。
往来する傭兵に尋ねること2回、2人は人足に指示を出しているエイベルを見つけた。近づいてユウが声をかける。
「エイベルさん、おはようございます」
「おはよう。この話を終えたら挨拶回りに行きます。少し待ってください」
必要なことを伝えるとエイベルは人足に再び顔を向けた。そして、必要な指示を与える。
待つ間、ユウとトリスタンは周囲に目を向けた。明日の出発に備えてなのか人足たちは忙しく動き回っている。一方、傭兵は出発してからが本番なのでのんびりとしたものだ。
2人がその温度差を眺めているとエイベルに声をかけられる。
「お待たせしました。それでは挨拶回りに行きましょう。最初は隊商長です。直接関わることはないと思いますが、誰を雇ったのか報告する必要があるので」
簡単な説明を2人にするとエイベルは背を向けて歩き出した。迷うことなく荷馬車の脇を進む。たまに周囲から挨拶を受けていた。
いくつもの荷馬車の脇を通り過ぎると、他よりも一回り大きな荷馬車にたどり着く。その近くに数人の者たちと会話をしていた初老がいた。白髪交じりの茶髪で不機嫌そうな顔を隠そうともしていない。また、服の布や仕立てが周りの者たちと明らかに違う。
2人を率いる形でエイベルがその脇に立った。そして、話に区切りが付いたところで声をかける。
「アール様、おはようございます。
「そうか」
「右がユウ、左がトリスタンと申します」
「わかった」
エイベルからの報告とも言えるような会話を終えると隊商長のアールは別の方へと顔を向けた。エイベルも話は終わったと踵を返し、ユウとトリスタンに目で続くように促す。一言もしゃべらずに2人もその場を立ち去った。
ある程度離れてからトリスタンが小さく息を吐き出す。
「エイベルさん、随分ととっつきにくそうな隊商長でしたね」
「実際やりにくいですよ。町民なんであんなものと言ったらそれまでですが。トリスタンのようだとこちらもやりやすいんですがね」
引き合いに出されたトリスタンは苦笑いした。城壁内に住んでいたことは確かだが、厳密にはアールのような町民とも違う身分だ。面倒なことになるだけなので言わないが。
ともかく、これで隊商内の最低限の義理は果たしたということで、次は傭兵団の者たちを紹介された。最初は主立った傭兵を数人、いずれも長年勤めている熟練である。数人の部下を指揮する立場なので、戦うときはよく顔色を窺うことになるはずだ。次いで人足頭を紹介される。人の良さそうな中年男で、人足兼護衛の仕事をしていたと話すと興味を持たれた。
こうして、いくつかの場所を回った後、ユウはエイベルに話しかけられる。
「最後に冒険者を紹介します。現在、
「そうなると、僕たちが2人だけっていうのは少なくないですか?」
「数が多いことに越したことはありませんが、それ以上にある程度の強さが求められるんです。一定の強さに達していない者を雇っても役には立ちませんので」
「それだけ道のりが厳しいということですか」
「そうです。それに実のところ、大抵はばらばらで行動してもらいますから、6人パーティでないといけない理由はこちらにはないんですよ」
「どうしてばらばらにしちゃうんです?」
「夜の見張り番のときは傭兵1人に冒険者1人の2人一組が基本だからです。それに、魔物を手懐けた山賊と戦うときは乱戦になることが多い上に、魔物はあちこち動き回ってこちらを襲ってくるんです。ですから分散して複数の場所に配置したいんですよ、こちらは」
傭兵団側の事情を知ってユウは納得した。冒険者はパーティ単位でまとめがちだが、ここではあくまでも14人の冒険者を雇っているという感覚のようだ。そうなると、確かに2人組のユウとトリスタンを簡単に雇ったことにもうなずける。
話している間にエイベルは1人の冒険者風の男に近づいて行った。金髪の悪くないが濃い顔立ちの青年だ。相手もエイベルたちに気付く。
「やぁ、エイベル。待っていたよ。後ろの2人が新しく雇ったっていう連中かい?」
「そうです。右がユウ、左がトリスタンです」
「初めまして、2人とも。オレは
「僕は
少し暑苦しそうな感じがするブランドンだったが、ユウは悪くないように思えた。しかし、わずかに呆れた表情を浮かべるエイベルが横からブランドンに話しかける。
「他の5人はどうしたんですか? ここで顔合わせをしておくつもりだったんですが」
「みんな寒いからって酒場に行っちまったんですよ。いや、オレも止めたんですけどね。あんまり言い過ぎて仲間のやる気がなくなったら困るでしょ」
「そうですか。なるべく早く顔合わせをしておいてくださいよ。戦闘中に味方同士で戦うなんてことのないように」
「わかってますって。それじゃ、これで終わりですか? だったらオレもちょっと行ってきます」
より強く呆れたエイベルが何も言わないことを了承したと受け取ったのか、愛想笑いをしながらブランドンは町へと向かっていった。
あまりのことにユウとトリスタンは呆然としている。同じ冒険者の自分にならまだしも、雇い主側にあの態度というのは考えられない。
黙っている2人に対してエイベルが苦々しげに話す。
「ファーケイトの町からベンポの町までの間は護衛の死傷者の数が多くて有名で、特に冒険者の引き受け手があまりいません。質を問わなければそうでもないんですが、簡単に死なれてもこちらが困るだけですから」
「それでブランドンっていう人はあんな態度を?」
「6人パーティですからね。抜けられると痛いのは確かなんです。仕事はきっちりとしてくれますし、代わりが見つかるまでは」
傭兵団側もなかなか苦しい事情があるということをユウは知った。何かあったら真っ先に手ひどく切られてしまうはずなのだが、あのブランドンという男は平気なようである。その心情はユウにはさっぱりわからない。
ブランドンに対する評価が大きく変わる中、ユウとトリスタンは別のパーティの元へと案内された。こちらは荷台でのんびりと座っているところにエイベルが近づいて行く。
「チャーリー、新しい冒険者を連れてきました」
「え? ああ、そんな話もあったねぇ。で、その2人が新入り?」
「そうです。右がユウ、左がトリスタンです」
「へぇ、そうなんだ。おれは
「僕は
「ま、適当にやっていこう」
荷台から降りることもなくにんまりと笑うチャーリーがユウとトリスタンに言い放った。エイベルが睨んでいるが気にもしていない。
もっと他に雇える冒険者はいなかったのかとユウは内心で頭を抱えた。どちらのパーティも雇い主にこのような態度というのならば、数で劣る自分たちへの接し方もわかろうというものである。
結局、2人は2組のパーティリーダーと顔合わせするのみに留まった。これは道中の危険うんぬん以前の話だとユウは渋い顔をする。
「エイベルさん、本当にこれで1度危険な場所を通ってきたんですか?」
「ええ。あの連中もいざ仕事となると必要なことはやってくれるので今まで大目に見てきたんです」
「まぁ確かに、強さと性格は一致しているわけじゃないですからね。残念ですけれども」
「この前抜けたパーティは悪くなかったんですが、被害を受けてはどうにも引き止められずに」
「ファーケイトの町とベンポの町の間でやられたんですよね。やっぱり魔物が相手だったんですか?」
「そうです。魔物の統率が巧みな山賊で、乱戦中に気付けば半分の2人がやられていたんです」
嫌な話を聞いたユウとトリスタンは顔をしかめた。全周囲が危険な乱戦は確かに気を付けてもどうにもならないことがある。幸い2人とも今まで生き残れたが、これから向かう場所ではどうなるかわからない。
顔合わせが終わってからも2人はエイベルの背中を見ながら歩く。どうにも先行きが不安に思えた。
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