立場が変わって複雑な心境
人足兼護衛としてユウとトリスタンが隊商に乗り込んで2日が過ぎた。日々の作業は忙しいものの、何事もなく穀物の街道を進めるというのは非常にありがたい。更には日銭を稼げるのだから言うことはなかった。
ニールを始めとした周囲との関係も悪くない。キースのように距離を置く者もいるが、仲が悪いわけではないので問題はなかった。逆に、同じ冒険者であるルイスとマーカスの2人とはたまに話をするくらい仲が良い。
そんな2人の所属する隊商には固有の習慣というものがある。毎日荷馬車の位置を変えるというものだ。盗賊に襲われる可能性を均等にするものだと2人は教えられる。そのため、商隊長と護衛隊長の乗る荷馬車以外は毎日列の位置が異なるのだ。
初めてこの話をニールから聞いたとき、ユウとトリスタンは顔を見合わせた。先頭と最後尾は襲われやすい印象があるのでまだやる意味を見出せるが、毎日必ず変更しないといけないかと問われるとどちらも首をひねった。雇い主がやることなので黙っているが。
ともかく、そんな習慣があったので、今現在2人が乗り込んでいる荷馬車は最後尾を進んでいた。この辺りは国境地帯なので原野が広がるばかりだ。たまに樹木が生えているがそれだけなので面白みはない。
荷台から眺める風景はもう何とも感じない風景が延々と続いているが、その中でももう1つおなじみの光景が目に入る。徒歩の集団だ。行商人や旅人はもちろん、貧民や一見しただけではよくわからない者など多種多様な人々が長い列を作って歩いていた。
街道上のそれをぼんやりと眺めていたトリスタンがつぶやく。
「この辺りは危険なのに、次の町まで行けると思っているのか?」
「あいつらのことはわからんね。行商人はまだしも、貧民なんて簡単に町から町に移れないってのによ」
そのつぶやきにニールが反応した。面白くなさそうな顔で徒歩の集団を眺めている。
「住んでいた町で働けなくなったから移るんじゃないんですか?」
「トリスタン、住んでいた町で働けないのに、別の町でどうやって働くんだ? 伝手も能力も技術もない連中が。たどり着いた先の町にも同じような連中が山のようにいるんだぞ」
「景気のいい町に行きたいのかもしれないですよね」
「この辺りだと港町か大都市だな。アカムの町からだとトレハーの町が近いが、今あそこはダメだから。ああそうか、そうなるとシーライヴの町に行くつもりなのかもしれない。あそこだって大概遠いとは思うが」
「どうして反対側のグリアル王国に行かなかったんですかね?」
「岩雨の川を越えられないんだよ。渡し船は1人銀貨1枚もかかるし、川を直接渡ろうにも体力のないヤツだとみんな流されちまう」
「宝物の街道を歩いてマグニファ王国まで、ってそうか、それは無理だな」
「お前の言う通りだ。ロクロスの町から東が抜けられねぇ。あそこは今大変なことになってるそうだからな。戦争がなけりゃ何とかなったってのに」
「あの集団、セレートの町まで行く人はいると思います?」
「どう考えてもムリだろ。セレブラの町まで絶対にたどり着けねぇよ。今あの辺りは本当にヤバイんだ。この隊商の規模でようやくどうにかなるくらいなんだぞ」
暗い話がトリスタンとニールの間で続いた。聞いていて楽しい話ではないので弾まない。
そこへユウが口を挟む。
「ニールさん、リトラ王国と次のワック王国の国境ってどの辺りなんですか?」
「国境は3日目のどこかだ。これっていう線が引かれてるわけでもねぇから、アカムの町から3日目の辺りって覚えてりゃいい。ただ、実際はもうこの辺りに国の力はほとんど及んでねぇから気を付けねぇとな」
「そうなると、もう国境地帯に入ったと思った方が良いんですね」
「そうだな」
「ということは、いよいよ盗賊が出てくるんだ」
「もうイヤだねぇ。なんで人の物を取り上げようとするんだか」
応えていたニールが首を横に振った。ユウもニールの意見に賛成だ。食い詰めた者たちが盗賊になることは知っているが、それでも他人の物を殺してでも奪い取るというのはどうしても馴染めなかった。
夕方になると隊商は街道からわずかに逸れて原っぱに移った。前日と同じように荷馬車を円状に停車させる。
人足であるユウとトリスタンも荷馬車が停まると作業を始めた。ニールの管理をあまり受けることなくできる作業を進めてゆく。人足としてもやっていけるという自信が付いてからは作業に迷いがなくなっていた。
火を
わずかな間じっとしていたユウは踵を返した。作業はまだ残っている。なので働かなければならなかった。
隊商の一行が温かい食事を食べ終わり、後片付けもすっかり終わった頃には日が暮れていた。月が再び欠けつつある今晩はまだ視界が利く方だが、それでも昼に比べるとずっと見づらい。
この日の仕事がすべて終わったユウとトリスタンは荷台に上がって横になった。真冬なので寒いことは寒いが、直接風に曝されないというのはこの辺り一帯では大きな利点だ。外套に身を包んでしまえば更に多少はましになる。
明日に備えて2人はすぐに眠った。こういうときに特に理由もなく起きていることは悪だ。体力の回復が必須である以上、眠ることもまた仕事なのである。
普段ならばユウが次に目覚めるのは早朝なのだが、この夜は違った。耳が何かしらの異変を察知したのだ。
目覚めたユウは盗賊の襲撃を受けたのかもしれないと思って跳ね起きた。しかし、どうも様子がおかしい。隊商は静かだ。依然騒ぎの音は聞こえてくるが、それは隊商の外かららしい。
首を
気になったユウは円状の荷馬車の外へと近づいた。すると、篝火の近くで見張りをしている傭兵に声をかけられる。
「小便か? あんまり外へ出るなよ。野犬どもに大切なナニが食われちまうぞ」
「今はまだ野犬の姿はないですから大丈夫じゃないですか。それよりも、何か騒がしいですよね」
「ああ、あれか。徒歩の連中が追い剥ぎに襲われてんだ」
「え?」
のんきな調子で答えてくれた傭兵の言葉を聞いたユウは後方のはるか先に目を凝らした。月明かりのおかげで徒歩の集団が休んでいるはずの場所も何とか見通せる。
すると、そこは今正に大混乱に陥っていた。襲う者と襲われる者、追う者と追われる者が無秩序に入り乱れている。
その様子をユウは呆然と眺めた。背後から傭兵が気の抜けた声で話しかけてくる。
「ありゃ徒歩の連中を専門に襲う追い剥ぎだな。オレたちには目もくれず、あいつらを囲んだ上で襲いやがったんだ。ああなるともうダメだな。皆殺しだ」
「でしょうね」
「お、あんたも見たことがあるのか?」
「ええありますよ。危うく殺されかけたこともありますから」
「なんだにーちゃん、あんた歩いたことがあるのか?」
「はい。冒険者だと荷馬車の護衛の仕事にありつけないことが何度もありましたから」
「あーそっか、そうだよなぁ。そこが冒険者のつれーところだよなぁ」
見張り番の傭兵が同情の視線を向けてきたが背を向けているユウは気が付かなかった。旅を始めてから何度か見た光景である。珍しくもないというのが今になって何とも恐ろしく感じた。
傭兵と一緒に惨劇を眺めていたユウはこちらに向かって1人の男が飛び出してきたのを目にする。必死になって逃げる男と追いかける追い剥ぎがまっすぐに自分たちへと向かっていることにもすぐに気付いた。
舌打ちした傭兵にユウは声をかけられる。
「ちっ、やっぱりこんな面倒なことになるのかよ。おい、あんた、下がってろ」
「わかりました」
「た、た、助けてくれぇ!」
返事をしたしたユウと逃げる男の声が重なった。顔を歪めたユウが踵を返して荷馬車へと足を向ける。何度も見た結末を再び見たいとは思わなかった。
荷台に上がるとユウは外から騒ぎ立てる声を耳にする。あの傭兵と逃げてきた男のものだ。追い払おうとしているのに対してすがりつこうとしている。しかし、3人目の声が聞こえたところで男が悲鳴を上げたのが聞こえた。
そのときになってトリスタンが起き出し、何事かと荷台の外を覗きに行く。
入れ替わるように荷台の奥へと進んだユウはそのまま横になった。
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