街道上での隊商

 隊商の天幕で眠りに就いた翌朝、ユウとトリスタンは隊商と共にアカムの町を出発した。与えられた天幕を片付けるという作業で起きた直後から忙しかった2人だが、今は荷馬車に揺られて干し肉を囓っている。


 荷台の後方からは後ろに続く荷馬車を牽く馬の姿が少し離れた所に見えていた。同じ速度なので近づきも遠のきもしない。


 同じ荷馬車の御者台近くには2人の先輩であるニールが座っていた。今は濡れた調理器具を布で拭いている。


「お前ら、朝飯を食ったら仕事しろよ!」


「わかりました。僕たちも調理器具を拭くんですか?」


「いや、お前たちは篝火かがりびの器具を磨くんだ。あれは結構煤が付いてるからな。取らないと面倒なことになるんだ」


「あれって水に濡らした布で拭いてもなかなか落ちてくれませんよ? しかもこんな揺れるところで水を使って磨いたら周りにこぼれちゃいますし」


「汚れはある程度取れたらいいし、こぼれないようにうまくやるんだ」


「そんな簡単に言われても」


「お前な、そんなこと言ってたら仕事なんていつまで経っても終わんねぇぞ」


「それで、水はどこにあるんです? この荷馬車には積んでなかったはずですが」


「あ」


 作業をしながらユウとしゃべっていたニールの動きが止まった。目を見開いて後輩を見つめる。荷馬車の振動が3人を揺らし続けた。


 この先輩人足であるニールはたまにこういう失敗をやらかすことをユウとトリスタンは早々に知る。作業のやり方を教えてくれる点は正しく完璧なのだが、準備がおろそかになるときがあるのだ。


 見ている分には呆れたり笑ったりしていられるが、一緒に作業をするとなると厄介である。教えてもらっている身となると作業全体が見えないので何が足りないかわからないからだ。事前に回避できない。


 ただ、ニールは悪い人ではないことはユウもトリスタンもすぐに気付いた。周りの人足たちの評価も仕事はいまいちだが良い奴というのを何となく察する。やる気はあるのだが抜けているのだ。先輩なので強くも言えず、接し方が微妙に困って仕方がない。


 朝食が終わったユウとトリスタンはニールから調理器具を受け取って布で拭き始めた。二の刻の鐘がなる頃から作り始められ、出発直前までに洗われたそれらはまだ荷台にシミを作っている。夕方には再び使うのできれいにしておく必要があるのだ。


 別の小道具を布で磨き始めたニールがユウに対して話しかける。


「お前ら、これから荷馬車が停まる度に忙しくなるからな」


「今朝みたいにですか? あれって二の刻までに起きておかないといけないように思うんですけど」


「あれはオレが起こし忘れたんだ。正直悪かったと思ってる。それはともかく、昼は馬の世話と荷物の点検だけだからまだしも、夕方は大変だぞ。今言った2つに加えてメシの準備、篝火の設置、天幕の用意なんかがある」


「天幕は全員分用意するんですか? あれって組み立てるのも片付けるのも結構面倒ですよね」


「いや、商隊長と護衛隊長が使うやつだけだ。護衛の傭兵もオレたち人足も寝る場所は荷馬車の荷台だよ」


「ですよね。あー良かった」


 慣れない作業でかなり手間取ったユウは天幕の組立解体作業に苦手意識があった。それが仕事とはいえ、1つだけしか組み立てなくても良いとなると露骨に肩の力を抜く。


 一方、おたまを拭き終わったトリスタンが顔を上げた。ニールへと目を向ける。


「あれ? ニールさん、それじゃ今朝俺たちのような人足用の天幕が張ってあったのはどうしてです?」


「町に長期滞在するときだけはオレたち人足用の天幕も組み立てるんだ。さすがにずっと荷台で寝るのはイヤだろ?」


「なるほどなぁ。となると、俺とユウはもうあの天幕で寝ることはないんですね」


「セレートの町で別れるんだったか? だったらそうなる。貴重な体験ができたな」


 そういうとニールは面白そうに笑った。確かにその通りだが、ユウとトリスタンも別に嬉しい体験ではなかったので曖昧な笑みを浮かべるばかりだ。


 1つの疑問を解消すると、再びトリスタンが問いかける。


「荷馬車に乗っている間って、作業が終わったら寝ていてもいいんですか?」


「ああ、いいぞ。今朝は細かい道具をいくつか磨けば昼まで何もない。そういうときは、次の仕事のために寝て疲れを取っておくんだ。ああ、そういえばお前らは冒険者だったな。傭兵みたいに護衛として雇われたわけじゃないから、夜の見張り番はしなくてもいいぞ」


「その話は聞いています。その話を聞いて嬉しかったんですよねぇ」


「あれって慣れるまできついって聞いたことがあるが、一体何がきついんだ?」


「暇と眠気ですよ。何もなければただ突っ立っているだけですからむちゃくちゃ暇なんです。それに、夜中に起きていないといけない上に短時間寝ては起きるってことを繰り返すものですから、もう眠くて眠くて」


「寝たと思ったら起こされて、ぼんやりと立っているだけか」


「ぼんやりと立っているわけじゃないですけど、大体そんなものです」


「オレにはできそうにないな」


 嫌そうな顔をしながらニールが首を横に振った。


 それを見てユウとトリスタンも苦笑いする。慣れていても楽だというわけではない。やらずに済むのならやりたくない作業だ。


 その後も3人は他愛ない雑談をしながら残りの作業を片付けた。




 町を出発して半日が過ぎた。昼休憩のために隊商の荷馬車が穀物の街道をわずかに逸れて原っぱに入る。そこで荷馬車に乗り込んでいた人々が次々に降りてきた。


 もちろん人足であるユウとトリスタンもニールに続いて荷台を降りる。真っ先に向かったのは荷馬車を牽いていた馬の所だ。そこで御者の指示を受けて馬の世話をする。今回はトリスタンが担当した。騎乗の経験もあり、馬の世話を知っているので知識経験共に御者に負けていない。これには周囲も驚いたが、御者がこれを気に入りトリスタンに馬の世話を丸投げした。


 一方、手の空いたユウとニールは再び荷台へと戻る。他にもやるべきことがあるのだ。荷台の奥から護衛に支給する干し肉を取り出すと待っていた傭兵に配った。


 その作業が終わると次は荷物の点検だ。振動により木箱がずれていないかを確認する。大抵は縄で固定されているがそれでも崩れるときは崩れてしまうので、この点検作業は欠かせない。


 その他にも御者や傭兵に呼ばれたらその都度赴き、雑用をこなす。最も多い用事が他人への伝言と他者の呼びつけだ。年配の人足によると、このような習慣がない隊商もあるらしいので、この隊商特有の事情だということを後で知った。


 昼休憩が終わると再び荷馬車は動き出す。人足たちの本当の意味での昼休憩はここからだ。疲れた様子で荷台に座り込み、干し肉を囓る。


「なんか、面倒だったね」


「そうか? 俺はずっと馬の世話をしていただけだしな」


「そうだったね。最初は大変だなってトリスタンに同情していたけれど、今はちょっと羨ましいよ」


「ユウも馬の世話だけでも慣れておくか?」


「できればしたいけど、さすがにここじゃ許されないんじゃないかな。まぁ、この後は横になれるんだし、我慢するよ」


 干し肉を囓ったユウが力のない笑顔を浮かべた。ちらりとニールへと目を向けるとぼんやりとした表情で干し肉を噛んでいる。今は教えることがないらしく、話しかけてこなかった。次は夕方だろうなとユウは予想する。


 水袋を口にしたユウは少し口の中に含んで干し肉をほぐした。




 夕方、隊商は穀物の街道から逸れて原っぱで荷馬車を円状に停車させた。今日からしばらくは野営なのでそれ用の形状にしたのだ。中央に天幕を1つ張る一方で、荷馬車と荷馬車の間に篝火を設置しないといけない。


 荷馬車から出る前にニールがユウとトリスタンへと指示を出す。


「ユウ、お前は篝火を荷馬車の後ろに設置しろ。外側に置くんだぞ。終わったらメシ作りを手伝え。トリスタン、お前は馬の世話だ。器具を外して荷馬車の円の中に誘導しろ。オレは天幕の組み立てに行ってくる」


 言い終わるとニールはそのまま荷馬車の外に出た。トリスタンがそれに続く。


 ユウは篝火の器具を荷台から外へと運び出した。まずはそれを組み立てる。これは経験があるので困ることはなかった。準備ができると、夕食用の焚き火から火を分けてもらって篝火を灯す。


 その後、ユウは他の人足と共に夕食のスープと粥の中間のようなものを作り、アイヴァンやキース、それに護衛の傭兵などに振る舞っていった。一通り行き渡るといよいよ自分たちの番である。このとき、ルイスとマーカスともようやく話ができた。


 1日の作業はなかなか大変ではあったものの、個別には知っている作業が多いことをユウとトリスタンは知る。これで何とかやっていける自信が付いた。

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