山賊討伐の遠征の準備(後)

 きれいな腕クリーンアームズの拠点でユウとトリスタンが働き始めて2日が経過した。この間は完全に人足としての扱いで、シドニーやトミーに指示を受けて作業をする。


 そうして盗賊討伐の遠征準備は荷造りに関しては完了した。普通は何日もかかるものだが、2人はその作業の終盤に入団してきたのであまり関わることなく終わる。


 入団2日目の夕方、ユウとトリスタンはオスカーに呼び出された。大きめの天幕の中へと入る。椅子に座るオスカーの他に立っているパトリックがいた。


 団長と副団長に近づいたユウが挨拶をする。


「こんばんは。僕たちに何の用ですか?」


「遠征の準備は一段落着いた。明日からは遠征のための中継拠点を悪党の山に築いていく。2人にはその先遣隊に参加してもらうために呼んだんだ」


「山に登るんですか」


「山とは言っても麓だがな。歩いて2日程度の場所だ。隣にいるパトリックを先遣隊の隊長とし、パトリックを含めた傭兵4人、人足8人で出向く。初回は場所の選定、天幕の組み立て、荷物の運び込み、周囲の安全確認など、やることはたくさんある」


「僕たちは人足として参加するんですか?」


「そうだ。1度目の荷物の積み降ろしが終わると町まで戻って来てもらうのだが、そのとき傭兵の4人は中継拠点を警護するから同行しない。帰路の人足と驢馬ろばはお前たち2人が守るんだ」


 主戦力である傭兵にできるだけ重要な役目を負わせるためだとユウはすぐに気付いた。物資の輸送を担う人足と驢馬ろばの護衛も馬鹿にしたものではないのだが、これを人足側でやり繰りできるのならば傭兵は使いたくないというわけだ。


 人足兼護衛の使い方としてはまっとうだと思ったユウはうなずいた。トリスタンも特に異は唱えない。


 ただ、1点だけ気になることをユウは尋ねる。


「先遣隊に参加する件はわかりました。ただ、1つ気になることがあります。僕たちの荷物はどうしたら良いですか? 町に置いておけるのでしたら身軽になれるんですけど」


「確かにそうだな。だったら、不要な荷物はこちらで預かろう。必要な物だけ身に付けるように。水とメシについてはこちらで用意するから気にしなくてもいいぞ」


「わかりました。最低限の物だけ持って行きます」


 自分の荷物を他人に預けるということは常に不安がつきまとうことだが、旅をするユウとトリスタンの荷物は決して少なくはない。これを担ぐ必要がないということになれば戦う上ではかなり楽になる。


 その後、いくつかのやり取りを経て話し合いが終わるとユウとトリスタンは天幕を出た。




 先遣隊への参加が決まった翌朝、ユウとトリスタンは二の刻に起きた。先遣隊への参加が決まったので日々の人足の仕事から解放されたのだ。準備を済ませると背嚢はいのうを持って天幕の外に出る。


 オスカーの大きめの天幕の中に背嚢を置いた2人は朝食の粥を食べた。肉とパンの入った塩味がきつめの温かい粥が冬の寒さで冷えた体を温めてくれる。


 食事が終わるといよいよ先遣隊の隊長であるパトリックの元に集合だ。傭兵は既に全員集まっている。その中にはランドルの姿もあった。


 寒い中、談笑している先遣隊の面々の脇を通り抜けてユウたちはパトリックの前に立つ。


「おはようございます、パトリック副団長」


「来たな。もうほぼ全員揃っている。2人ともシドニーの指示で動くように」


 先遣隊隊長の命を受けたユウとトリスタンは驢馬ろばの近くに集まっている人足の集団に足を向けた。驢馬ろばに荷物をくくり付けている人足に指示を出している人足頭にユウが声をかける。


「おはようございます、シドニーさん」


「来たか! 寒いのう。2人とも荷物を驢馬ろばにくくり付けるのを手伝え」


 指示を受けたユウたちはすぐに他の人足に混じって荷物を持った。その中にトミーが混じっているのに気付く。


「おはよう、トミー」


「ユウか! ちょっとこの荷物持ってくんねぇかな。うまく縛れなくてよ」


「トリスタン、トミーを手伝ってあげて。僕はあっち側に行くから」


「おう、任せとけ」


 まだ空が暗い中、篝火かがりびの明かりを頼りに人足たちが作業に励んだ。その甲斐あって空が白み始める頃にはすべての作業が終わる。


 出発までのわずかな時間は待機となった。参加者は思い思いに休む。


 相棒がトミーと話をしている間、ユウはランドルに話しかけられた。やたらと上機嫌で楽しそうに口を動かす。


「いよいよ山賊討伐の始まりだな!」


「そうだね。これに参加しているということは、ランドルは中継拠点の警護をするんだ」


「そうなんだよ。本当は討伐隊に参加したいんだけどよ、見習いじゃ無理なんだよなぁ」


「中継拠点の警護も重要じゃない。副団長が守るんだから」


「それはわかってんだけどよぉ」


 残念で仕方ないといった様子のランドルがひどく肩を落とした。


 仲の良い知り合いと雑談をしながら待っていると空がわずかに白んだことに全員が気付く。うっすらと視界が利くようになった。


 それを合図にパトリックが声を上げる。


「先遣隊の者は聞け! これより、山賊討伐のための中継拠点を築くために行動を開始する。大半の者は慣れた場所だが気を抜くなよ。それと、これから半月は世話になる拠点だ。作るのに決して手を抜くな。それでは、出発する!」


 号令がかかると先遣隊は行動を開始した。驢馬ろばの手綱を持った人足6人が連なって歩く。その先頭をシドニーが、最後尾をトミーが受け持っていた。この人足の列の両脇をパトリックを含めた4人の傭兵が固め、最後尾をユウとトリスタンが進む。


 セレブラの町の北東に位置する悪党の山は、北を鉱石の川、東を小鉱石の川、南を穀物の街道、西を鉱穀こうこくの街道に囲まれている。大昔は別の名称で呼ばれていたらしいが、多数の山賊が住みついて周辺を荒らし回ることが常態化してからは現在の呼称となった。これほどまでに多くの盗賊はどこからやって来るのかは周辺の町民にとって長年の疑問だが、魔の境界や引き裂かれた丘陵辺りからではないかというのがもっぱらの噂だ。


 そんな山へと先遣隊は近づいて行く。セレブラの町から北東に進むと最初は平原が続いた。ほぼ丸1日その平原を歩くと次いで地面が緩やかに上がってゆく。この時点で広い意味での悪党の山に入ったのだ。


 先発隊はこの辺りで1泊する。驢馬ろばを固め、人足にその面倒を見させながら傭兵と冒険者で夜の見張り番をこなした。たまに目を光らせる野犬などが姿を現したくらいで穏やかな一晩を過ごす。


 2日目も一行は朝から麓を進んだ。緩やかな勾配は気付かないうちに先遣隊の面々の体力を奪っていったが、それでもその歩みが衰えることはなかった。


 夕方の少し手前頃になると、先遣隊は悪党の山の本体が目の前に迫るところまでたどり着く。ここでパトリックからの停止命令が発せられた。


 最後尾を歩いていたユウとトリスタンも大きく息を吐き出して体の力を抜く。


「やっと着いたね。本当に山の手前まで来たんだ」


「坂が地味にきつかったな。帰りは楽になるんだろうが」


「全員聞け! ここが中継拠点を築く場所だ。本格的に構築するのは明日だが、今日も天幕の組み立てくらいはやっておくぞ。まずは休憩をとる」


 先遣隊隊長の話を聞きながらユウはじんわりとにじみ出る汗を拭った。今は寒風が気持ち良い。


 隣のトリスタンが水袋から口を離してユウに話しかけてくる。


「トミーは元気そうだが、シドニーさんは少しつらそうだな」


「今回討伐隊の本隊に付いて行くんだよね。大丈夫かな?」


「そういえば、前にもうそろそろ引退だって言っていたっけ」


 トリスタンの話を聞いたユウはそうだろうなと思った。てっきり町の拠点で留守番をすると思っていたら先遣隊に同行すると聞いて驚いたものだ。


 休憩が終わると野営の準備と並行して中継拠点の資材を驢馬ろばから降ろした。それから縄をほどいて明日の作業に備える。


 2日目の夜も1日目と同じだった。人足と驢馬ろばを中心に傭兵と冒険者が周囲を警戒する。悪党の山から何か現れるかと警戒したが幸い何も現れなかった。


 翌日は丸1日を使って中継拠点を築く。いくつかの天幕を張り、料理ができるかまどを造り、薪や枯れ葉をかき集め、その周囲に掘りを掘り、いくつかの簡単な罠を仕掛けた。


 完成したのは昼頃だった。そして、昼食を食べ終わると人足6人とユウたちは町へと戻り始める。


「シドニー、忙しくて悪いが、すぐ戻って町の本隊と合流してくれ。こちらのことはオレが引き受ける」


「やれやれ、副団長殿は人使いが荒いですのう。まぁよい。この拠点は任せましたたぞ」


 苦笑いをしたシドニーがパトリックにうなずいてみせた。それから人足と驢馬ろばを率いて麓を下った。ユウとトリスタンも警護のために同行する。


 こうして、悪党の山の山賊討伐の準備はようやく整った。

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