山賊を返り討ち

 山賊討伐隊が中継拠点を出発して1週間になろうとしていた。この間、別の山賊に襲われることもなくユウたちは中継拠点を守り続けている。


 誰もが仕事にはすっかり慣れて今では滞ることはない。4人の傭兵では最も下っ端であるランドルも警護を問題なくこなせており、人足の2人も決まった作業をしっかりと繰り返していた。


 それはユウとトリスタンも同じである。ぶつ切りとは言え、休む時間は充分にあるので続けられていた。たまに体をほぐしてはなまるのを防いでいる。


 素手で模擬試合をした後のランドルはおとなしくなった。最初事情を知らなかったパトリックは訝しんでいたが、警護中の仲間の目撃談を聞いてユウに話を聞きに来る。事情を知った副団長は納得した。


 一方、トミーの娼館の話にユウは困る。興味がまったくないのかと問われるとそうではないが、今はまだ手を出したいと思わないのだ。なので、延々と娼館の話をされても返答出来ない。更に厄介なのが、トリスタンが興味を持ってしまったということだ。トミーとはこの契約が終わればそれまでだが、トリスタンはこれから先も一緒に旅をする。その相手から延々と娼館の話を聞かされるかもしれないというのは悪夢だった。


 問題が1つ解決したら別の問題にまた悩まされるという困った事態に頭を抱えるユウは、仕事とは全然関係のない理由で早く契約が終わってほしいと願うようになる。個人的になかなか困った状況であった。




 そんな困った状態であったとしても時間は流れる。この日も1日が終わった。人足の2人は天幕に入り、傭兵と冒険者は夜の見張り番に就く。すっかり慣れた日課を今晩も始めた。


 天幕内で浅い眠りについていたユウは目を覚ます。かすかに届く篝火かがりびの明かりを頼りに砂時計へ目を向けた。まもなく砂が完全に落ちきる。


「トリスタン、起きて。見張りの時間だよ」


「んぁ、ああ~、眠い。見張り番もこれくらいすぐに時間が過ぎてくれたらな」


「それは僕も思うよ。さ、行こう」


 最初に天幕を出たユウは真夜中の冷気に身を震わせた。篝火に寄って体を温める。次いで出てきたトリスタンもそれに倣った。


 冷えが少しましになると2人は正反対の方向へ向かって歩き始める。見張る人数は2人だけで、見張る場所は2ヵ所なのだ。


 篝火の近くに立つランドルにユウは近づいて声をかける。


「ランドル、交代だよ」


「おお、やっとか! さっぶいんだよなぁ、まったく」


「真夏の暑苦しいのとどっちがましかな?」


「考えたくないね。へへ、それじゃ」


 いくつか言葉を交わしたランドルは震えながらも嬉しそうに天幕へと向かって行った。篝火の元にはユウ1人だけとなる。


 しばらく暖かい光源の元で暖を取っていたユウは、やがてその場所から少し離れた。明かりに近すぎると周囲の暗闇が見通しにくくなるからだ。今の時期は次第に新月へと向かっているので1日ごとに夜の見通しが悪くなってきている。視界を確保する努力は怠れなかった。


 毎晩見張り番をしていると襲撃者はどこから襲ってくるだろうかとよく考える。ここはなだらかな麓の端であり、北東に悪党の山がそびえていた。そのため、襲ってくるのならば唯一開けていない東北側からというのが常識的だろう。


 もちろん中継拠点もそれを意識して作られている。仕掛けた罠も北東側が最も多い。パトリックによると倍する敵なら問題なく対抗できると説明していた。この辺りの盗賊は10人程度の小さい集団が多いのでこれで充分ということだ。


 そうなると、後は見張り番がしっかりと見張っていれば、余程のことがない限り襲撃者に後れを取らないはずである。実際のところはどうなのかはやってみないとわからないが。


 少しずつ冷えてくる手足の寒さを紛らわせるために色々と考えていたユウだったが、やはり考えているだけでは紛らわせるのにも限度があった。そろそろ篝火でぬくもりを得ようかと考えていたところ、北東の暗闇に何か光るものを目にする。今まで何日も見張り番をしてきたがそんなことは1度もなく、昼間の光景を思い出しても光りそうな物は思い浮かばなかった。


 右手に槌矛メイスを握りしめたユウが尚も目を凝らす。すると、複数の動く物を目で捉えた。篝火から更に離れながら叫ぶ。


「北東から敵襲! 山賊!」


 ユウが叫んだ直後、天幕から4人の傭兵が出てきた。いずれも武器を手に北東の方へと顔を向けている。寝ぼけている者は1人もいない


 もはや隠密はこれまでと悟ったのだろう。襲撃者は喊声を上げて突っ込んで来た。篝火の明かりで浮かび上がるその風貌は典型的な山賊だ。


 篝火から離れた場所に移ったユウには2人の山賊が突撃してくる。いずれも汚らしい風貌の男たちは右側が剣、左側が槍を手にしていた。最初に武器を振るってきたのは槍を持った山賊だ。その長い間合いを活かして突いてくる。


 槍持ち山賊が武器を振るうと同時にユウは左横に避けた。そのまま止まることなく槍持ち山賊へと近づく。剣を持った山賊が迎え撃とうとするが、間に槍持ち山賊がいるため何もできない。


 槍ごと退こうとする槍持ち山賊であったが、いかんせんその動作は素早くなかった。ユウはそのまま自分の間合いまで詰めて槌矛メイスを振るう。


「はっ!」


「ぎゃっ!」


 最初に狙ったのは槍持ち山賊の左手だった。これを潰して次いで頭頂部に槌矛メイスの一撃を全力で叩き込む。


 槍持ち山賊が倒れるとその向こうにはもう1人の山賊がいた。その表情は恐れと怒りでない交ぜになっている。


 倒れた山賊を一旦避けたユウはそのまま迷わず生きている山賊へと突っ込んだ。顔を引きつらせた相手が突き出してきた剣を槌矛メイスで払い、そのまま顔面を殴りつける。


「ぶっ!?」


 後ろへとよろめいた山賊はそのまま仰向けに倒れた。声にならない呻きを挙げて苦しむ。


 その相手に対してユウはとどめの一撃を頭へと叩き込んだ。これで2人を倒す。


 自分の敵をすべて倒したユウは中継拠点へと顔を向けた。そちらは乱戦のようだが、パトリック他2人の傭兵が山賊を圧倒している。


 問題はランドルだ。他の傭兵と同様に2人を相手にしているが逆に圧倒されている。1人は剣でもう1人は槍を持っていた。危ないのは明らかだ。


 次の目標が決まったユウは一直線にランドルの元へと向かった。そして、相手1人を引き受ける。


「ランドル、1人引き受けたよ!」


「た、助かるぜ!」


 槍持ちを引き受けたユウはその山賊と対峙した。邪魔されたことを怒っているらしく、憤怒の形相で突いてくる。しかし、雑な一撃なのでそこまで怖くはない。何度か相手に攻撃させて癖を掴むと、相手の突きに合わせて横に避けてそのまま距離を縮める。そこからは1人目の槍持ち山賊と同じだ。武器を手にする手を槌矛メイスで叩き潰してから、相手の頭部を力一杯殴った。


 そのとき、少し離れた場所から男の叫び声が上がる。


「お頭がやられたぁ!」


 悲鳴のようなその叫びが上がると、戦っていた山賊は次々に逃げ始めた。


 もちろん、山賊をそのまま逃がすパトリックではない。自分が相手をしていた山賊は隙を見せた途端に殺し、他の傭兵2人もそれぞれ1人ずつ倒した。


 ようやく戦いが終わったことを悟ったユウは体の力を抜く。周囲を見ると、暗いながらも何となく状況が掴めてきた。立っているのはいずれも傭兵ばかりで、反対側の見張りの位置にはぼんやりとトリスタンの姿も見える。ということは、倒れている死体はすべて山賊というわけだ。ここで本当の意味で安心する。


 立っている傭兵の中で最も目を引いたのはランドルだ。死体を目の前に呆然とした表情を浮かべている。ひたすら荒い息を繰り返していた。


 そんなランドルにパトリックが近づく。


「ランドル、怪我はないか?」


「はい、ありません。オレ、オレ、こいつを倒したんです。オレが」


「そうか。よくやった。これでお前も一人前だな」


「はい!」


 それまで表情が浮かんでいなかったランドルの顔に笑みに染まった。憧れの傭兵になれたようである。


 次いでユウは相棒のいる場所へと向かった。篝火の近くで周囲を警戒している。


「トリスタン、大丈夫?」


「何とか。ユウも平気そうだな」


「うん。あんまり強くない敵で助かったよ。倒した山賊は1人なの?」


「そうなんだけど、こいつを倒したら、もう1人がお頭がやられたって叫んだんだよな」


「ということは、大金星じゃない。おめでとう!」


「ありがとう。あんまり実感がないや」


 苦笑いしながらトリスタンが肩をすくめた。


 その後、中継拠点を詳しく確認したところ、天幕は手が付けられていないことが判明する。トミーを含む人足2人も無事だった。結果として、護衛組は無傷で山賊を撃退できたわけだ。


 その事実にユウをはじめ全員が胸をなで下ろした。

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