放り出された町で
冒険者ギルドから引き受けた依頼の終わり方にはいくつかの種類がある。単純に成功や失敗といったものや積み上げた成果を引き渡すもの、それに何らかの問題が発生して中断という場合もあった。
今回、ユウとトリスタンが直面したのはその中断だ。雇い主が盗賊の襲撃を受けて被害を
雇い主側の添え状付きとなると2人に落ち度がないことは明白である。後はその添え状が冒険者ギルドに届くのを待ってから改めて仕事を探せば良い。
日が暮れた中、解雇された隊商を離れたユウとトリスタンは力なく歓楽街へと歩いていた。形の上では解雇だが、円満に別れているので悲しめば良いのか喜べば良いのかよくわからない。若干の安心があるのは確かだが、素直に安心できない微妙な心境である。
ともかく、ひとまず自由の身になったのは確かだ。トリスタンが先に声を上げる。
「解雇されたのはもう仕方がない。とりあえず、酒を飲んで忘れようぜ」
「そうだね。引きずっていても仕方ないし。歓楽街はこっちで良いんだよね?」
「俺も初めて来た町だから知らん。でも、酒を飲みそうな連中はこっちに行っているみたいだし、合っているんじゃないか?」
「なんだか傭兵が多いよね」
ようやく立ち直りつつあるユウが周囲に目を向けた。日没前に見たセレブラの町はそれほど大きくなく、今見る道を往来する人々にも特別活気があるようには見えない。ただ、他の町よりも傭兵が多い分だけ騒がしかった。
再び相棒に顔を向けたユウが言葉を続ける。
「そういえば、このセレブラの町って悪党の山っていう山の麓にあるんだっけ?」
「ろくでもない名前の山だよな。山賊が湧いて出てくる山だったよな」
「その山賊を討伐する人たちかな、この周りの傭兵って」
「荷馬車の護衛だけじゃないってことか。傭兵が常駐できるほど山賊が住みついているのか。とんでもない山だな」
2人で雑談しながら適当な酒場へと入るとある程度席は埋まっていた。しかし、客層はほとんどが傭兵である。その分だけ騒がしい。
目を白黒とさせながらも2人はカウンター席に並んで座る。近くを通りかかった給仕女に料理と酒を注文した。
少し顔を近づけたユウがトリスタンに話しかける。
「ここまで傭兵一色だとは思わなかったね」
「そうだな。山賊の討伐ってそんなに儲かるんだろうか?」
「儲かるぜ!」
2人で話をしていると、トリスタンの隣に座る男が顔を向けてきた。その奥を見るとどうやら1人らしく、上半身をひねってユウたちを見ている。顔の色からすっかり出来上がっているようだ。
3人の間に一瞬間が空いたが、ユウが言葉を返してみる。
「荷馬車の護衛よりも儲かるんですか?」
「腕のいい傭兵なら稼げるだろうな。報酬の額に大きな差はねぇんだが、あいつらいくら殺しても湧いて出てきやがるから定期的に討伐できるんだ。荷馬車の護衛は専属になりゃ悪くねぇが、そうじゃなきゃいつ仕事にありつけるかわかんねぇときがあるしよぉ」
「そこは冒険者とあんまり変わらないんですね」
「にーちゃんたちは冒険者だったか。まぁ、臨時雇いの扱いなんてどっちも同じだよなぁ」
「そうなると、このお店にいる傭兵はみんな山賊討伐の人たちなんですか?」
「ほとんどはな。一部知らねぇ顔のヤツは荷馬車の護衛をやってんじゃねぇのかな」
結構酔っ払っている傭兵は手にしている木製のジョッキを傾けた。口を離すと機嫌良く息を吐き出す。
そのとき、ユウとトリスタンが注文していた品物を給仕女が届けに来た。目の前のカウンター席に料理と酒が並べられる。2人も木製のジョッキを傾けた。
続けてトリスタンが口を開く。
「この町って、盗賊を討伐する傭兵団は多いのか?」
「小さな傭兵団や傭兵隊がたくさんいるぜ。盗賊の方もそんなにでかいのはめったにいねぇしよ。これで充分だったからな」
「だった?」
「最近はちょいと事情が違ってな、悪党の山に出てきた
「そうなると、放っておくわけにもいかないよな」
「もちろんだぜ! だから
「そこはでかい傭兵団なのか?」
「ここいらじゃな。そのサイラスが声をかけた傭兵団の1つがオレんところってわけよ!」
「なるほどな」
色々と話をしてくれる傭兵にトリスタンは相づちを打った。その表情から適当に流していることが丸わかりだが、酔っ払っている傭兵は気付いていない。
その後も、ユウとトリスタンは2人で傭兵の話し相手となった。そして、気持ち良く話したおかげで酒が進んだようで傭兵はカウンターに突っ伏して眠る。起こすのも悪いので、2人は傭兵をそのままにして自分たちの食事を終えると立ち去った。
翌日、ユウとトリスタンは昼からセレブラの町の冒険者ギルド城外支所へと向かった。疲れはまだ完全に癒えていないが、予定外の町で解雇されたのでこの町の冒険者事情を知っておきたかったのだ。
予想通りこぢんまりとした石造りの建物で室内は落ち着いた感じがする。冒険者は数えるほどしかおらず、職員も受付カウンターに3人しかいない。もっとも、これは朝夕ではないからかもしれないが、それでも盛況な城外支所を知る2人からすると寂しい光景だ。
並ぶ必要のない受付係の前に立つとユウが声をかける。
「冒険者のユウです。アカムの町から隊商に人足兼護衛として雇われていたんですが、ここで解雇されました。セレートの町へ行く隊商長アイヴァンさんの報告は提出されていますか?」
「ちょっと待っておくれ」
疲れ切った表情を浮かべる受付係が奥へと向かって行った。報告書が届いているのならこのまま話を続ければ良い。
しばらくして受付係が戻ってきた。1枚の羊皮紙を手に席に座る。
「今朝届いたみたいだね。確かにあったよ。途中解雇するが冒険者側に落ち度なしとある。うまくやったようだね。我々としても一安心だよ。これなら、また同じ仕事を引き受けてもらっても大丈夫だね」
「良かったです。それで、その同じ仕事の人足兼護衛という仕事は今ありますか?」
「残念ながらないねぇ。最近穀物の街道を往来する隊商の被害が大きいからね。どこも途中で冒険者を雇う余裕はないみたいなんだ」
「そうなると、セレートの町へは歩いて行くしかないですか?」
「手段としてはそうなるけど、お勧めはしないよ。今も言ったけど、隊商の被害が大きいんだ。歩きの旅人なんてもっとひどいよ。セレートの町に行きたいんなら、
「それっていつ討伐が終わりそうですか?」
「傭兵団次第だからそれは何とも言えないね。全部うまくいけば来月中には何とかなるんじゃないかな」
何とものんきな話を聞かされたユウとトリスタンは肩を落とした。金銭面だけ見ると待つのは可能だが、さすがに確約されたわけでもない未来のために時間と金銭をつぎ込みたいとは思わない。
返答しないユウに対して受付係が更に話を続ける。
「荷馬車の人足兼護衛という仕事は確かにないが、山賊討伐の人足兼護衛という仕事ならあるよ。セレートの町に行くのを待つのなら、滞在費稼ぎでやってみたらどうかね?」
「山賊討伐、今言っていた
「いや、そっちじゃない。それに傭兵と人足を取られて困っている小さい傭兵団の依頼なんだ。同じ悪党の山でも
仕事を進められたユウは一旦トリスタンへと顔を向けた。さすがに即答はできない。
目を向けられたトリスタンも困惑しているが、少しの間を置いて口を開く。
「これって、荷馬車の人足兼護衛と同じと考えていいんですか?」
「作業そのものはほぼ同じだよ。ここを地元とする冒険者で荷馬車と山賊討伐隊の両方の仕事をしたことがあるヤツは多い。ごく一般的な依頼と言えるね」
「だったらいいんじゃないか、ユウ。どうせ待つなら何かしている方がいいしな」
「わかりました。紹介状を書いてください。あと、いつどこへ行けば良いですか?」
「毎日同じ酒場で飲んでいるらしいから、そこへ六の刻に行ってくれ」
「酒場? 拠点じゃなくて?」
「指定したのは向こうだからね。文句はあっちに言ってほしい」
紹介状を書きながら受付係が返答した。ユウが怪訝そうな表情を浮かべる。
しかし結局、紹介状は受け取った。
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