トレハーの町の調査(後)
思わぬ物価変動に翻弄された翌朝、ユウとトリスタンは日の出と共に起きた。普通ならば人の出入りである程度騒がしい大部屋に今は2人以外誰もいない。昨晩は豪勢に寝台1つに1人で眠って密かに喜んでいたが、静かな大部屋を見るとその喜びもしぼんだ。
外出の準備を終えると2人は安宿を出た。今日から3日間でトレハーの町を調査することになるが、最初に慣れた場所である冒険者ギルド城外支所を選ぶ。
宝物の街道を旅するようになってから見る城外支所の建物はその多くが小ぶりだったが、ここトレハーの町も例外ではなかった。石造りの小ぶりな建物である。
建物の中には冒険者が1人もいない。受付カウンターの奥には職員が1人座って仕事をしていた。
白い息を吐きながらユウはトリスタンと共にその受付係に近づく。
「この町のことで聞きたいことがあるんですが」
「きみたちは冒険者? よそからやって来たのか」
「はい、昨日この町に来ました。アカムの町の冒険者ギルドの依頼でこの町のことを調べるためです」
「あの王家からの依頼か。こっちの物の流れが詰まってると向こうも困るだろうからな」
「それで、今この町がどうなっているのかを知っている範囲で教えてほしいんです」
「別に構わんが、こっちの冒険者ギルドの知っていることなどたかが知れているぞ。元々閑古鳥が鳴いていたところに最近の海賊騒ぎだ。少ない雑用の仕事もなくなって、みんなアカムへと移っていったからな。この騒ぎが終わった後のことを考えると頭が痛いよ」
疲れた様子で淡々と話をする受付係の話を聞いたユウとトリスタンは同情の眼差しを向けた。事件が終わった後の始末の方が大変というのは珍しくない。正常な状態に戻す努力が必要なところほど特にそうだ。
聞けば色々と出てきそうだと思ったユウは更に質問する。
「冒険者がみんな出て行ったっていうのは大変ですね。そうなると、ここの冒険者ギルドは何をしているんですか?」
「ほとんど何もしてないよ。依頼は来ないし、来ても冒険者がいないからな。それでも書類仕事は残ってるんだからたまらないよ。でも、少し前から船員の募集は常にあるが」
「船員の募集ですか? 冒険者ギルドで?」
「海賊騒ぎが起こってからしばらくして、船長たちからその手の依頼が舞い込んでくるようになったんだ。船員といっても水夫じゃないぞ。荒事を担当する水兵の方だ。海賊に次々とやられて船員が不足してるんだよ、港じゃな」
「それに応募した冒険者はいるんですか?」
「仕事がなくて仕方なくってヤツが何人かは行ったが、帰ってこなかったな。それ以来、誰も応募しなくなくなったが」
食い詰めて危険な仕事に手を出すという話にユウとトリスタンは顔を引きつらせた。他人事ではないので帰ってこなかった冒険者たちを馬鹿にする気にはなれない。
その後もいくらか話を聞いたがこれというものはなかった。最後に、調査するなら海に面した港や川岸の船着き場に行けば良いと勧められる。
冒険者ギルド城外支所から出た2人は船着き場へと向かった。港よりも先に選んだのには特に理由はない。せいぜい町の北側から南側へと回るのに通りがかるからというくらいだ。
ここトレハーの町の船着き場も他の町のものとそう変わりはなかった。岸壁は石材で固められており、川へと突き出ているいくつもの桟橋も同様である。また、船着き場から町の西門あたりまでは倉庫街になっていた。
しかし、他の町とは違い、トレハーの町の船着き場はすっかり静まりかえっている。荷物を運ぶ人足は見当たらず、声を張り上げる船夫もいない。そもそも桟橋に船がないのだ。
まさか人がいないとは思っていなかったユウは呆然とする。
「えぇ、誰もいないの?」
「船さえもないなんてな。何隻かくらいは残っていると思っていたんだが」
「倉庫の方に行ってみよう。あっちなら誰かいるかもしれない」
相棒を促したユウは倉庫街へと足を踏み入れた。しかし、そこでも人に出会わずに終わってしまう。
次いでユウは町の南側にある港へと向かった。港の造りは船着き場と同じだが、やはり船の姿はない。これはどうしようかと困るが、幸いこちらには人の姿はあった。港の石畳に置いてある小さな木箱に腰を下ろした男だ。
その老け込んだ男にユウはトリスタンと一緒に近づく。
「この港の関係者さんですか?」
「あんたは?」
「冒険者のユウ、こっちはトリスタンです。この町を調査しにアカムの町からやって来ました。今日から町を回っているんですが、川岸の船着き場もこっちの港も人が全然いませんね」
「そりゃ船がねぇからな。海賊にやられるか、別の港に行っちまったんだ」
「海賊はそんなに強いんですか?」
「そりゃ
「その海賊はどこから来たんですか?」
「わからねぇ。そういう話はオレたち船乗りの間で噂になるもんだが、あいつはいきなり現れやがったんだ。だからこの町はこんな有様なのさ」
すっかり無気力になっている男は吐き捨てるようにしゃべった。
話を切り上げたユウはトリスタンと港の隅に寄る。海から潮風が吹き付けてなかなか寒い。それに少し顔をしかめながら相棒に話しかける。
「これは思っていたよりも状態がひどいね」
「そうだな。酒場や宿屋がまだ営業していたのが不思議なくらいだと思うぞ」
「人がいないからそもそも聞き取り調査ができないのがつらいなぁ。本当はもっと色々と聞いて回るつもりだったんだけど」
「これからどうするつもりなんだ?」
「町の外の調査はあと貧民街だけなんだけど、この調子だとぐるりと1周して終わりそうだね。その後、宿に戻って今日の報告書を書こうと思う。町の中の調査は明日の朝にするよ。それが済んだら昼からは報告書をまとめてお終いかな」
「3日が限度だって話だったが、そんなに必要なかったな」
「いても面白くない町だから良かったんじゃないかな。ところでトリスタン、見たかった海が目の前に広がっているよ」
「うん、まぁ、そうなんだけど、この町の状態を知った後に見ても何て言うか」
思い出したように本来の目的を当人に告げたユウだったが、微妙な表情を浮かべるトリスタンを見ていくらか顔をしかめた。別の正常な港町の方が良かったと今になって思う。
港の隅から砂浜に降りたトリスタンが海に近づいた。寄せては引くを繰り返す波をしばらく見ていたかと思うと手で掬って口に含む。
「ぶはっ!? こんなにしょっぱいのか!」
「とても飲めたものじゃないでしょ」
「こんなのが地平線の彼方にまであるとはなぁ」
「海の場合は水平線って言うらしいよ」
「そうなんだ。でも、これが全部塩水とは実際に見ても信じられないよ」
尚も海を眺めていたトリスタンは小さく首を振って感想を漏らした。
やがて満足したらしいトリスタンから調査を再開しようと告げられると、ユウはうなずいて一緒に港を離れる。
昼食である干し肉を囓り終えた2人は貧民街に入った。さすがにここには人の姿は見えたがその数は明らかに少なく、活気はない。しかし、それでいて雰囲気は肌で感じられるほど悪かった。危ないと判断したユウはトリスタンを促して外に出る。
「駄目だ、ここの貧民街は危ないから入らない方が良いよ」
「それじゃどうするんだ?」
「貧民街の調査は諦めよう。どうせ調査の中心は町の中と港だったんだから。赤字の仕事で命を賭ける必要なんてないよ」
「そうなると、後は町の中だけか」
「もう1回予定変更して、これから町の中を調査しよう。僕が商館で話を聞くから、トリスタンは町の中を見て回ってほしい。それで、三の刻を目処に切り上げて冒険者ギルドの打合せ室に向かうんだ。そこで報告書を書き上げて明日この町を出よう」
「かなり急な予定になったな」
「たぶん、この様子だと町の中もそんなに調べることはないと思う。僕たちの調査でそこまで突っ込んだことは求められていないだろうから、これで充分なはずなんだ」
「まぁこの仕事だとそんなものだよな。一応、海も体験できたし」
赤字確定の仕事だということを思い出したトリスタンはユウの主張にうなずいた。自分の目的も果たせたので文句はない。
その後、2人は町の中に入ってその実態を調査した。ユウは紹介状を、トリスタンは身分をちらつかせて町民から話を聞いていく。町の中もかなり苦しいようだ。
そうして成果を持ち寄ったユウとトリスタンは2人で報告書をまとめ上げた。
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