港町調査の後始末
港町を出発して6日目の夕方、ユウとトリスタンはアカムの町へとたどり着いた。最初は徒歩だったのが最後は荷馬車に乗り込んで旅程を終えたのだから大した出世である。
盗賊に襲われて減った護衛の数をユウたちで補った荷馬車の集団は街道から原っぱに移った。適当な場所で停車すると全員が荷馬車から出る。
2人も
最後に麻袋に入れた戦利品を手に抱えて2人は御者台へと向かった。行商人のミックに近づく。盗賊に襲われたときにユウへと泣きついた人物だ。
若干嫌そうな顔をするミックにユウが声をかける。
「ミックさん、やっと町に着きましたね」
「そうだな。ひどい目に遭ったよ」
「それじゃ、約束の報酬をください」
「覚えていたのか。ほら」
「はい、確かにありますね。それじゃ僕たちはこれで」
何か言いたげだが何も言わないミックに別れの挨拶を伝えるとユウは踵を返した。その横にトリスタンが並ぶ。
「まさか盗賊の襲撃を利用するなんてな。俺はてっきり見捨てるのかと思っていたのに」
「盗賊の人数が多かったらそのままじっとしていたよ。僕たちが加わったら勝てると思ったから戦ったんだ」
「なるほどなぁ。しかし、1日銀貨1枚って吹っかけたな」
「荷馬車を丸々失うことに比べたら大した額じゃないよ。目の前に危機が迫っているときに吹っかけられるのは仕方ないし。そうならないために普段から備えておくものなんだ」
「荷馬車の護衛の日当は1日銅貨4枚が普通だもんな。それが5倍かぁ」
「あの商売人だって仕事で似たようなことをやっているだろうからね。お互い様だよ」
「商売人っていうのは恐ろしいな」
当時の事情を聞いたトリスタンが首を横に振った。それからすぐに何かを思い出したかのようにユウへと顔を向ける。
「そういえば、これって今どこに向かっているんだい?」
「貧民の市場だよ。そこに買取屋がいるはずだから、戦利品を買い取ってもらうんだ。これを持ったまま歩き回るのは面倒でしょ?」
「それは言えているな。高く売れるといいんだが」
「どうだろうね。状態が悪いものばっかりだから」
戦利品の入った麻袋をちらりと見たユウがつぶやいた。値を釣り上げられる要素が思い浮かばない。ただ、最悪捨て値でも良いとは考えているので心に余裕はある。
それほど広くはない貧民の市場の片隅に買取屋が集まる一角があった。大抵は小さな荷馬車を背に立っている。
西日が差す中、ユウは買取屋の並ぶ道をゆっくりと歩いた。周囲ではちらほらと買い取りの交渉をしている人がいる。傭兵や冒険者が大半だ。
後ろを歩くトリスタンがユウに顔を近づけて小声で話しかけてくる。
「どこで買い取ってもらうんだ?」
「ん~、難しい。ぱっと見じゃわからないな。行きつけの店なんてあるわけないし」
一通り買取屋を見たユウはため息をついた。こうなると実際に話をするしかない。
比較的ましそうな買取屋を選んだユウは交渉を始めた。麻袋から戦利品である武具を取り出すと買取屋の前に並べる。相手がそれを1つずつ鑑定するのをじっと見つめた。
やがて買取屋がユウに顔を向けて口を開く。
「全部で銅貨6枚だな」
「いくらなんでも安すぎませんか? 大きな破損部分はないですよね」
「その代わり痛み方がひどいだろ。あんた、これを身に付けて戦えるかい?」
「別に戦えますよ。でも今は僕がこれを扱えるかじゃなく、まともな値段を付けてほしいんです」
「質問を変えようか。あんた、これを他の傭兵や冒険者に売りつけたら買ってくれると思うか? 思うんなら、自分で売ってきたらいいぜ」
買取屋はあくまでも強気な態度を崩さなかった。その後もユウは何度か切り口を変えて交渉してみるがうまくいかない。結局、諦めて銅貨6枚で買い取ってもらう。
続いてトリスタンが買い取り交渉を始めたが、交渉面ではユウに劣るため買取屋の敵ではなかった。こちらも大した額にならないまま交渉を終える。
かさばる戦利品を売り払ったユウとトリスタンは貧民の市場から出た。ため息をついたトリスタンがユウに話しかける。
「本当に捨て値だったな」
「仕方ないよ。ひどい武具だったから。買い取ってもらえただけましだよ。むしろ、このお金と護衛の報酬で今回の調査費用がほぼ賄えたんだから良いじゃない。冒険者ギルドでもらう報酬は丸々利益になるんだよ?」
「そういう考え方もあるのか。うん、悪くないように思えてきたな。それじゃ、これから冒険者ギルドに行って報告書を出すか」
「報酬をもらったら今日の仕事は終わりにしよう」
「いいな! そうしよう」
この後の予定を聞かされたトリスタンが笑みを浮かべた。
盛況な冒険者ギルドであれば朝と夕方は繁忙期である。多数の冒険者が押し寄せ、依頼の獲得や結果の報告などで賑わうのが一般的だ。
しかし、アカムの冒険者ギルド城外支所は夕方でも冒険者の姿は多くなかった。ほとんど行列に並ばなくても良いというのが数少ない利点である。
受付カウンターの前にある短い行列にユウとトリスタンは並んだ。すぐに受付係と対面するとユウが声をかける。
「トレハーの町の調査依頼を受けたユウとトリスタンです。報告書を提出しに来ました」
「ちゃんと書いてくれているんだね。悪くなさそうだ。町の中の様子も書いてあるのは感心だね。それじゃ、報酬を渡すよ」
「ありがとうございます。確かに受け取りました」
「みんなこうやって真面目にやってくれるとこっちも楽なんだけどねぇ」
報酬を受け取ったユウはトリスタンに報酬を手渡した。そのまま目の前で受付係が肩をすくめているが気にすることなく踵を返す。
城外支所から出た2人はそのまま道を歩いた。今度はユウがトリスタンに顔を向ける。
「これで今日の仕事は終わりだよ! 酒場に行こうか」
「やっとだな! 久しぶりに温かい飯にありつけるぞ」
「しかも適正価格でね」
「最高だよな!」
日没が間近の町の外周をユウとトリスタンは楽しそうに歩いた。寒風が吹き付けるがどちらも気にする様子はない。
近場の安酒場に入った2人は店内の席が大体埋まっているのを目にした。どうにか連なって空いているカウンター席を見つけて座る。すぐに給仕女を呼んで料理と酒を注文した。
注文した品が来るまで待っている間も2人はしゃべる。
「あ~、これで色々と一区切りついたよね。仕事もそうだし、トリスタンに海を見てもらうこともできたし」
「あんなにしょっぱいとは思わなかったな。でもそうなると、いよいよ東に向かうわけか。ここからだと穀物の街道を東に進むことになるな」
「それ以外選択肢がないからね。また仕事を探さなきゃ」
「歩くのはもう嫌だぞ。今回で思い知ったからな」
「僕も避けたいよ」
2人が今後の予定やこれまでの愚痴が混ざり合った雑談をしていると、給仕女が料理と酒を持ってきたのに気付いた。久しぶりの温かい食事に2人とも喜ぶ。かぶりつくように料理と酒に手を付けた。
そうやって2人が食事を楽しみ始めたとき、ユウの隣に座っていた傭兵が顔を向けてくる。顔がかなり赤くなっており、上半身も少しふらついていた。上機嫌な様子で話しかけてくる。
「よぅ、に~ちゃん。あんたも仕事帰りかい?」
「え? ああはい、そうですよ」
「どこから帰って来たんだ?」
「トレハーの町です。あっちの町がどうなっているのか調査してきたんですよ」
「あそこは確か今、海賊騒ぎの真っ最中だよな?」
「はい、その影響がどの程度が調べてきたんですよ」
「面白そうじゃねぇか。ちょっと聞かせてくれよ」
興味を示してきた傭兵にユウがある程度ぼかしながらトレハーの町の様子を語った。それでも面白かったらしく、その傭兵は喜んでくれる。特に帰路の商売人に報酬を吹っかけて盗賊を撃退したところに食い付いた。
一通り話を聞いた傭兵が楽しそうに返答する。
「いやぁ、に~ちゃん、おもしれぇことやってんじゃねぇか! あの商売人ども相手に交渉で勝つとはな。くぅ、爽快だねぇ!」
「切羽詰まった状況でしたからね。相手には選択肢がなかったですし」
「それでもだ! 俺も今度やってやるぜ!」
「あははは」
どうにも良い未来が思い付かないユウだったがそこは黙っておいた。酒の席では良い気分になれるのが最も重要なことだからだ。
その後、トリスタンを交えて3人で冒険や戦闘の話で盛り上がる。お互いの今までの冒険譚を喜んでしゃべり合った。話すネタは3人とも事欠かない。
久しぶりの料理と酒を片手にユウとトリスタンは名前も知らない傭兵と語り明かした。それが妙に楽しくて仕方がない。何ともおかしな一夜だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます