勤め先での扱い
人足兼護衛の仕事をすることになったユウとトリスタンは契約を結んだ翌朝に再び隊商の元へと訪れた。
相変わらず人が忙しく動き回る中、人足頭のジムを見つけてユウが声をかける。
「ジムさん、おはようございます」
「これからお前たちに直接関係する仲間のところに案内する。ついて来い」
ユウの挨拶にうなずいたジムが最低限の説明を伝えると背中を見せて歩き始めた。自分の
最初に向かったのは護衛である傭兵たちの集まる天幕だ。周囲で談笑していたり稽古をしていたりする者がいるが人数は少ない。
先頭を歩くジムは天幕の入口に立つ警護の傭兵に声をかけた。すると、その傭兵が中に入ったかと思うとごつい顔の筋骨隆々な体をした人物と一緒に外へ出てくる。
「ジム、昨日隊商長が言っていたのがそこの2人なのか?」
「そうです。右がユウ、左がトリスタンです。どちらも冒険者です。2人とも、こちらがこの隊商の護衛隊長のキースさんだ」
「初めまして、ユウです」
「トリスタンです。これからよろしくお願いします」
「キースだ。戦うときに邪魔をしなければいい。ではな」
簡単な自己紹介を終えると護衛隊長のキースは天幕に戻った。
相手の姿が見えなくなるとジムが踵を返す。呆然としていたユウとトリスタンはその後を追った。そのまま戸惑いながらもユウが人足頭に声をかける。
「あれだけですか? なんていうか、もっと話すことがあるように思ったんですけれども」
「護衛隊長は口数が少ない。だから必要なことだけしか話さないんだ」
「トリスタン、どう思う?」
「無口っていうのもあるんだろうが、あれは俺たちに興味がないっていう態度に見えたな」
「一緒に戦うかもしれないのに?」
「その辺をどう思っているのかわからないな。ただ、俺たちって護衛隊長の指揮下には入っていないから、自分には関係ないって思われている可能性はあるぞ」
「ああ、そうか」
護衛隊長からすると同じ戦闘要員でもユウたちは指示を下せない存在なのだ。面白くない存在だと思われていることは容易に想像できた。
何となく残念に思いつつもユウがジムについて行くと、次いで人足に混じって冒険者風の青年2人が働いているのを目にする。
人足頭はその青年たちに声をかけた。すると、すぐに作業を中断してやって来る。
「この2人はファーラン市から人足兼護衛を務めている。右がルイス、左がマーカスだ」
「オレはルイス、
「おれはマーカスだ。よろしく。
「僕はユウ、
「俺はその仲間のトリスタンだ。よろしくな!」
意志の強そうな目をしたルイスと無表情な顔のマーカスが明るく返事をしてきた。それに対してユウとトリスタンも笑顔で応える。
「今日からユウとトリスタンもこの隊商に加わることになった。同じ仕事をする者としてよく会うこともあるだろうから、知らないことがあったら教えてやってくれ」
「任せてくださいよ、ジムさん」
「知ってることは教える」
「それじゃルイス、早速教えてほしいことがあるんだけど、盗賊や獣に襲撃されたときって、僕たちは一緒に戦うことになるのかな?」
「たぶんバラバラなんじゃないかな。守るべき荷馬車はいくつもあるけど、オレたちは2組しかいないからね。あっちの荷馬車を守れ、こっちの荷馬車を守れって色々と指示されるだろうから、それを考えると戦うときは別々になると思う」
「そうなんだ。基本別行動なんだね」
ルイスの返答を聞いたユウは小さくうなずいた。つまり、実際の戦闘のときはお互いに当てにならないということだ。護衛隊長の態度も思い出すと戦っているときに誰かに助けを求めることはできそうにない。
そんなことをユウが考えていると、隣に立つトリスタンがマーカスに話しかける。
「俺たちは2人組なんだけど、そっちも2人組なのか?」
「今はそうだ。前は6人パーティだったんだけどな」
「え、どうして4人も減ったんだ?」
「おれたち、元々ロクワットの町で活動していたんだ。でも、戦争が起きてあの辺りが無茶苦茶になったとき、おれたちも巻き込まれちゃって」
「それで今は2人なのか」
「でも、今はまたパーティを復活させるために働いてるんだ。カネを貯めてなくした装備をまた買い揃えて」
「復活できるといいな」
同情の眼差しを向けたトリスタンの言葉にマーカスはゆっくりとうなずいた。
ある程度話が弾んだところでジムが終わりを告げる。続きは後日だ。
同業者と別れた後、ユウとトリスタンはジムに別の場所へと案内された。今度は荷馬車の集まりの後ろへと足を向ける。
他の場所でも働いている人足を目にしていた2人だったが、向かった先には何人もの人足がいた。地面に置かれた木箱を荷馬車に運んでいる。
人足頭はその中から1人の青年を呼び出した。やや童顔の人足である。
「こいつはニールだ。人足としてはお前らの先輩ってことになる。ニール、この2人は今日からここで人足兼護衛として働くユウとトリスタンだ」
「初めまして、冒険者のユウです」
「トリスタンです。よろしく」
「オレぁ、ニールだ。この隊商に結構長いこといる。わからないことがあったら何でも聞いてくれよ、新入り!」
胸を張って挨拶を返してきたニールをユウとトリスタンは微妙な表情で眺めた。頑張って威張っているという雰囲気が何となく感じ取れる。
そんな3人にジムは構わなかった。いつも通りの態度でニールに話を続ける。
「この2人は人足の仕事をしたことがないということだ。そこでニール、今からお前が教えてやれ」
「うぇ、オレっすか!?」
「わからないことがあったら何でも聞いてくれと今言ったろう。だったら、簡単に教えられるはずだ」
有無を言わさぬ態度でジムが命じた。かなり動揺した様子のニールだったが反論はしない。しきりにジム、ユウ、トリスタンに目を移してゆく。
「案内は以上だ。後はニールについて作業をするんだ。ニール、ちゃんと教えるんだぞ」
「あ、はい、ジムさん」
最後にそう言いつけるとジムは1人でその場を去った。残された3人はしばらく無言でお互いを見る。近くでは木箱を荷馬車に積み込む作業が続いていた。
このままでは埒があかないと考えたユウがニールに声をかける。
「ニールさん、とりあえずこの木箱を荷馬車に積み込む作業を手伝ったら良いですか?」
「あ、ああそうだな。今はその作業の最中だったんだ。ユウ、トリスタン、ついて来い。オレが木箱の運び方を教えてやるぞ!」
次第に調子を戻してきたニールが声を大きくしていった。緊張して落ち着きがないのが丸わかりだ。ユウとトリスタンだけでなく、近くにいる人足も呆れたり苦笑いしたりしている。それでニールの立場が大体わかろうというものだ。
次いでトリスタンがニールに声をかける。
「その前に、俺たち自分の荷物を背負っているんで、どこに置いておけばいいか教えてくれないですかね? さすがに背負ったまま作業っていうのは」
「そうだったな。それじゃ案内してやる。ついて来い!」
どうにも力みが取れないニールの高い声がユウとトリスタンの耳に届いた。恐らく初めて人に指示する側に立たされたのだろうと2人とも推測する。しかもいきなり。
そんな先輩人足の後に2人はおとなしくついて行った。
隊商の仕事は多岐にわたる。荷馬車への荷物の運び込みと運び出し、各種道具の管理、食事の支度と後片付け、馬の世話、それに多彩な雑用と挙げればきりがない。人足たちは人足頭の指示でそれらをひたすらこなしてゆく。
人足兼護衛として隊商に参加したユウとトリスタンが最初にやったのは木箱の積み込みだった。地面から荷台へと木箱を持ち上げ、荷台で待つ者がそれを整理してゆく。単純だが重労働な作業だ。
次いで命じられたのは買い出しの手伝いである。多人数が何日にも渡って町から町を移動するので必要な物は非常に多い。食料や各種備品などの消耗品は特にその数に要注意だ。
他にも連絡係として扱われることも多い。全員が同じ場所で作業をしているわけではないので伝言役が必要になるのだ。他の作業の途中で呼び出され、この役目を与えられることが割とある。人足の作業などお構いなしにだ。
こうして、ユウとトリスタンは初日の間中ずっとニールについて回りながら様々な作業をこなした。冒険者と違った肉体労働にどちらも結構疲れ果てる。与えられた仕事を自分たちだけでこなすのとは違い、組織の中で働く大変さを思い出す。かつてはこれが当たり前だったが、今やすっかり忘れていたのだ。
与えられた天幕に入ると2人はすぐに横になる。どちらもすぐに眠りに落ちた。
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