都合の良いときだけ持ちつ持たれつ(前)
すっかり冷え切った体を抱えながらユウとトリスタンは4日目の朝を迎えた。雨は昨日のうちに止んでいたが地面は濡れたままだ。空には雲が多いが青空も見えている。
荷馬車の集団は相変わらず淡々と旅程をこなしていた。アカムの町を目指して宝物の街道を進んでいる。一方、徒歩の集団はかなり厳しい状態だ。朝食が終わって出発というときに何人かが立ち上がらなかった。いずれも食事をしなかった者ばかりである。
2人はそんな中、黙々と作業をこなしていた。夜の見張り番と仮眠を経て朝食の摂取、そして、直前まで見張り番をしていたユウは出発するまで仮眠だ。例え眠れなくてもとりあえず目をつむる。
歩き始めると体の冷えはわずかにましになった。濡れた服に寒風が吹き付けるので凍えそうだが、体を動かすことによってそれを誤魔化す。
体力的に余裕がなくなったので2人とも口数が少なくなった。必要なことしかしゃべらない。同じ宝物の街道であるにもかかわらず、トレハーの町へ向かっていた頃とは様相がまったく違った。
そんな状況なので何が起きてもおかしくはない。昼前、ユウはその歩みを止めた。右手で腹部を押さえる。
「ユウ、どうした?」
「お腹が痛い。冷えたみたい」
「えぇ、ここでか?」
「ちょっと向こうに行って用を足してくるから、それまで待ってて」
「それはいいけど、大丈夫か」
心配するトリスタンを置いてユウは街道から外れた。ふらつきながらしばらく歩いて
ユウが苦しんでいる間にも他の者たちは先へと進んでゆく。荷馬車の集団はもちろん、徒歩の集団も同じだ。まったく気にすることなくトリスタンの脇を抜けて先へと進んで行った。
腹の具合が収まるまで用を足したユウはようやく体調が回復する。地獄のような腹痛からやっと解放されたのだ。念のため腹痛止めの水薬を飲んでおく。これ以上体調を悪化させるわけにはいかない。
地獄の証が猛烈な臭気となって鼻を突いてくる場所から離れたユウはトリスタンの元へと戻る。
「ありがとう。ようやく元に戻ったよ」
「だいぶ引き離されたぞ。ほら、もう地平線の先まで誰もいない」
「干し肉を食べながら歩こう。僕たちが脱落したときはまだ昼前だったから、荷馬車の集団は昼休憩で絶対に停まるだろうし」
「なるほどな。確かにそうだ。俺も追いつける気がしてきたぞ」
不安げな表情を浮かべていたトリスタンの顔に笑みが浮かんだ。
相棒のやる気が上がったところでユウは再び宝物の街道を歩き始める。右手には干し肉を持ち、たまにそれを囓りながら進んだ。
昼下がりを向かえた頃になって2人はようやく地平線の辺りの街道上に何らかの集団を発見した。順当ならば徒歩の集団である。
とりあえず安心したユウは肩の力を抜いたが、周囲を見渡して異変に気付いた。東側の地平線辺りに人影を見つける。
「トリスタン、あの辺りに人影があるよ」
「よく見つけたな。でもだいぶ街道から離れているぞ。もしかして、あれが盗賊の物見ってやつなのか?」
「たぶんね」
「どこを見ているんだろう?」
「順当にいったら荷馬車の集団だろうね。あるいは徒歩の集団かも。僕たちも見つかっているかもしれないけど、優先順位としては低いんじゃないかな」
「追いついたら、みんなに知らせるのか?」
「一応徒歩の集団には知らせはするけど、問題はそれじゃどうするのかなんだよね。僕たちは自分たちの身を守れるけど、あの人たちは逃げることすらできるかどうか」
「それなんだよな。さすがに20人くらいの人を守ることはできないもんな」
悔しそうな表情を浮かべたトリスタンが返答した。荷馬車の護衛でさえ、荷馬車1台に護衛の傭兵か冒険者を2人付けているのだ。ちょっとした集団を2人だけで守れると普通は思えない。
しばらく黙っていたユウは再び口を開く。
「教えるだけ教えて、僕たちはまた荷馬車の集団の前に行こう。今度はもっと離れた所で一晩を明かすよ」
「獣が怖いな。ところで、荷馬車の方には盗賊の物見のことを教えるのか?」
「教えないよ」
「いいのか?」
「徒歩の集団が盗賊に襲われていても荷馬車側は助けてくれないし、護衛に助けを求めても追い返されるだけだからね。知り合いじゃないから教える必要はないんだ」
「厳しいな」
「大体、向こうの護衛の誰かが気付いているはずだよ。そのために雇っているんだから、ちゃんと仕事をしないとね」
荷馬車で移動する昼間に最低1人でも見張りをするのはこのような脅威を事前に察知するためでもあるのだ。
そろそろ夕方になるということにユウとトリスタンはようやく徒歩の集団に追いついた。全員生気のない顔をしている。
荷馬車の集団が街道から逸れて原っぱに入った。今日はこの辺りで野営するようだ。離れた場所で徒歩の集団も街道から少し逸れる。1日歩き続けた人々は思い思いに原っぱに座った。
人々の様子を見たユウは立ったまま話しかける。
「僕、昼前にみんなとはぐれてさっき合流しましたけど、また一緒になる前に東の地平線に人影を見ました。もしかしたら盗賊の物見かもしれないので気を付けてくださいね」
ユウの言葉に反応したのは半分程度だった。その反応した人の中でも半分は怪訝そうな表情を浮かべ、もう半分は無表情だ。
伝えるべき事は伝えた。ユウはそう判断して踵を返して街道に戻ろうとする。すると、1人の男に呼び止められた。トリスタン共々振り返る。
「おい、あんた、気を付けろって、何をどうやって気を付けたらいいんだ?」
「襲われないように対策してくださいっていうことですよ。どうするかは自分で考えてもらうしかないですけれど」
「そんなこと言われたって、どうしていいのかわかんねぇ。あんた、教えてくれよ」
「僕だと万が一のときは戦うことも覚悟して作戦を立てますけど、あなたは戦えますか?」
問いかけられた男は黙り込んだ。身なりや体格からしてとても戦えるようには見えない。
次いで別の男が声をかけてくる。
「あんた、傭兵か冒険者なのか?」
「そうですよ」
「だったら、オレたちを守ってくれねぇか。あんたは戦えるんだろ?」
「1人1日銅貨4枚いただけたら守りますよ」
「カネを取るってのか!?」
「どうしてあなたを無料で守らないといけないんです?」
「ちょっとくらい面倒見てくれてもいいだろ。持ちつ持たれつって言うじゃねぇか」
「それであなたを守ることになったら、他の人も守ってほしいって言い出すでしょう。さすがに2人だけでここの人たち全員は守れません。それとも、他の人のためにあなたは自分が守ってもらうことを諦められますか?」
問いかけられた別の男は黙り込んだ。助かりたいがために縋ろうとしたのに、それを諦めないといけないと返されては何も言えない。
そのまま黙っていると、1人また1人と顔を下げていった。誰も何も言葉を発しない。
途中までそれを見届けたユウは再び踵を返した。そして、今度こそ宝物の街道に出て先に進んだ。
原っぱに停車している4台の荷馬車を通り過ぎた頃にトリスタンがユウに声をかける。
「なんていうか、こうもやもやして落ち着かないな」
「僕の対応が? それともあっちの反応?」
「ユウの言い分はまだわかる。いい気分じゃないが全員を守れないのは確かだしな。向こうの反応も弱い人たちだから仕方ないと思うんだが、なんか自分たちは頼って当然だと思っているところがなぁ」
「そうだね。1人か2人くらいだったらまだ考える余地はあったんだけど」
「人の数が多すぎるからあんな風に話したのか」
「それもある。けど、基本的に人1人を助けるだけでも大変なんだ。だから、たくさんの人を助けるようなことは避けているんだよ」
しゃべりながらユウが思い出すのはかつて初めて徒歩の集団として歩いたときのことだ。あのときは支えるべき人は1人で、体が弱っていてもそれなりに動いた旅人だった。それでも周囲の状況次第では危険な目に遭ったのだ。そんな自分が仲間1人を得ただけで20人近い集団を全員守ることなどできるとは思えなかった。
荷馬車の集団を追い越して結構歩いた後、ユウは原っぱへと曲がる。
「今日はこの辺りかな」
「また結構離れたじゃないか。ここまでやる必要があるのか?」
「満月が近いと月の光で周りが結構見えるから、充分離れないといけないんだ。その分獣に襲われる可能性はあるけど、そこはもう割り切るしかないよ。盗賊の脅威が確実なんだから」
「厄介だなぁ」
まだ乾ききっていない草と土を足で確認していたトリスタンが渋い顔をした。しかし、それ以上は何も言わない。
野宿する場所を決めた2人はその場で背嚢を降ろした。
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