襲撃者は誰なのか?(後)
2度目の襲撃を撃退した翌朝、警護組は中継拠点の被害状況を確認した。
真っ先に確認したのは警護組の傭兵と人足と冒険者だ。そして、決して被害が少なくないことに全員が驚く。
最初に傭兵だが、熟練の2人は軽傷を負っていた。襲撃の声を聞いて天幕を飛び出すとばったり襲撃者に出くわしてそのまま戦い始めたという。かなりの強敵で生き残るのに精一杯だったそうだ。一方、ランドルは右腕を切り落とされるという大変な傷を負っていた。篝火のある見張り場で襲撃の報を聞いたとき、自分の近くには誰もいなかったので拠点内に戻ったところを襲撃者の1人に襲われたらしい。危うく殺されかけたところをトリスタンが助けた。
次に人足だが、トミーは負傷しつつも何とか生き残っている。天幕の中で隠れていると幕を切り裂いて襲撃者が入ってきたので慌てて外に出たそうだ。その際、もう1人の人足も一緒にいたが、天幕を出たところで斬り伏せられた死体が後で発見された。
最後に冒険者についてだが、ユウはトミーを追いかけていた襲撃者と戦って頬をわずかに切られたくらいだ。反対に、トリスタンはいくつもの傷を負っていた。ランドルを殺そうとした襲撃者と戦ったときに相当苦戦した証だ。
結局のところ、警護組8人中、死亡1人、重傷者1人、軽傷者5人という大きな被害を
尚、物品の損失については2つの天幕の幕が刃物で切り裂かれて駄目になったことと、一部の道具が破損したことくらいだ。
天幕で眠らせているランドルとトミーを除いた4人がパトリックの元に集まっていた。全員干し肉を囓っている。調理する人足がいないからだ。
現状を知ったパトリックがため息をつく。
「5人の襲撃者を相手にしてこの有様か。結構厳しいな」
「副団長が1人、オレたちが1人ずつ、それにユウとトリスタンも1人ずつ倒した死体だけ、他に逃げた跡はない、か」
「あの鎧からすると、明らかに騎士だよな。盗賊騎士だ」
干し肉を噛みながら傭兵2人が言葉を交わした。盗賊に成り下がった騎士のことである。
その話を聞いていたユウが口の中の肉を飲み込んだ。それからパトリックに顔を向ける。
「副団長、この辺りに盗賊騎士っていうのは多いんですか?」
「さすがにそうはいない。それに、この辺りにそんな物騒な連中がいるという話も最近は聞いていなかったんだがな」
「知っていたらもっと対策していたわけですか?」
「少なくとも、傭兵の数は倍くらいにしていただろう。そうなると、山賊討伐の方が苦しくなるから新たに傭兵を迎える必要があるが」
「つい最近やって来たとか」
「それを言い出したらきりがない。それに、盗賊騎士が1度に5人も固まってやって来るのは考えにくいな」
ユウの疑問にパトリックは1つずつ答えた。その辺りの情報収集も傭兵団としては常に怠りなくやっている。なので、
一同が黙ったところで、今度はトリスタンがパトリックに疑問をぶつける。
「あの5人を最初に発見したのは副団長なんですよね?」
「そうだ。東の方から近づいてくる何者かに気付いたのが最初だったな。新月の夜だったから視界が極端に悪かったのが祟った。もっとも、相手からすればそれを利用したのだろうが」
「ここから東となると、悪党の山と麓の境目くらいですか」
「何かあるのか?」
「もしかしたら
「どういうことだ?」
「あっち側で討伐が進んだことで、こっちに逃げてきた可能性もあるのかなと」
何気なくトリスタンが口にした予想を聞いた他の全員が目を見開いた。向こう側の討伐がどの程度進展しているのかわからないが、その可能性は捨てきれない。
少しの間黙っていたパトリックが立ち上がる。
「その可能性は考えていなかったな。あの5人の死体をもう1度確認しよう」
その提案に全員がうなずいて立ち上がった。天幕の日陰に安置された襲撃者の死体は固めて置いてある。鎧や武器、それに持ち物は既に倒した者たちによって剥がされていた。
全体的に頭部の損傷が激しい。剥き出しの頭を狙う方が楽だからだ。鎧を傷つけない方が高く売れるという考え方もあるが、今回に限ってはそんな気持ちで戦えた者は誰もいない。そんな余裕はなかったのだ。
片膝を付いたパトリックが自分で倒した襲撃者の顔を見た。多少崩れて凄惨な表情になっているが判別はできる。他の4人の顔もじっくりと眺めた。
その様子を眺めていたユウがパトリックに声をかける。
「どうです? 人相で気になる人はいましたか?」
「全員気になるといえば気になるな。オレが倒した男は盗賊騎士ヴィクターのような気もするが、はっきりとしない」
「何か特徴的な部分ってないんですか?」
「それがヴィクターに関してはないんだ。噂じゃ平凡な顔と言われてたくらいで、髪の毛が生えていて髭を生やしているというくらいしか」
「なんですかそれは」
噂のいい加減さにユウは呆れた。もっともしょせん噂なのでその程度と言われれば確かにその通りだ。あまり強く反論できない。
話を聞いていたトリスタンが次にパトリックへと話しかける。
「でも、こいつが噂の盗賊騎士ヴィクターだとしたら
「そうそう都合良く壊滅してるかわからんがな。ダメだ、これ以上考えてもわからん。オスカー隊長が戻ってくるまで保留にしよう」
立ち上がったパトリックが首を横に振った。確かに確証を持てる証拠が何もないのではどうしようもない。
5人はそれぞれため息をついた。
オスカー団長が率いる山賊討伐隊が中継拠点に戻ってきたのは、パトリックたちが判断を保留した2日後だった。
誰もが欠けることなく討伐隊参加者が戻ってきたことをユウたちは喜ぶ。山賊の討伐も大成功と聞いて更に沸き立った。
遠征組の話は良いことずくめだったが、逆に警護組の話を聞いたオスカーは頭を抱える。警護組に被害が出たこともそうだが、仮にパトリックが倒したのが
しばらく黙っていたオスカーがユウとトリスタンに顔を向ける。
「ユウ、トリスタン、お前ら2人が殺した相手はどうしようもないが、それ以外に倒した相手はいるか?」
「僕はいません」
「俺もです。相手にしたのは倒した1人だけです」
「ユウはパトリックが追い詰められたときに助けたんだったな」
「はい。でも、とどめは副団長が刺しましたよ」
「言いにくいことなんだが、パトリックが1人で倒したことにしてもいいか? もし、
「冒険者が関わると面倒なんですか?」
「話し合いになったらユウにも参加してもらうことになるが、セレブラの町だと傭兵と冒険者の力関係がな」
「だったら構わないですよ。僕は関わらなかったことにします。それと、あっちの2人も助けましたけど、それもなかったことにしましょう」
話を聞いた途端にユウは功績を手放した。最も価値のある獲物を外部の者にかっさらわれたというただでさえ色々と面倒そうな話に、傭兵よりも立場が低い流れ者の冒険者が関わっていたとなると話が長引くことは間違いない。そんなことに関わるくらいなら、別の形でこっそり報酬をもらって知らない振りをした方がましだと考えたのである。
そのユウの提案にオスカーたちは賛成した。事が傭兵同士の話し合いならまだやりやすい。それに、パトリックの強さもセレブラの町ではいくらか知られている。これで話し合いになっても何とかなりそうだとオスカーたちは胸をなで下ろした。
追跡隊の隊長に情報の提供を求められたオスカーはこの中継拠点で何があったのかを説明した。そして、そのとき倒した5人の死体も見せ、パトリックが倒した相手がヴィクターだと確定する。
もちろん相手は良い顔をしなかった。しかし、盗賊騎士たちを取り逃がした落ち度はオスカーたちにはない。ましてや自分たちの中継拠点を襲われたのだから反撃する権利はあって当然だ。
とてもこの場では話を収められないと判断したオスカーと追跡隊の隊長はセレブラの町で改めて話し合うことで合意した。死体は追跡隊が持ち帰ることになる。
とりあえず、この場で争いに発展しなかったことに誰もが安心した。
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