都合の良いときだけ持ちつ持たれつ(後)
町を出発して4日目の夜になった。雨は前日に降り止んでいるが大地はまだ乾ききっていない。
それはユウとトリスタンが野宿する場所も例外ではなかった。地面は
荷馬車のありがたみを痛感しつつも2人は交代で夜の見張り番を務める。近づいてくる獣を警戒するためだ。
よく雲に隠れるとはいえ、月明かりが夜の地上を照らしていた。視界が利く範囲なら遠くでも動く物を見つけられる。
もうすぐ見張り番が終わるトリスタンは寒そうに周囲を見ていた。今晩は座りながら見張るようユウから伝えられていたので立っていない。尻から伝わる底冷えが眠気覚ましになるものの、精神的には疲れるばかりだ。
見張る方向は基本的に北西から南東にかけてである。ちょうど同じ方向に流れる岩雨の川を瀬にしているので、川のない方角を警戒しているのだ。
小さくくしゃみをしたトリスタンが砂時計に目を向ける。
「あと少しから減りが遅く感じるんだよな。それでいて気付いたらいつの間にか砂が落ちきっているし。うまくいかないもんだ。あれ? あれは」
昨夕見張り番を始める前にユウから受けた忠告に従ってトリスタンは東側の平原を中心に警戒していた。一般的に物見が現れた方向から盗賊はやって来ることが多いからだ。月の光が雲に隠れる度に少しずつ近づいて来ている。
砂時計の砂がなくなった頃にトリスタンはユウを揺すり起こした。すぐに反応が返ってくる。
砂が尽きた砂時計をユウが目にした。あくびをしながら上半身を起こす。
「もう交代の時間かぁ。うう、冷えるなぁ」
「ユウ、交代じゃない。恐らく盗賊が来たぞ」
「どこから?」
「あそこだ。あの背の低い木の向こう側。ちょうど幹の裏側を通り抜けてくるぞ」
「見えた。やっぱり来たね。馬には乗ってないんだ。人数は見える範囲で10人くらい。中途半端だな。荷馬車を襲う盗賊か、それとも徒歩の人たちを襲う追い剥ぎか、どっちなんだろう?」
「荷馬車を襲ってから歩きの連中を襲うんじゃないのか?」
「馬でやって来たならそれでも良いけど、徒歩だからあの人たちがばらばらに逃げたら追いかけきれないんじゃないかな」
中途半端な成果を出して仲間全員に利益が行き渡らないと仲間割れしやすい。なので、盗賊や追い剥ぎが獲物を狙うときはある程度の数を確保する必要があった。徒歩の集団からも何かしらの成果を得るつもりならば、初期の段階で囲って逃げられないようにする必要がある。
襲撃予定者がどのような考えなのか今の時点ではまだわからない。しかし、最低どちらか一方を襲う気であるのは明白だった。尚今のところ、徒歩の集団はもちろん、荷馬車の見張り番もまだ襲撃予定者に気付いていない。
その様子を窺っていたユウがトリスタンに声をかける。
「トリスタン、荷馬車で街道を進むのと歩いて進むのとどっちが好きかな?」
「いきなりなんだ? そりゃもちろん、荷馬車で進む方だけど」
「だったら、うまくいけばあの荷馬車の集団に恩を売れそうな方法を思い付いたんだけど、どうする?」
「本当かよ?」
「あの盗賊たちと戦うことになるけども」
「いいんじゃないかな。寒くて疲れるから歩くのはもう嫌なんだ」
賛意を示した相棒にユウは手順を説明した。聞いたトリスタンは本当にうまくいくのかという表情を向ける。しかし、反対はしなかった。
襲撃予定者が荷馬車に向かって突撃を始めた直後、ユウとトリスタンは立ち上がって荷馬車に向かって歩き始めた。手には武器を持って隠れることなく堂々とである。
荷馬車近辺は乱戦になった。見張り番が奇襲直前に襲撃者に気付いて声を上げたが、寝てきた護衛の傭兵は起き上がって応戦するのがやっとだったのである。おまけに8人と若干人数が少ない。荷馬車側は窮地に陥っていた。
そんな場所にユウたちはゆっくりと歩いてゆく。すると、誰か1人がこちらに逃げてきた。同時に盗賊の1人がその人物を追いかける。
「そこの2人ぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ!」
「俺たちのこと、新手の盗賊って疑わないんだな」
「たぶん歩いて2回荷馬車を追い越したときに顔を覚えられたんじゃないかな」
「なるほど」
「そこの2人ぃぃぃ!」
必死の形相で中年の男がユウとトリスタンへと急速に近づいてきた。そして、ユウへとすがりつく。
「お前、あの徒歩の集団にいたヤツだろ? その格好からして傭兵か冒険者なんだよな?」
「冒険者ですよ」
「だったら助けてくれ! オレのところの傭兵が苦戦してるんだ!」
「でも僕たち徒歩の集団ですから、そちらは関係ないですよね。近づきすぎると追い払われるくらいですから」
「悪かった! 許してくれ!」
「ユウ、盗賊が1人来たぞ」
「ちょっと待っててもらって」
やって来た盗賊をトリスタンに任せてユウが行商人らしき男に向き直る。
「僕とあの相棒ですが、アカムの町まで行く途中なんですよ。でも、トレハーの町でうまく仕事にありつけなくて、ここまで歩いて来たんです」
「だったら荷馬車に乗せてやる! だから!」
「まだ話は途中なんですよ。それで、僕たちを護衛として雇ってくれませんか?」
「雇う!? いくらで?」
「1日銀貨1枚で。もちろん1人につきですよ?」
「無茶苦茶だ! 銅貨10枚くらいだろう!」
「でも、荷馬車を失ったら損失はこんなはした金じゃ済まないでしょう?」
言い終わるとユウは荷馬車へと顔を向けた。最初に比べて人数が減ってきている。盗賊と護衛の両方に被害が出ているようだ。
商売人らしき男もユウに釣られて振り向いた。すると、盗賊がもう1人こちらに向かって走ってくる。交渉が決裂した場合、生き残れる可能性は低いように思われた。再びユウへと向き直った男が血走った目をしながら叫ぶ。
「わかった! 1人1日銀貨1枚だな! 払う!」
「トリスタン、話がまとまったよ!」
「よし、わかった!」
既に盗賊の1人を相手にしていたトリスタンが応じた。すると、目立って動きが良くなる。すぐに相手の盗賊を圧倒し始めた。
一方のユウは商売人らしき男から離れると走ってくるもう1人の盗賊に向かう。近づくと、振り下ろされた質の悪そうな剣に
ほぼ同時に自分の相手を倒したトリスタンと目が合う。小さくうなずくと2人は荷馬車に向かって走り始めた。
襲撃してきた盗賊の撃退は割とあっさりと終わった。加勢したユウとトリスタンが盗賊を圧倒したからだ。奇襲効果がなくなり、数の不利も消えると盗賊は劣勢となる。半分以上が殺されると生き残った盗賊は逃亡した。
翌朝、改めて荷馬車の集団の状況を確認すると、荷馬車に損害はなかったが、護衛の傭兵は8人中4人が死亡していた。襲撃直後、2人が早々に殺されていたのだ。
被害の確認が終わると、次いでユウとトリスタンの扱いが話題に上がる。この荷馬車の集団は4人の行商人が集まっているのだが、ユウに縋った行商人以外がその報酬額に難色を示したのだ。いくら緊急事態とはいえ、高すぎると。
それに対して、ユウは自分の功績を主張した。盗賊10人のうち4人を自分とトリスタンで倒したこと、これのおかげで盗賊が逃亡したことを特に強調する。
結局、ユウの主張が認められた。生き残った傭兵4人が消極的ながらもユウの功績を認めたからだ。強さが基準の業界に生きている者にとって戦場での功績は絶対なのである。最終的には商売人全員でユウとトリスタンの報酬を支払うことで収まった。
戦利品を手に入れたユウとトリスタンはそれらと共に荷馬車へと乗り込んだ。準備が終わると荷馬車が順番に動いていく。
「やっぱり荷台に乗るのは楽で良いよねぇ」
「まったくだ。旅をするならやっぱり荷馬車に乗るのが一番だな」
どちらも上機嫌な様子で荷馬車に揺られていた。
2人が乗り込んだのは最後尾の荷馬車だ。なので、荷台の後方からは今まで進んで来た宝物の街道と周囲の風景が一望できる。
その景色の中に街道を歩く一団の姿があった。徒歩の集団だ。前日と比べて人数に変化がない様子なので昨晩盗賊には襲われなかったようである。離れた場所で野宿していたのが功を奏したのか、それとも盗賊が興味を示さなかったのかはわからない。
アカムの町まで残すところ2日だ。旅路としては3分の2を踏破していた。あと2日歩けば次の町にたどり着ける。
1人、調子の悪そうな男が徒歩の集団から遅れ始めた。次第に離れてゆき、ついには地平線の奥へと姿を消す。最終的に何人がたどり着けるのかはそのときになってみないとわからない。
今日の天気は快晴だった。
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