盗賊が去った後
どのくらい戦っていたのか、ユウが気付いたときには盗賊の襲撃もいつの間にか終わっていた。トリスタン共々生き残っているということは隊商側が守り切ったということで良いであろう。
辺りはまだ真っ暗なので何がどうなっているのかよくわからない状態だ。
そんな中、右の二の腕に負った傷を手で押さえながらユウは寝起きしている荷馬車にまで戻ってきた。トリスタンが疲れ切った顔でそれに続く。
どちらも荷台に上がり込んだ。ユウなどは痛む右腕に顔をしかめつつ登りきる。自分の
隣で水袋を口にしたトリスタンがユウに声をかける。
「手伝おうか?」
「薬は自分で塗るから、包帯を巻いて。ああもう、服がひどいことになっているなぁ。後で縫わなきゃ。あ、トリスタン、悪いけど
「いいぞ。傷は、そんなに深くないのか?」
「それでも痛いけどね。うっ」
胴鎧を脱ぐときに右腕をひねったユウが顔をしかめた。この後更に服を脱ぐときに悶絶する。冬の寒さが体を撫でるがまだ内側が温かいので寒さはあまり感じない。
傷口近辺を水で洗い流してから傷薬を塗ったユウはトリスタンに包帯を巻いてもらう。そうして最後に痛み止めの水薬を飲んだ。この状態では眠れないし、明日の仕事にも影響があるのは確実である。
再び服を着たユウが水を飲んだ。随分と久しぶりに飲んだ気がする水は旨い。
「はぁ、やっと一段落ついたなぁ」
「よく生き残れたよな、俺たち」
「あそこまでの乱戦は初めてだったからね。僕たちがはぐれなかっただけでも上等だと思うよ」
「そうだよなぁ。でもユウ、お前いつの間に怪我をしていたんだ?」
「荷馬車に刺さった火矢の炎をニールさんが消しているときだよ。あの人を守ろうとしたときにちょっと無理をしちゃってね」
「あのときは俺も別の奴を相手にしていたから助けられなかったな」
「仕方ないよ。それより、朝から忙しくなりそうだね」
「篝火のあかりでちょろっと見えただけでも悲惨そうだったもんな」
「傷が悪化しないと良いんだけど」
「休んだらどうなんだ?」
「休ませてくれるかなぁ、アイヴァンさん」
圧倒的に人手が不足する中でユウの負傷程度で休ませてくれるかは不明だった。人足がどの程度生き残っているかによるだろう。
ただ、それも朝を迎えてからだ。とりあえず朝まで眠ろうとユウは心に決めた。
一夜明けた翌日、どの隊商もなかなかの損失を被っていることが判明する。大半が火矢での焼失だ。盗賊たちが奪えないと判断したときから燃やす方針に切り替えたらしい。
そのため、どの隊商も1台以上の荷馬車を失っていた。アイヴァンの隊商も例外ではない。幸い、ユウとトリスタンのいた範囲では
ユウたちと同じく荷馬車を守る人足兼護衛だったルイスとマーカスは荷馬車を守り切れなかったわけである。ただし、もはや責めることはできない。昨晩の襲撃で2人とも死んでしまったからだ。いつどうやって殺されたのかまでは最後までわからなかった。
隊商がこんな状態なのだから護衛を務めている傭兵の被害も大きい。半数以上が死傷していることが判明する。この状態に護衛隊長であるキースも頭を抱えていた。
一方、戦えない人足については被害が意外と少ない。多数の負傷者はいるものの、死んだ者はいなかったのだ。荷馬車の中に隠れたり逃げ回ったりして難を逃れたらしい。ニールが生き残っていたことにユウとトリスタンは喜んだ。
被害状況は朝一番に確認できた。そうなると次に面倒かつ厄介な作業に移る。後片付けと戦果確認だ。後片付けに関しては散らばった道具を集めたり、燃えた荷馬車から無事な商品を取り出したり、死んだ仲間の遺体を埋葬したりと様々な作業がある。
問題は戦果確認だ。あの夜中で誰がどの盗賊を倒したのかを正確に覚えている者はまずいない。しかも、戦死した傭兵や冒険者が倒した盗賊も混じっているのだ。とりあえず、はっきりと確認できるものだけでも済ませようと傭兵を中心に1つずつ死体を見て回った。ところが、これでさえもなかなか進まない。同じ盗賊の死体に対して名乗りを上げる者が何人も続出したのだ。これが同じ隊商内ならまだ良いが、異なる隊商の護衛同士だと勢い喧嘩腰になる。
そんな中、ユウはかなり楽に戦果の確認ができた。
戦果確認が終わったユウとトリスタンは倒した盗賊の所持品を手に入れると、それを隊商長のアイヴァンに売り渡す。数が多くて個人では持ちきれないからだ。適正価格で買い取ってもらえるのならば文句はない。
「では、取り引き成立だ。きみたちの戦利品は指定した荷馬車に入れておいてくれ。尚、盗賊の討伐報酬と今の戦利品の代金は町に着いたらまとめて支払う」
「わかりました。そういえば、亡くなった人が倒した盗賊の遺品ってどうなるんですか?」
「隊商の被った損失の補填に回すことになっている。受け取り手がいないのだから、私が引き取っても構わんだろう。ちなみに、傭兵の遺品はキースが、冒険者の遺品は私が受け取ることになっているからな」
「どこに所属していたかの違いですね」
「そういうことだ。もっとも、大した慰めにはならんがね。今回は赤字確定だよ」
珍しく弱気な表情をユウたちに見せたアイヴァンがため息をついた。
戦果確認が終わると、ユウとトリスタンは人足の仕事へと戻る。そして、今ある作業の多さに呆然とした。散らばった道具を集めたり、燃えた荷馬車から無事な商品を取り出したり、死んだ仲間の遺体を埋葬したりと様々な作業が待っていたのだ。特に2人は埋葬作業を割り当てられる。ひたすら重労働だった。
すべての作業が終わったのは昼頃だ。後片付けは最悪やっつけ仕事でどうにかなるが、戦果確認で一部かなり揉めたのである。しかし、それもどうにか片付いた。
ようやく落ち着いて全員が休める。誰もが疲れ果てていた。
大きな被害を受けた後の旅は順調に進む。次の町に着く前日に宿場町へとたどり着いた。誰もが心底安心した瞬間である。ここから先は魔の境界ほどの危険はない。セレ王国の勢力圏内だからだ。
すっかり安心しつつある隊商の面々はここで簡単な補充を済ませた後、翌日出発した。そうしてその日の夕方、1日遅れでセレブラの町へと到着する。もう何ヵ月ぶりかというほど待ちに待った町だ。
もちろんユウとトリスタンも死にかけたのだからその分だけ羽を伸ばしたかった。作業が終わると他の人足と同じように隊商長であるアイヴァンの元へと向かう。
2人がアイヴァンと会ったのは日が暮れた直後だった。篝火の近くでニールに報酬を渡しているのを目にする。
「お、ユウにトリスタンじゃねぇか。お前らもカネをもらいに来たのか?」
「そうです。やっと町に着いたんで、僕たちも羽を伸ばしたいですから」
「お前ら頑張ったもんな! それじゃ、先に行ってくるぜ!」
満面の笑みを浮かべたニールが浮かれた様子で歓楽街へと去って行った。
次いでユウとトリスタンの番である。アイヴァンの前に立った。すると、まずは報酬を手渡される。
「ご苦労だった。ひとまず報酬を渡そう」
「ありがとうございます。え、こんなに?」
「うぉ、金貨!?」
「日々の日当に加えて、討伐した盗賊の報奨金と戦利品の金額を合わせたものだ。正直、今の私にとってはかなり痛い出費だな」
目を剥くトリスタンの隣でユウも同じく驚いていた。
その様子を見ているアイヴァンは満足そうにうなずく。しかし、すぐにその表情を曇らせた。若干言いにくそうに話を続ける。
「それと、悪い話なんだが、きみたち2人をたった今をもって解雇する。理由は、先日の襲撃の被害が思ったよりも大きくてな、これ以上雇えないんだ」
「ああ、それは」
「きみたちに落ち度はないことは言っておこう。残念だが、仕方がない。この町の冒険者ギルドに私から報告しておくので、そこは安心してもらいたい」
2人のつい先程までの喜びはすっかり消え去っていた。まさか途中で解雇されるとは思わなかったからである。このような事態は初めてだった。
ユウは隣にいるトリスタンと顔を見合わせる。どちらの顔にも困惑の表情が浮かぶばかりだった。
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