久しぶりに何もない日
悪党の山での山賊討伐が一段落したユウとトリスタンは、日の出の後に
それにしても、よくここまで稼げたものだとユウは受け取った報酬の額を思い返していた。前にも荒稼ぎしたことはあるが、1度にここまでまとまった額を受け取ったことは初めてだ。オスカー団長の言うように、盗賊騎士の1人を倒したのが大きかったのだろう。
これだけの金銭を手に入れたとなるとまた貴金属を買う必要があった。旅の道中で路銀が目減りすることを覚悟していたユウだったが、今のところ順調に財産を殖やしている。旅を始める前に日々の生活をどうするか不安がっていたこともあったが、今のところ先輩の1人が言ったように何とかなっていた。
次の仕事も何とかなりそうなので冒険者ギルドに行く必要もなくなったユウは、約束の時までどう過ごすか考える。気が付けば春先になっているので前よりも少し暖かくなっていた。
隣を歩くトリスタンにユウは顔を向ける。
「トリスタン、今から何をしようか?」
「そうだなぁ。まだ三の刻にもなっていないから店も開いてないし、町の外周をぐるっと見て回るか」
「そうだね。それが良いかも」
セレブラの町に来てから山にいた期間の方が長いことを思い出したユウはトリスタンの提案に賛成した。何かしら面白いものがあればと期待する。
町の北東の郊外から出発した2人は最初に南へと足を向けた。町の東門から穀物の街道沿いに歓楽街と宿屋街が並んでいる。郊外には傭兵団の天幕が点在しており、原っぱから街道へと向かう荷馬車の集団とそれについて行く徒歩の集団も見えた。
見慣れた光景なので2人は続いて町の南回りで貧民街を大回りして西側へと向かう。ここは東門と左右対称になるだけで特に真新しいものはない。魔の境界から命からがら生還してここにたどり着いたときの感動がぼんやりと蘇るくらいだ。
最後に町の北側だが、こちらは北門からいきなり原っぱが広がっていた。傭兵団の拠点が目立ち、荷馬車の数は多くない。悪党の山に沿って次の町まで続いている
そうして町の北東に戻って来る。まだ三の刻の鐘も鳴っていない。最近は日の出の時間が二の刻へと寄っているからだ。
あっさりと終わってしまった町の観光にユウは苦笑いする。
「特に見るべきところもなかったね」
「そうだな。いくらか暇潰しにはなったが。もう1周するか?」
「いやさすがにそれは。模擬試合でもする?」
「う~ん、この辺りっていい感じの木の棒がないんだよなぁ」
「そうだ、ここの冒険者ギルドで刃が潰された武器って借りられるかな」
「この町のあそこって、三の刻からでないと開いてなかったか?」
「ああ」
基本的なことを忘れていたユウはがっくりとうなだれた。
代わりに何をしようかと色々考えた末に2人は貧民街へと向かう。ここには小さいながらも貧民の市場があるのでそこへと入った。
まだ早い時間なので店舗は回らずに屋台や露天商の辺りをうろつく。ここなら出勤前の人足や夜勤明けの傭兵が集まっているのだ。
この辺りの物には既にあまり興味が湧かないユウは散策するつもりでゆっくりと歩いてゆく。スリには注意だが、それにさえ気を付けていればなかなか面白い場所だ。
「悪党の山の
「知ってる。
「頭目の盗賊騎士も討ち取ったらしいぞ」
「でも、それって別の傭兵団だろ。名前は確か」
屋台の前で立ち食いをする人足、露天商で食べ物を物色する傭兵などが様々な雑談をしていた。その中に、例の盗賊騎士の話もいくつかある。
「もう噂になっているんだ。やっぱり良いことだからみんな嬉しいのかな?」
「どうだろうな。案外
「なるほど、そういう考え方もあるんだ」
「まぁでも、もう俺たちには関係のない話だからな」
傭兵団との契約は既に切れていることをトリスタンは強調した。流れの冒険者にとって必要なのは名誉ではなく実利だ。充分な報酬をもらったので文句はない。
貧民の市場の端にまで来た頃に三の刻の鐘が鳴った。これから大抵の店が本格的に開き始める。
「ユウ、冒険者ギルドに武器を借りに行くか?」
「それは後回しにしよう。それよりも町の中の商館に行こうよ」
「商館? 何でまた」
「今回まとまった報酬が入ったじゃない。前のと合わせたら、また買っておいた方がいいかなと思ってね。やることがないのなら、今のうちにさっさとやっておこうかなと思って」
話を聞いていたトリスタンがわずかに目を見開いた。多額の報酬を手にしたのはトリスタンも同じである。これからもいくつもの国や地域を渡り歩くので財産は換金しやすい物で手元に残しておきたい。
相棒の賛意を受けたユウは東門から町の中に入った。入場料の銀貨1枚は相変わらず厳しいが、今回はそれに見合うだけの取り引きをするのでまだ諦められる。
商館に入るとまず嫌な顔をされた2人だが、アカムの町の商売人の紹介状を見せると目を剥いて驚かれた。そうして渋々という様子で宝石や貴金属を取り扱う商売人の元に案内される。やはりそこでも良い顔はされなかったが、紹介状に続いて金貨や銀貨を見せると今度は思い切り怪しまれた。
商売人は疑いの眼差しそのままの声色でユウに問いかける。
「一介の冒険者がこんな大金をどこで手に入れたんだ?」
「悪党の山の山賊討伐です。ある傭兵団に雇われて1ヵ月ほど参加したんですけど、何度か山賊の襲撃を撃退しましてね。そのときの戦利品でまとまったお金になったんです」
「一体何十人の盗賊を殺したらそれだけの額になるんだ?」
「そんなに殺す必要はないですよ。今回は盗賊騎士の1人を倒せたんで、それが大きかったんですよ」
「盗賊騎士の1人だと? お前、あの
「はい」
「いやしかし、盗賊騎士ヴィクターは傭兵に討ち取られたと聞いたぞ?」
「ヴィクター以外にも何人か盗賊騎士がいたんですよ。僕とトリスタンはその傭兵と一緒に戦って戦果を挙げたんです」
さも当然といった様子でユウは商売人に説明した。まさかこんな形であの話が活きるとは予想外だったが、自分たちも一枚噛んでいるので堂々と活用する。隣でトリスタンが半笑いをしていた。
商売人もまさか目の前の2人が当事者で筋書きに関わっているとは思わなかったに違いない。そのままユウの話を信じて取り引きに応じた。
このとき、ユウはもうすぐ使えなくなるリトラ貨幣の金貨と銀貨を優先的に使う。そうしてセレ貨幣の金貨と銀貨のみを手に残しておいた。これで当面の生活費にも困らない。
砂金と宝石をそれぞれ買い求めたユウとトリスタンは商館を後にした。せっかくなので町の中を見て回るが、やはりこれといって見るべきものがなくて肩を落とす。
用を済ませた2人は躊躇うことなく町の外に出た。
夕方、素手で模擬試合をしていたユウとトリスタンは酒場へと向かった。1日の終わりは盛大に食べるのが2人の楽しみである。
2人は給仕女が運んできた料理と酒を口にする。この空腹を満たす感覚がたまらない。1日で最も幸せなひとときだ。
料理がきれいになくなると後は木製のジョッキを片手に雑談にふける。これはこれで楽しい。
かなりの時間酒場に居座ってそろそろ席を立とうかという頃、これが最後の話題という感じでトリスタンがユウに話しかける。
「ユウ、俺さ、前から娼館に興味があったんだけど、これから行かないか?」
「え? どうしたの」
「先日の山賊討伐のときに色々とある人足と話していたときに妙に気になってな」
その人足のことをユウも知っていた。何しろ先に話を持ちかけられたのだ。例の人足とトリスタンが2人のときに話しているのも聞いたことがあるが、ついにこの時が来てしまったかとその人足を恨む。
その後、酔った勢いなのかトリスタンが猛烈に誘ってきてユウは困惑した。この酔っ払いは仕方ないなと躱しているとそのうち諦めたようで1人で行くと言い出す。さすがにそれは止められないので酒場を出て相棒の背中を見送った。
翌朝、ユウは約束していた西門の前で三の刻に再会する。相棒のはものすごくすっきりとした表情を浮かべていた。わずかに笑みさえも浮かべていたのが印象に残る。
そして、トリスタンからとても良かったことを強調された。更には今度連れて行ってやるとまで宣言される。
変わり果てた相棒にユウはものすごく困った。
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