次の行き先は
どうにか猛る相棒をなだめて朝から疲れ果てたユウは、夕方になると前の雇用主の拠点へと向かった。2日ぶりに姿を現した2人を見た傭兵団の面々に挨拶をしつつ、ユウたちは大きめの天幕の中に入る。そこにはオスカーが椅子に座っていた。
こちらに顔を向けてきた団長にユウが挨拶をする。
「こんにちは、オスカー団長」
「よく来てくれた。待っていたぞ」
「さすがに2日じゃ何も変わっていませんね。次の山賊討伐の仕事は決まったんですか?」
「今選んでいるところだ。ところで、お前たちの人足兼護衛の仕事についてなんだが、最初に詫びておかねばならん」
「え、駄目だったんですか?」
「目星を付けていたセレート行きの隊商は募集を取りやめにしたそうなんだ。
申し訳なさそうな表情を浮かべるオスカーを見たユウは何も言えなかった。脅威が減れば防備も減らされるのはおかしなことではない。
ただ、そうなると冒険者ギルドでの仕事探しも難しくなる。取りやめの理由が山賊の脅威の減少ならば冒険者ギルドへの依頼も減っているはずだからだ。
これは困ったことになったとユウが表情を険しくする前でオスカーが話を続ける。
「だが、別口の仕事を見つけてきた。エンドイントの町までの隊商護衛をする傭兵団が護衛として腕の立つ冒険者を求めてるんだ」
「エンドイントの町ですか? どこにあるんです?」
「このセレブラの町から北に
「随分と遠そうですね」
「結構あるな。それに、ファーケイトの町とベンポの町の間が危ない。魔の境界と同じがそれ以上という話だ」
「良くそんなところを通ろうと思いますよね」
「そのおかげで仕事にありつけるんだからいいじゃないか。ともかく、そのエンドイントの町の有力な大商家ギデオン商会の隊商に雇われている
説明を聞いたユウは相棒へと顔を向けた。セレートの町に行くよりも明らかに遠い。こだわりのないユウからすると東側に行けるのならどこでも良いが、トリスタンがどう考えているか確認する必要がある。
「トリスタン、遠い方の港町でも良いかな? 途中危険な所を通るみたいだけど」
「悪党の山の南側を通るのだって危ないそうだから、あまり変わらないんじゃないかな。それに、歩いてセレートの町に行くよりかは安全そうだし」
「でしたら、
「わかった。それじゃ、今から酒場に行こう」
「ええ!? 今からですか? しかも酒場?」
「はっはっは、傭兵らしいだろ。さぁ行くぞ」
立ち上がったオスカーが気にせず天幕を出て行ったので、ユウとトリスタンも慌てて付いて行った。そういえば、オスカーと初めて出会ったのも酒場だったのをユウは思い出す。傭兵と今後も付き合っていくのならば慣れるべきなのかもしれないと感じた。
元雇用主の団長に連れて行かれたのは町の西側にある歓楽街だ。その中の酒場へと入る。室内にいる客の大半は傭兵と人足でなかなか騒がしい。
冒険者の2人を連れたオスカーはその中を躊躇うことなく進んでゆく。たどり着いた先にあるテーブルの前に立った。そして、間を置かずに日焼けした逞しい体の男に声をかける。
「ウィリアム、例の冒険者を連れてきたぞ」
「そりゃありがたい。まぁ座ってくれ。ジョッキはそこにまとめて置いてあるやつを手に取ったらいい」
落ち着いた様子で椅子とエールを勧めたウィリアムが笑った。そのまま手に持つ木製のジョッキを傾ける。隣に座る整った顔立ちの男は黙ったままだ。
勧められた3人は席に座るとテーブルの隅に林立している木製のジョッキを1つずつ手に取った。ユウとトリスタンなどは全部空でないことに目を見張る。
そんな2人をよそにオスカーとウィリアムが話を始めた。木製のジョッキを持ちながらオスカーが2人を紹介する。
「この2人はユウとトリスタン、流れの冒険者だ。ついこの間までやっていた山賊討伐に人足兼護衛で雇っていたんだよ」
「この2人をか。オレはウィリアム、
「僕は冒険者のユウです。今はいろんな所を見て回りたくて旅をしています」
「俺はトリスタンです。ユウの
「冒険者パーティってやつか。2人だけなのか?」
ウィリアムの疑問から始まって、ユウはパーティの経緯を簡単に説明した。更には西の端からここまでの旅路も掻い摘まんで話す。思わぬ長話になってしまったが、こういう話は冒険者だけでなく傭兵も大好きだ。ウィリアムは目を輝かせて聞いていた。黙ったままのエイベルも興味深そうに聞いている。
話が一通り終わるとウィリアムが木製のジョッキを叩きつけるようにテーブルへと置いた。それから楽しそうに口を開く。
「すげぇな、お前! 色々やってんじゃねぇか! こんな冒険者らしい冒険者は初めて見たぜ。なぁ、エイベル」
「そうですね。それに、戦争こそしていませんが、傭兵としてもなかなか面白い経験をしているようです」
「そうだよな! もうこいつらは採用でいいだろ」
「団長、待ってください。まだトリスタンには何も聞いていません」
「ああそうだったな。トリスタン、お前の話も聞かせてくれよ」
「ユウの話の後だとしゃべりにくいんですよね」
困った表情を浮かべるトリスタンだったが、話さないわけにもいかなかったので自分のことを語り始めた。しかし、貴族であることは伏せておく。町民だった親のやらかしで町の外へ出て冒険者を始め、ユウと出会って現在に至る話をしゃべった。大半の話がユウと重なるので新鮮味はなかったが、視点の違う同じ話にウィリアムとエイベルは耳を傾ける。
「元町民か。どうりで何となくちょっと違うと思ったんだよな。エイベルはどうだ?」
「そうですね。町民にしても少し上品すぎるような気がしますが、貧民でないのは確かでしょう。あと、馬に乗れるのと荷馬車の運転ができるのは高評価ですね」
「それな! 人足だと世話はまだしも運転はできねぇからな。やっぱり採用でいいだろ」
「そうですね」
「よし、決まりだ!」
昔話を披露しただけで採用されたことにユウとトリスタンは驚いた。他に色々と聞くことはないのかと口からでそうになる。しかしそれ以前に、2人はまだウィリアムたちから何も話を聞いていなかった。さすがにこのまま流されるわけにはいかない。
木製のジョッキに口を付けたユウがウィリアムに話しかける。
「待ってください。僕たちはまだそちらの話を何も聞いていないです。仕事がほしいのは確かですけど、さすがに話を何も聞かずに飛び込むというのは」
「おおそうだった! 悪いな。エイベル、頼むぜ」
「わかりました。私たち
「安く仕入れたかったわけですか」
「そうみたいですね。ともかく、この町まで直接やって来るには街道を通らないといけないのですが、道中は盗賊や魔物に襲われることが確実ですので傭兵以外にも冒険者を集めています」
「魔物に襲われる街道があるんですか」
「ファーケイトの町とベンポの町の間ですね。あそこには魔物を手懐けた山賊も出てきますのでその対策です。往路で雇った冒険者を何人か失ったのでその代わりを探しています」
冒険者を必要としているのは、夜行性の魔物が出てくる夜の見張り番と魔物を手懐けた山賊対策としてだそうだ。今回は純粋な護衛で人足の仕事はしなくても良いらしい。日当も悪くないとなると後は危険と釣り合うかだ。
一通り話を聞いたユウはトリスタンに顔を向ける。
「トリスタン、これどう思う?」
「聞いている分には怪しそうなところはなさそうだし、待遇も良さそうに思う」
「だよね。あとは魔物を手懐けた山賊がどのくらいか」
「とは言っても、結局港町には行きたいんだし、受けるしかないんじゃないか? 歩いて行くっていう選択肢がないんなら」
「うーん、そうだよね。わかりました。引き受けます、ウィリアムさん」
「よっしゃ決まりだ! そうとなれば飲むぞ!」
返答を聞いたウィリアムが喜んで木製のジョッキの中身を一気飲みした。その脇で、エイベルがユウたちに細かい条件を詰めるべく話を進める。
すべての打ち合わせが終わるとその晩は5人で楽しく騒いだ。
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