魔の境界、盗賊天国
リロの町に1泊した翌朝、ユウとトリスタンはいつものように人足作業をしていた。天幕を片付け、朝食の支度をして、馬を荷馬車につなぎ合わせ、荷物の点検をする。このとき最も厄介な作業が食事の後片付けだ。食事はスープや粥なので鍋や食器は簡単にでも洗わないといけない。出発直前まで作業が続くので人足はほとんど休めないのだ。
水洗いし終えた調理器具を荷台に積み上げていたユウはふと隊商の外側へと目を向けた。リロの町の南側には貧民街や歓楽街があり、その先の郊外には原っぱが広がっている。その原っぱには多数の荷馬車が停車しているが、アイヴァンの隊商の周囲にいくつもの荷馬車の集団が集まっているのだ。いずれも昨日寄ってきた隊商である。
「おい、ユウ! ぼさっとしてるんじゃねぇぞ! 何を見てんだ?」
「ニールさん。周りに集まってきた荷馬車を見ていたんですよ。今回の旅は全部で何十台にもなるじゃないですか。すごいなって思って」
「ユウは初めてか。ここからセレブラの町までは特に危ねぇからな。みんな固まって進むんだ。今回はアイヴァンさんが周りの商売人を集めたらしいぞ」
「へぇ、すごいですね」
「そうだろ! ここまで隊商を集められる商売人は早々いねぇよ」
なぜか大いばりするニールにユウは半ば呆れた。そのとき、もうすぐ出発という連絡が入る。手を休めていたユウとニールは慌てて調理器具を荷台に積み込んだ。
馬の世話が終わったトリスタンが荷台に戻って来た頃になって隊商は移動を始めた。リロの町の南側から一旦北側へと回り込む。そこから渡し船を使って岩水の川を渡って後続を待った。
今回の集団に参加している隊商すべてが揃うと改めて穀物の街道を進み始める。ここから北東にあるセレブラの町を目指すのだ。何十台という荷馬車が街道で連なる。その最後尾の後方にはこれまた結構な人数の徒歩の集団が続いていた。
荷台の上で揺られながらユウとトリスタンは調理器具を布で拭き続ける。この作業が終われば昼まで何もない。貴重な休み時間だ。
布での拭き取り作業が終わりに近づいたとき、トリスタンがニールに話しかける。
「それにしても、これだけの荷馬車が一度に移動するとなると、どうやっても目立ちますよね。実はもっと少ない集団の方が盗賊に見つかりにくいんじゃないですか?」
「バカやろう、お前が思い付くくらいのことはみんなとっくに試してるんだよ。それで全滅ばっかりするからこれだけたくさんの荷馬車が集まるようになったんじゃねぇか」
「この辺りの盗賊って100人規模なんですか?」
「おう、それくらいいるぞ。だから小さな隊商はこうやってまとまるんだ」
「周りの国が取り締まってくれたらいいのに」
「それができねぇくらいにこの辺りがめんどくせぇことになってんだろ。4つの国の境が通ってるとなると、そうもなるさ」
「だから魔の境界とか盗賊天国ってみんなこの辺りを呼んでるんですか」
「そいうことだ。拭き終わったらちゃんとここに入れておけよ」
自分が拭いた道具を木箱に入れたニールがその縁を軽く手で叩いた。ユウもトリスタンもそれを見て軽くうなずく。その間も手を止めない。
作業はそれからしばらくして終わった。
荷馬車が何十台と連なる集団の移動ともなると動きはどうしても鈍くなる。すべての荷馬車が原っぱから動き始めたり原っぱに停車するのにある程度の時間がかかるのはもちろんのこと、移動中にも問題はあった。例えば、特定の馬の足が遅い、荷馬車の調子がおかしいなどだ。一旦立ち止まるか、それともそのまま進み続けるかはそのとき次第である。
アイヴァンの隊商を含めた集団はそんな問題を何とかしつつ進んでいた。この近辺を往来する隊商の集団にしては順調な方だ。2日間何事もなかったのは幸いと言って良い。
しかし、本当に恐ろしいのはこれ以後である。リロの町とセレブラの町の間で最も警戒するべきなのはその中間近辺、3日目から5日目辺りだ。警備の傭兵たちの顔つきがここを境に真剣なものへと変わる。
3日目の昼、休憩が終わって片付けをしているときにユウはルイスに出会った。ルイスも気付いてお互いに近づいてから話しかける。
「ルイスは作業が終わったの?」
「伝言を頼まれていたんだ。今はその帰り。ユウは?」
「僕は荷物を傭兵に届けていたんだ。それにしても、みんな顔つきが変わったよね」
「そうだね。オレの周りの人足もだ。不安そうに怯えてるヤツもいる」
「今日から3日間が最も危険だって聞いているけど、何もないと良いんだけどね」
「オレたちはもう祈るしかないな。襲われたら荷馬車を守らなきゃいけないけど、できれば別の隊商を狙ってほしいよな」
「それは言えているね」
あまり長話をするわけにもいかなかったユウとルイスはそこで話を切り上げた。また後でと挨拶を交わしてから別れる。
その後も隊商の集団は順調に進んだ。ここが危険地帯というのが嘘のように何事もなく。しかし、それでも油断できないのがこの一帯なのだ。
複数の隊商がまとまって行動している今回の集団で、アイヴァンの隊商はほぼ中央に位置している。最も安全そうな場所に最も発言力のある隊商が陣取っているという側面ももちろんあった。しかし、集団の中央を盗賊に分断されたら隊商側の士気が落ちるため、最も戦力を持つ隊商に守らせるという意味もある。
4日目の夜、この日もいつも通り原っぱで隊商単位に円状の野営地を築いていた。それがアイヴァンの隊商を中心に固まっている。いつも通り厳重に警備されていたが、守る側に不利な点が1つあった。それは今晩が新月の夜だということだ。つまり、月明かりがまったくないため、平原の真ん中だというのに見通しが利かないのである。
このとき、ユウとトリスタンは荷馬車で眠っていた。明日もまた仕事があるので不安を抱えつつも横になっていたのだ。しかし、そんな状態だと眠りは浅い。だからこそ異変に気付けた。
誰かの叫び声を耳にしたユウが目を覚ます。ほぼ同時に、同じ荷台で寝ていた警護の傭兵も跳ね起きた。最後に目覚めたのはトリスタンである。
「敵襲! 盗賊どもだ!」
傭兵の1人が叫ぶと荷台から降りた。続いてもう1人の傭兵も荷馬車の外に出る。
武器を手にしたユウはトリスタンへと顔を向けた。剣を抜いたところで目が合う。
「トリスタン、行ける?」
「いつでもいいぞ! 俺たちは荷馬車を守ればいいんだよな」
「そうだね。手が回るくらいの襲撃だと良いんだけど」
期待していなさそうな顔つきでユウはつぶやいた。今までの話からすると今晩は絶対に忙しくなる。
その予想は正しかった。ユウとトリスタンが荷台から出ると周囲はすっかり乱戦になっていたのだ。傭兵は戦い、人足は逃げ惑い、商売人は声を張り上げている。いずれも盗賊の蛮声に彩られていた。
相棒を促したユウはすぐにそちらへと向かう。荷馬車に乗り込む寸前の盗賊に声をかけて振り向かせた。荷台に上がられると厄介なので防がないといけない。
走っている途中で襲いかかって来た盗賊を迎え撃つトリスタンの脇を抜けて、ユウは振り向いた盗賊に真正面から
振り向いたユウはトリスタンへと目を向ける。
「トリスタン、そっちは終わった?」
「よし、片付いた! 手当たり次第だな、こいつら」
「これは忙しくなりそうだね」
「あ、おい、ユウ! あの荷馬車が危ないぞ」
「待って、あそこにあるのはアイヴァンさんの荷馬車じゃないよ。隣の商売人のだ。それより、あっちだよ」
「あれってニールさんじゃないか!? なんであんな所にいるんだ?」
同じに馬車で眠っていたニールが全然別の場所にいることにトリスタンが目を剥いた。自分たちが荷馬車から出るまで中で眠っていたはずなのに、この短時間で何があったのか推測すらできない。
ただ、今はそんなのんきに考えている場合ではなかった。盗賊の数は多く隊商側は押され気味だ。あまり悠長にはしていられない。統制の取れていない野盗の集団が襲ってきたせいで、どこにでも敵がいた。
守るべき荷馬車の数は多く、ユウとトリスタンがある場所で盗賊を倒してもすぐに別の場所で他の盗賊が荷馬車を奪おうとする。これを全力で駆け回りながら倒していった。
隊商の集団が野営している場所は今やすっかり混乱している。一目では何がどうなっているのか判別できない。いつまでもあちこちで怒号と悲鳴が響き渡る。
こんな状態が長く続いた。
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