中継拠点の警護
山賊討伐のための中継拠点を築いた後、ユウとトリスタンはセレブラの町へと戻った。シドニーによる報告で予定通り事が進んでいると団長のオスカーが知ると、翌日
傭兵団のほぼ全員が移ってきた形になった中継拠点は賑やかになる。まるで引っ越しをしたかのようだ。人足は野営の準備が整っている中継拠点で夕食の準備に取りかかる。
食事がほぼ終わった頃、朱い日差しを受けながら団長のオスカーが全員に声をかけた。仲間が注目したのを確認すると話を始める。
「明日からいよいよ2週間かけて山賊の討伐を開始する。ここにいる者たちのほとんどはいつも通りのことだから知っているだろうが、連中も自分の身が危ないと思ったらためらいなく反撃してくる。決して油断するな。また、この拠点を守る留守組も気を抜かないように。別の山賊に襲われることがあるからな。それでは、具体的な編成についてパトリックから改めて告げさせる」
団長の言葉から始まって副団長の具体的な話へと流れは移っていった。既に全員が知っていることだが、たまに一部変更がなされる場合があるので聞く方も真剣だ。
パトリックによると、遠征組の隊長はオスカーで傭兵15人と人足8人が参加し、この人足には人足頭のシドニーも含まれる。一方、警護組の隊長はパトリックで傭兵3人と人足2人が参加することになっていた。
契約で警護組だと知っているユウとトリスタンは傭兵団の話を脇でのんびりと聞いていた。傭兵見習いのランドルと人足のトミーが警護組だということも変更がなかったので、特に新鮮味のある発表ではない。
隣で粥をすすっているトリスタンにユウが小声で話しかける。
「予定通りだね」
「そうだな。後は平穏無事に警護が終われば言うことはないが、来ると思うか?」
「団長の話だとその可能性はあるらしいけど」
悪党の山の山賊について聞いた話をユウは思い返した。穀物の街道側で暴れている
団長と副団長の話が終わると解散になったが、警護組の傭兵4人とユウたち2人はこれから夜の見張り番だ。多数いる傭兵は明日からの遠征のため今日は見張りの役から外されている。
これから2週間にわたり、ユウとトリスタンはこの中継拠点で働くのだ。
中継拠点で1泊した翌朝、遠征組が悪党の山へと出発した。総勢24人の討伐隊である。それが列をなして山間へと消えていった。
見送った後の警護組のやることと言えば、基本的に待つことである。町の拠点にいるときのように常に何かをしているということはなく、手が空いた者は休んでも良い。
人足兼護衛のユウとトリスタンの立場は傭兵と人足の中間だ。昼間は人足として働き、夜は見張り番を交代で行う。聞けばどちらの役目も担っている重労働に思えるが、そこまでではない。傭兵の見張りは昼間もずっと行われるがユウたちは外されており、人足の仕事はあまりないので昼間は割と暇なのだ。食事の世話と後片付け、それと
あるとき、トリスタンともう1人の人足が
ある程度器具を片付けたトミーがぼそりとつぶやく。
「あ~、女買いてぇ」
「どうしたの、いきなり」
「この前、先輩に娼館へ連れてってもらったんだ。それでやったんだけどな、これがもう気持ち良くて気持ち良くて! 世の中にあんな気持ちのいいことがあるなんて、オレ知らなかったなぁ」
思わず手が止まったユウは半ば呆然とトミーを眺めた。そういう話は聞いたことがあるが、こうも面と向かって言われたのは初めてなのだ。どう対応したら良いのかわからない。
困惑するユウを見たトミーがにやりと笑う。
「さてはその反応、ユウ、お前は女とやったことがないな?」
「え? ええ、まぁ」
「それはダメだ! あんな気持ちのいいことを知らないなんて! 絶対に知っておくべきことだぞ!」
「いや別にそんな力説されても。そこまで興味ないし」
「それはダメだ! 今回の討伐が終わったら、娼館に連れて行ってやる!」
「いらないよ。しゃべってないで手を動かしてくれないかな」
「手を動かす? へへ、こんな風にか?」
奇妙な手つきを始めたトミーに対してユウは怪訝な表情を向けた。恐らくそれ関係のことをやっているのだろうが、知識のないユウにはそれが何かわからない。
ともかく、トミーに女の話は禁句だとユウはこのとき学んだ。
傭兵は昼夜を問わず交代で見張っている。昼と夜に区分けしたとして役割の重要性に変化はないが、やりやすさにはかなり違いがあった。
やはり何と言っても見通しの良し悪しというのは段違いだ。夜は周囲がほとんど見えないのに対し、昼間は障害物がない限り地平線まで見渡せる。また、昼間は他の人足も起きているので警戒網が自然と厚くなるという点もあった。
そのため、消耗の激しい夜の見張り番には冒険者も加えて心身の疲れを抑えている。見張りの人数が増えるとそれだけ1人の負担が減るからだ。
色々と工夫をして役割をこなす傭兵の負担を少しでも減らそうとしているが、それでも徐々に消耗していくのは避けられない。そのため、昼間も時間があれば傭兵は横になって眠っていることが多かった。
ただし、経過日数がまだそれほどではないと若い傭兵などは元気が有り余っていることがある。見習い傭兵のランドルがそうだ。見張り番が終わる直前までは疲れた様子を見せているのに交代した途端に元気になる。年配の者は若干呆れているがそれ自体は問題ではない。問題なのはその若さを発散できる場所が中継拠点にはないということだ。
ランドルもそれはわかっているので仕方なく横になるのだが、落ち着きがない。右に左にごろごろ転がっては最後には起き上がる。そして、あちこちうろうろとするのだ。
昼間は人足仕事をしているユウもその光景はたまに見ていた。日中は比較的時間に余裕があるので雑談することもある。今が正にそうだ。
当たり障りのない話題を1つ消化した後、ランドルがユウに尋ねる。
「そういえばお前って、副団長と模擬試合をしていい勝負したんだったよな」
「うん、そんなこともあったね」
「今暇だしよ、ちょっとやってみねぇか?」
「え、ここで?」
「どうせお前も寝るだけなんだろ? ちょっとだけなら時間あるだろ」
「仕事中に怪我をして動けなくなったら副団長に怒られるよ?」
「怪我しなけりゃいいんだよ。1回だけやろうぜ!」
どうにも収まりがつかなさそうなランドルを見たユウはため息をついた。パトリックは今眠っている。1回だけやってさっさと終わらせた方が後腐れがないだろうと考えた。
少し考えてからユウは返答する。
「だったら1回だけしよう。ただし、素手で。副団長としたときと同じ条件だよ」
「そうこなくっちゃな!」
喜ぶランドルを連れてユウは中継拠点の外に出た。すぐ脇の原っぱだ。そこで互いに向き直って対峙する。両者腰を落として構えた。
真剣な表情になったユウがランドルに声をかける。
「いつでも良いよ」
「へっ、そうかい!」
返答したランドルが殴りかかってきた。踏み込みが浅く、右腕も伸びきらずに引き戻す。
誘っているのか、様子を見ているのか、それとも別に意図があるのか、ユウにははっきりとわからなかった。ただ、動きは全体的に雑だ。これが芝居でないのならばランドルの力量は低いと言わざるを得ない。
何度か拳を突き出された後、ユウは時期を見計らって前に出た。ランドルが右拳を突き出してきたのに合わせてだ。その右拳を躱して懐に入り、自分の右拳で相手の顎を下から殴る。
「かはっ!?」
全身の力が抜けたかのようにランドルは地面に倒れた。呆然とした表情をしている。
相手が落ち着くまでユウはしばらく待った。何度も頭を振るランドがようやく受け答えできるようになる。
「こんな感じで良いかな?」
「お、おう。すげぇ」
「オスカー団長やパトリック副団長にこれからたくさん学んだら良いと思うよ。僕も強い人に色々と教えてもらったから」
尚も呆然とするランドルに向けてユウは言葉をかけた。やり過ぎると仕事に支障が出るのでこれ以上は無理だ。
ランドルがどうにか立てるところまで回復したのをユウは確認した。そして、踵を返して中継拠点へと戻る。せめて仕事の間だけでも再戦をせがまないことを願った。
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