襲撃者は誰なのか?(前)

 予想された山賊の襲撃を撃退した警護組は中継拠点とその周辺を片付けた後、再び日常に戻った。やることは以前と変わりはない。


 しかし、わずかに変化したことはある。その最も大きな変化とはランドルだ。山賊を倒したことで自分に自信を付けたらしく、態度が堂々としたものになった。これにはパトリックや他の傭兵2人も喜ぶ。


 他にも、ユウとトリスタンに対して傭兵が親しげな態度をとるようになった。自分の相手を取りこぼすことなく戦い、中継拠点に最後まで侵入させなかったというで信頼を得たのだ。


 こうして警護組はより親密になって仕事を行えるようになった。それから1週間が過ぎる。オスカーの山賊討伐隊が出発して2週間、予定ではそろそろ戻って来る頃だ。


 あるとき、ユウがパトリックに人足仕事が終わったことを報告し終わると、気になっていることを尋ねる。


「オスカー団長たちって、そろそろ戻って来ても良い頃なんですよね」


「そうだな。今日で予定の2週間だから、今日の夕方に戻って来てもおかしくはない」


「遅れることはあるんですか?」


「もちろんある。予想された場所に山賊がいなければ探すだろうし、見積もりよりも山賊の数が多ければ討伐するのに時間がかかるだろう。更に、敵が強ければ負傷者が出て連れて帰るのに苦労することもある」


「つまり、予定通りにいくとは限らないわけですか」


「予定通りに進むことはまずないというのが正確だな。実際には、1週間くらい延びることもある。そのために、多めに水と干し肉を持っていくんだ」


 返答を聞いたユウはまだしばらく中継拠点の警護が続くことを確信した。まだ当分は町に帰れそうにない。そして、トミーとトリスタンが娼館の話で盛り上がる姿も眺め続けるしかないようである。




 複雑な思いを抱えつつもユウはこの日も夜の見張り番として立っていた。篝火かがりびのある場所から離れているので寒い。しかも、新月の夜なので遠くまで見通せないのが何とも厄介である。


「寒いなぁ。そろそろ篝火で温まろうかな」


「ユウ、交代だぞ!」


「ランドル!」


「お前いつも篝火から離れてるんだな。もっと近寄ったらそんなに震えなくても済むのに」


「遠くまで見通そうとするならこっちの方が見やすいからだよ」


「こんな新月の晩だとどうせ見えないだろ。真面目だなぁ」


 呆れたような口調でランドルが言葉を返しながら篝火に近づいた。炎に手をかざして温まろうとしている。


 知り合いに肩をすくめられたユウだったが気にせず天幕へと戻った。ほぼ同時に反対側の見張りの場からトリスタンが姿を現す。どちらもすぐに天幕の中へと入った。


 真っ暗な中、寝床を確保しながらトリスタンがつぶやく。


「寒い! この寒さだけは全然慣れないな」


「そうだね。こういうときに温かい物を口にできたら良いんだけど」


「こんな真夜中じゃ町にいたって無理だろうさ。酒があれば別なんだろうけど」


「今持っている薄いエールじゃぁねぇ」


「ないよりましなのは確かなんだろうけどな」


「愚痴っていても仕方ないか。さっさと寝よう」


「起きたらまたすぐに見張り番だしな」


 まったくもってその通りだとユウは薄く笑いながら目を閉じた。元々真っ暗だったので視界にまったく変化はないが意識は遠のいてゆく。


 どのくらい時間が経過したのかは眠っていたのでわからない。しかし、眠りに落ちてから感覚的にしばらくしてから「敵襲!」という声を耳にする。それで意識が一気に覚醒した。目を開いて体を起こす。


「トリスタン!」


「起きた! くそっ、真っ暗で何も見えない! いてぇ!?」


 2人同時に急いで外に出ようとして天幕内の出口でユウとトリスタンはぶつかった。どちらも小さく悲鳴を上げたが、最初にトリスタン、次いでユウと外に出る。


 元々篝火の数が少ないこと、そして今日が新月の夜ということが状況を悪くしていた。中継拠点の東側に声や音が集中している。襲撃者は既に内部にも入ってきているようで近くからも悲鳴が聞こえてきた。


 ろくに状況を確認できないままに2人は武器を手にして声のする方へと向かう。すると、離れた場所にある篝火の明かりが襲撃者に襲われているトミーを照らしていた。


 手傷を負いながらも逃げてくるトミーにユウは声をかける。


「トミー!」


「ユウ!? た、助けて!」


 悲鳴を上げながら走るトミーと襲撃者の間に割って入ったユウは振り下ろされた武器を槌矛メイスで受け流した。そのまま体当たりをする。一旦相手の動きを止めてトミーを逃がすためだ。しかし、触れた相手の体が金属のように硬い感触に驚く。


 体勢を崩しつつも篝火側に移って離れた襲撃者の姿をユウははっきりと見た。頭こそ剥き出しだが、首から下は全身金属の鎧である。


 前にどこかで聞いたことのある話をユウは思いだした。盗賊に身をやつす者は様々だが、その中には身分ある者もいる。そして、特に厄介なのが騎士だ。幼少の頃よりも戦う修練をひたすら積み上げてきた騎士は強い。


 そんな強者がユウの目の前にいた。その薄汚れた姿から落ちぶれているのだろうが、決して弱そうには見えない。


 今のユウにとって相手は少なくとも同等、あるいは格上と見るべきだろう。そうなると、生き残る為にも手段は選んでいられない。


 お互いに相手の様子を窺いながらゆっくりと近づいていく。その間に、槌矛メイスを右手だけで構えたユウは左手でゆっくりと腰の悪臭玉を手にした。


 その直後、お互い前に踏み込む。騎士が突き出してきた剣をユウが槌矛メイスで受け流そうとした。しかし、その重い一撃は片腕で流しきれず、頬をわずかに切られる。右へと移そうとした体が反射的に更に右へ寄ろうとした。そのせいで体勢が少し崩れたが、構わず左手の悪臭玉を下手したてで相手の顔に放り投げる。1週間前の山賊ならば顔面に命中していただろう。だが、今の敵は騎士である。多少嫌そうな顔をしただけで首を動かしその玉を避けた。


 あっさりと悪臭玉が躱されてしまったユウだが、望んでいたのは悪臭による怯みではない。玉を避けたときに発生するわずかな体の硬直だ。体勢は崩れているものの、主導権を握っているユウは更に踏み込んで振り上げた槌矛メイスを相手の頭部に振り下ろす。驚愕の表情を浮かべるその顔面に命中した。そして、そのまま地面に崩れ落ちる。兜を被っていればまた違った結果になっていただろうが、今回の勝敗は決した。


 とどめの一撃を地面に倒れた騎士に入れたユウは周囲に目を向ける。声や音は聞こえるが暗闇のせいで誰がどこで誰と戦っているのかよくわからない。トリスタンの姿も見えなくなっている。その中で唯一、東の見張り場にある篝火の近くで戦っているパトリックの姿だけ確認できた。あの強い副団長が明らかに押し込まれている。


 このままでは危ういと判断したユウは距離のある東の見張り場まで走った。足下に何があるかわからない不安が走る速度を抑えるがそれでも急ぐ。


 ようやく篝火の近くまでやって来たとき、ユウはパトリックに襲撃してきた騎士らしき男にも気付かれた。しかし、そのまま構うことなく襲撃者に槌矛メイスを振るう。


「副団長、加勢します!」


「おう、助かる!」


「こしゃくな!」


 三者がそれぞれ声を上げて2対1の戦いが始まった。あれだけ劣勢だったパトリックがその勢いを盛り返す。相手の騎士は顔から余裕が一切なくなった。


 そこからはユウとパトリックが襲撃者を押し込んだ。さすがに戦い慣れた者が2人だと騎士も苦しいようだ。それでも相当な時間持ちこたえたのは高い技量によるものだろう。


 しかし、やはり最後は多勢に無勢だった。ついにパトリックが襲撃してきた騎士を討ち取る。


「よし、討ち取ったぞ!」


「やっと終わったぁ」


「ユウ、助かった。お前が来てくれなければ危なかった」


「何者なんでしょうね、この襲撃者」


「さぁな。相手の正体を確かめるのは後だ。まだ仲間が戦っている」


 中継拠点の中からまだ戦いの音が聞こえてくるのをユウは思い出した。体に疲労感はあるがまだ休むわけにはいかない。


 篝火から燃えている薪を1つ取り出したユウはそれを松明たいまつ代わりにした。そうして暗闇の中を走り出す。


 拠点の中で戦っていたのは傭兵2人だった。いずれも全身金属の鎧を身につけた騎士らしき男と戦い、劣勢の中でも踏ん張っていたのだ。そこへユウとパトリックが駆けつけて一緒に倒してゆく。いずれもパトリックが相手にしていたほど強くなかった。


 こうして、時間はかかりながらも2度目の襲撃者の撃退にユウたちは成功する。前回よりもはるかに強い敵を相手にしたせいで誰もが疲れ果てていた。


 副団長のパトリックが篝火の前で集合を命じる。


 ユウはその声に反応して体を動かすが、他の皆と同じく反応はどうしても緩慢になった。

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