入団時の習慣
通常、冒険者ギルドで依頼を引き受けると面接をする。面接の場は大抵相手が拠点としている場所だ。それは、荷馬車であったり、天幕であったり、原っぱであったりと様々である。しかし、面接の場が酒場というのはユウとしては初めてだった。
冒険者ギルド城外支所を出た後、ユウはトリスタンに目を向ける。
「酔っ払って面接なんてちゃんとできるのかな?」
「酒に強いっていうのも傭兵の特技の1つだからな。案外飲み比べで勝負して勝てたらって条件かもしれないぞ?」
「そんなのだったら、僕絶対に勝てないよ」
「俺も無理だな」
「ご飯を食べて仲良くなるのかもしれないよね」
「それは面接が終わった後だろう。ああそうか、採用したらすぐに飯を一緒に食うためか」
「自分で言っててなんだけど、何か違う気がするなぁ」
首をひねるユウだったが相手の意図は一向にわからなかった。胸の内に微妙に不安が漂う。仕事はほしいがあまり変な条件を突きつけられたら断るかもしれない。
いくら考えてもそれ以上は何も思い浮かばなかった2人は考えることを止めた。
六の刻の鐘がなる頃、ユウとトリスタンは指定された酒場へと足を踏み入れた。真冬の寒い道から暖かい店内に入ると体のこわばりが緩む。
冒険者ギルドの受付係から聞いていた相手の特徴を思い浮かべながら2人は室内を見て回った。禿げ頭の厳つい顔をした筋骨隆々な男、それっぽい男は3人いる。
「トリスタン、僕3人くらい見つけたんだけど、誰だと思う?」
「傭兵団の団長が1人で飲むなんてあんまり想像できないから、カウンターの奴は除外だな。そうなると残りは2人だが」
「どっちも仲間と飲んでいるよね。ああそうか、団長なんだからみんなの中心にいるはず。そうなると、あの人かな?」
2人と絞った人物は聞いていた容貌と一致する男であり、3人でテーブルを囲んでいた。常に話題の中心におり、他の2人を引きつけている。
テーブルの間を縫うように進むとユウは声をかける相手と決めた男の前に立った。それに気付いたテーブル側の3人がユウに顔を向ける。
「冒険者のユウです。
「そうだが、冒険者が何の用だ?」
「冒険者ギルドで人足兼護衛という依頼を見てやって来ました。こちらが紹介状です」
「ふむ、確かに。よく一発で俺を見分けられたな」
「僕の後ろにいるのが相棒のトリスタンなんですけど、2人で色々と考えたんですよ。団長という人なら仲間と一緒にテーブルを囲んでいて、みんなの中心にいるはずだって」
「なるほどな。面白い考え方をするヤツだ。とりあえずそこに座ってくれ」
勧められた丸椅子にユウとトリスタンは並んで座った。正面にオスカー団長、その右側に彫りの深い顔をした巨体の男、左側に白髪の皺に埋もれた顔の男が座っている。
団長のオスカーが給仕女にエールを複数注文するとユウたちに向き直った。そうして左右の仲間を紹介する。
「改めて自己紹介しよう。俺が
「パトリックだ。腕力なら誰にも負けないぞ」
「シドニーじゃ。見ての通りの年寄りじゃから、お手柔らかにな」
「冒険者のユウです。
「俺はトリスタンです。ユウのパーティメンバーです」
全員が一通り自己紹介した。普通ならそこで次の話題に進むのだが、シドニーが怪訝そうな表情を浮かべる。
「パーティということは、6人くらいおるのか?」
「いえ、ちょっと理由があって、今はこの2人だけです」
「理由を聞いても構わんかの?」
「僕は故郷を離れて旅をしているんですけども、1人で旅に出るときに引退する先輩からパーティ名を引き継いだんです」
「それはまた珍しいのう」
ユウの生い立ちに興味を持ったシドニーが更に聞きたそうに顔を突き出した。しかし、それをオスカーに止められる。
「シドニー、俺も興味あるがその話は後にしてくれ。さて、ユウにトリスタン、冒険者ギルドで依頼を引き受けてくれたということは、概要は聞いていると思っていいんだな?」
「はい。
「あれのせいで割を食ってるという点では無関係じゃないんだが、直接関係してないのは確かだな。なるほど、基本的なことは知っているようだな。それなら、更に深くこっちの事情を説明しよう」
これから本題に入るというときになって給仕女が木製のジョッキを5つ持ってきた。ユウとトリスタンも勧められて手に持つ。
「俺たち
「冒険者ギルドで荷馬車の人足兼護衛と作業はあまり変わらないと聞いていますけど、そうなんですか?」
「その認識でいい。こっちは馬車移動しないからそれ関係の作業がないのと、天幕を張る作業と飯を作る作業が多いくらいだな。ちなみに、山賊討伐は経験があるか?」
「ないです。荷馬車の護衛で盗賊を撃退したことなら何度もありますが」
「それは荷馬車に乗っているときか? それとも野営しているときか?」
「僕はどちらもあります。トリスタンは」
「野営のときならあります」
ちらりとユウに目を向けられたトリスタンがすぐに答えた。つい先日大規模な夜襲を経験したばかりなので自信に溢れている。
「それはいいことだな。拠点警護にその経験をそのまま活かせるだろう。パトリック、お前から何か質問はあるか?」
「そうだな。傭兵と連係して戦ったことはあるか? たまたま同じ戦場で戦ったというのじゃなくてだ」
「僕はあります。仮入団ですが一時的に傭兵団に入っていたこともあったので」
「そんなこともしていたのか。だったら大丈夫だな。トリスタンは?」
「俺はないですね」
2人の意見を聞いたパトリックは小さくうなずいた。それからオスカーに目を向ける。
「次にシドニー、爺さんからは何かあるか?」
「荷馬車で人足の仕事をしておったそうじゃが、どんな仕事をしておった?」
「僕は
「俺は主に馬の世話をしていました」
「馬の世話? お前はできるのか?」
「できますよ」
「
「それは数えるほどしかしたことはないですけれど、一応経験はあります」
トリスタンの回答に強く興味を引かれたシドニーが何度も強くうなずいた。しばらくしてオスカーへと目を向ける。
「パトリック、シドニー、お前たちはこの2人をどう思う?」
「いいんじゃないか。話を聞いている限り、ユウは戦力になりそうだ」
「わしも構わんぞ。
「なら、決まりだな。2人とも採用だ」
「ありがとうございます!」
「やったぜ!」
「さぁ2人とも、まずはそのジョッキを空けてくれ」
採用が決まった後、ユウとトリスタンはオスカーから手にした木製のジョッキの中を飲み干すように勧められた。笑顔でうなずいた2人は一気に傾ける。そして、気持ち良く空になった木製のジョッキをテーブルに置いた。その後、何度か同じことを繰り返す。
すると、オスカー、パトリック、シドニーの3人がにやりと笑った。代表してオスカーが宣言する。
「よし、それでは今から模擬試合を行う! 相手はパトリックだ。今から外に出るぞ」
「え?」
「は?」
呆然とする2人をよそに、オスカーの声に反応した酒場内の傭兵たちが歓声を上げた。
立ち上がったパトリックがユウとトリスタンの肩を叩く。有無を言わせぬ笑顔だ。
ゆっくりと立ち上がる2人にシドニーが声をかける。
「この町の傭兵団の習慣みたいなもんでな、新入りの傭兵や冒険者は入団後に模擬試合をするんじゃよ」
「そんな話は初めて聞いたんですけど!?」
「誰からも聞かんかったのか。それは迂闊じゃのう」
木製のジョッキを持ったシドニーが楽しそうに立ち上がった。他のテーブルの傭兵たちも同じである。
かつて港町で喧嘩をしたときのことをユウは思い出した。こうなるともう止められない。諦めてトリスタン共々立ち上がる。
この後の素手の模擬試合でユウはパトリックと戦い、善戦した。しかし、酔いのせいで惜敗する。一方、トリスタンは盛大に吐いた。
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