山賊討伐の遠征の準備(前)

 傭兵団に採用された翌朝、ユウとトリスタンは天幕の中で目覚めた。頭と腹がじんわりと痛い。すぐには起き上がれなかった。


 しばらく天幕で横になっている理由と体が痛い理由が思い浮かばなかったユウだが、意識がはっきりとしてくると昨晩何があったのか思い出す。盛大に飲んで、派手に殴り合って、また盛大に飲んだのだ。


 頭を抑えつつもユウはゆっくりと起き上がる。真冬の朝の冷え込みが身に沁みるが、今はそれが少し気持ち良い。頭のふらつき具合からまだ酒が残っているのが感じられた。


 出入口からわずかに漏れるうっすらとした朝の明かりを頼りにユウは天幕内を見る。自分とトリスタンの荷物が脇に置いてあった。自分で持ってきたのか、それとも運んでもらったのかよく覚えていない。中は触られていないことを確認する。


「あ~、昨日は派手にやったなぁ」


 採用されて安心して飲んだところで模擬試合させられるなどユウは思わなかった。普通は飲む前にするものだろうとため息をつく。


 ぼんやりとした頭でそこまで考えたとき、ユウは天幕の外から様々な声や音がするのを耳にした。呼び合う声、聞き取れない話、人の足音、金属の擦過音、その他雑多な音だ。そこで気付く。自分たちは人足兼護衛で採用されたのだと。なので、今日から仕事なのだ。


 隣で横になったままのトリスタンにユウは体を向けた。肩を掴んで揺さぶる。


「トリスタン、起きて」


「起きてる」


「起きられる?」


「無理。俺は今、死んでいる」


「僕たち昨晩に採用されて仕事先で寝ているんだよ。もうみんな起きて働いているんだから、僕たちもすぐに出ないと」


「あ゛~、そうだった。ずっと忘れていたかったなぁ。うう、腹が痛い」


 ゆっくりと起き上がったトリスタンが腹をさすった。模擬試合でやられた跡をさすっている。


 相棒が本格的に目覚めてきたのを確認したユウは先に天幕から出た。もうすぐ日の出らしく、空が白み始めている。周囲に目を向けると傭兵や人足が動き回っていた。そして、そのうちの1人から指を指される。


「あ! あの冒険者、起きてきたぞ。やったぜ、日の出前だ、オレの勝ちだぜ!」


「ちくしょー、あと少しだったのに! もうちょっと寝てろよなぁ」


 一部の傭兵たちがユウを見て騒ぎ始めた。話の内容からいつ起きるかで賭けの対象になっていたらしい。痛む頭のまま顔を引きつらせる。その間にトリスタンものっそりと天幕から出てきた。朝の冷え込みに身を震わせている。


 周囲の状況もよくわからないユウとトリスタンだったが、ともかく色々と確認をしないといけない。とりあえずここがきれいな腕クリーンアームズの拠点と仮定して動く。


 誰に話しかけようかと少し迷ったユウは、先程自分を賭けの対象にしていると言っていた傭兵と目が合った。それを機に近づいて話しかける。


「おはようございます。聞きたいことがあるんで教えてもらえますか?」


「いいぜ! お前、ユウって名前なんだよな。あの副団長と結構いい勝負をしたっていう」


「最後は負けちゃいましたけどね」


「大したヤツだぜ。団長ならそこのおっきな天幕の中にいるよ」


「ありがとうございます」


「ランドル! 早くこっちに来い! 半人前がぼさっとしてんじゃねぇ!」


「おっといけねぇ」


 オスカー団長のいる場所をユウに教えたランドルが先輩らしき傭兵に小突かれていた。そのまま2人で去って行く。


 すぐにその天幕へと向かうとユウは警護している傭兵に面会を求めた。すると、話は通っていたらしく、そのまま中へと通される。天幕の中は外よりも暖かく、簡素な机と椅子があった。


 いくつかある椅子の1つに座っていたオスカーがその厳つい顔を2人に向ける。


「やっと起きたか。昼まで寝ているつもりかと思っていたぞ」


「できればそうしたかったですが、さすがにそういうわけにもいきません。ここがきれいな腕クリーンアームズの拠点なんですね」


「そうだ。町にいるときは大抵ここだな」


「ここって町のどの辺りなんですか? 昨日ここまで来た記憶が曖昧でわからないんです」


「町の北東の郊外だ。俺たちの仕事場は悪党の山だからな。近い方がやりやすいんだ」


「そうですか。ところで、僕たちはどこで何をすれば良いんですか?」


「仕事熱心なのはいいことだな。昨日紹介したシドニーのところへ行って指示してもらえ。お前ら2人は普段人足扱いだからな。あの爺さんの下で働くんだ。パトリックの下に付くときは拠点の警護が始まってからだ」


「わかりました。そのシドニーさんはどこにいるんですか?」


驢馬ろばのいる所だ。そんなに遠くはないからすぐにわかる」


 どうするべきか団長のオスカーに教えてもらったユウとトリスタンは天幕を出た。驢馬ろばのいる場所はすぐに見つかる。シドニーと少年1人が世話をしていた。


 相棒を伴ってそちらへと近づいたユウは白髪の人足頭に声をかける。


「シドニーさん、おはようございます」


「おお、ユウか。日の出前に起きられたのは結構なことじゃな。トリスタンは元気がなさそうじゃが、まだ酔いが残っとるのか?」


「ええ、まぁ」


「それで、オスカーさんから人足の仕事はシドニーさんに指示してもらうよう言われたのでやって来ました」


「そうか。なら指示してやろう。その前に、こいつを紹介してやろう。人足のトミーじゃ」


「トミーだ! オレのような先輩の言うことはよく聞くんだぞ」


「この通り生意気じゃがな、仲良くしてやってくれ」


 やや背が低い上に愛嬌のある顔のトミーが腰に手を当てて胸を反らす姿はどこか可愛らしかった。シドニーは呆れているが、ユウとトリスタンは苦笑するばかりである。


「さて、驢馬ろばの世話じゃが、トリスタンはできるんじゃったな。まずはそれを確認したい。わしにその腕前を見せてくれ。ユウはトミーと一緒に他の作業をやるんじゃ。トミー、今朝はもう驢馬ろばの世話はいい。次の作業をユウと一緒にするんじゃ」


「任せてくれ、お頭!」


 調子良く返事をするトミーに続いてユウもうなずいた。


 人足頭のシドニーの指示に従ってトリスタンはその場に残り、ユウはトミーの後に続く。最初に向かったのは荷物を縄で縛っている現場だった。


 先頭を歩くトミーが立ち止まった人足の1人に声をかける。


「手伝いに来たぜ!」


「お前が縛ると緩いんだよな。って、その後ろのヤツは?」


「新入りのユウだ。今日からオレたちと一緒に働くことになったんだぜ」


「初めまして。冒険者のユウです。人足兼護衛で今回の山賊討伐の間だけですが一緒に働くことになりました」


「ああ、あんたがあの副団長と殴り合ったっていう冒険者か。見てみたかったなぁ」


「あははは」


 あんな酔っ払った上での模擬試合など願い下げのユウは笑って誤魔化した。すぐに話題を切り替える。


 話によると、今やっている作業は盗賊討伐の遠征で持って行く荷物を梱包しているということだった。驢馬ろばに乗せて持って行くため、乗せやすいようにまとめているという。


 やり方を教えてもらったユウはすぐ作業に取りかかった。多少力が必要というくらいで難しい作業ではない。トミーが手で荷物を支えてくれることもあって次々と荷物をまとめ上げる。


 その作業が終わると別の会計係にトミーが呼ばれた。今度は不足分の買い出しである。ユウも一緒について行くことになった。最初は荷物持ちのみであったが、暗算ができるとわかると金額計算でも活躍する。


 拠点に戻ってくると次はパトリックに呼ばれた。トミー共々近寄る。


「今、ランドルが予備の武具を磨いているんだが、どうにも出発までに間に合いそうにない。2人とも手伝ってやってくれ」


「任せてくださいよ、副団長!」


「トミー、前みたいに間違って刃で指を切るなよ」


「わ、わかってますって。今度はそんな失敗はしないですってば!」


 笑顔で以前の失敗を誤魔化すトミーから目を離したパトリックはユウを見た。その表情を目にすると小さくうなずく。


 現場ではランドルが1人で武器を磨いていた。ユウとトミーに気付くと少し目を見開く。


「2人とも、どうしたんだ?」


「へへ、手伝いに来ましたよ、ランドルさん! ちゃちゃっと終わらせちゃいましょう!」


「武具は丁寧に磨くもんだぞ、トミー」


「へへ、わかってますって! おい、ユウ、これから磨くぞ」


「わかりました」


「なんだ、ユウ。なんでまたトミーに従ってんだ?」


「シドニーさんから言われたんですよ」


 人足頭の名前を聞いたランドルは曖昧な表情を浮かべるとそれ以上は何も言ってこなかった。代わりに磨く武具を教えてくれる。


 いつもやっている作業でもある武具磨きを始めると、ユウは他の2人よりも速く丁寧に1つずつ磨いていった。余程の汚れでない限りきれいに拭き取ってゆく。


 こうしていくつもある汚れた武具は瞬く間にその数を減らした。

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