港町でのついでの調査
年が明けた。アカムの町でユウとトリスタンが老商売人を無事家族の元に送り届けた翌日である。2人は気分良く新年を迎えられた。
この日でユウは故郷を離れて丸2年となる。振り返って見ればたくさんの出来事があったにもかかわらず、時の経過は一瞬に思えた。それだけ濃密な日々を送ってきたということであろう。
安宿で向かえた新年初日の肌寒い朝、ユウはそんなことを考えながら起きた。一仕事終え、ちょっとした旅路の岐路に立っているからだとぼんやり思う。
昨晩は久しぶりに温かい食事を口にしてユウは大満足だった。やはりトリスタンが毎日温かい食事を食べていたことに思うところはあったのだ。ほんのわずかだが。
しかし、そんなわだかまりも今はない。肉と酒と一緒にすべて飲み込んだ。区切りを付けるには良い日に巡り合わせたユウは立ち上がって背伸びをする。冬の冷気が少しだけ気持ち良かった。
外に出る準備を済ませたユウとトリスタンは三の刻の鐘が鳴ってから安宿を出た。何をするのかは決まっている。まずは次の行動のために情報を集めるのだ。そのために冒険者ギルド城外支所へと向かう。
リトラ王国の王都であるアカムの町は中継交易の拠点だ。宝物の街道と穀物の街道が交わる上に岩雨の川の河岸所なので行き交う物量も多い。ひっきりなしに商売人、行商人、旅人、そして近隣の農民などが訪れては去っていく。
そんな町の冒険者ギルドはというと建物はこぢんまりとしていた。冒険者の数はそこそこいるようだが活気があるというほどではない。
城外支所の建物を見たユウは微妙な表情を浮かべた。今までの経験上、あまり期待できそうにないからだ。トリスタンの表情も同じだった。
それでも入らないという選択肢はない。比較的短い列を選んで順番待ちをした。
あまり待つこともなく受付カウンターの前に立つことができたユウは受付係に声をかける。
「ここからトレハーの町の行きたいんですけど、宝物の街道と岩雨の川の情勢がどうなっているか教えてもらえますか?」
「あの港町まで行きたいのかい? あの辺りの情勢となると微妙だねぇ。宝物の街道はいつも通りだと思うよ。別にこれといった報告はないからね。ただ、街道の半ばくらいはトレハー王国との国境だから注意しよう」
屋内の雰囲気に反してやたらと明るい受付係がやや早口で説明を始めた。目の前の冒険者2人の様子を気にすることなく喋り続ける。
「次に岩雨の川だけど、トレハーの町近辺を海賊が荒らしているから危ないよ。海の方が危ないんだけど、河口から遡ってくるから川も安全じゃないんだ。おかげで船が出せなくて今のトレハーは立ち往生しているらしい」
「岩雨の川で船が使えないのなら、アカムの町からトレハーの町に向かう荷馬車の数は増えているんじゃないですか?」
「最初は陸路に切り替えて隊商がトレハーの町に向かっていたよ。けど、海側で船の出入りがほとんどできないって気付いてからは、隊商もほとんど向こうに行かなくなったかな。今じゃ食料や生活用品を届ける荷馬車がたまに行くくらいだね」
「ということは、トレハーの町へ行く荷馬車の護衛はないですか」
「ないね。元々護衛の仕事は傭兵の仕事だし、こっちに早々回ってこないよ。トレハーに行きたいのなら、仕事を待つより歩いて行った方が早いだろう」
受付係に断言されたユウは肩を落とした。隣ではトリスタンが残念そうな表情を浮かべている。
とりあえず一通り話を聞いた2人は受付カウンターから離れた。屋内の打合せ室に入って背負っていた
椅子に座った2人は大きくため息をついた。ユウがぽつりと漏らす。
「これは何とも困った状況だなぁ」
「トレハーの町に行くこと自体はできる。宝物の街道に沿ってならいつも通りか」
「一方、岩雨の川は海共々海賊が荒らし回って使えない、と。そのせいで物流が止まって隊商も行かなくなっているとはな」
「たぶん、海を見るという目的を果たすだけならできるんだろうね」
「文字通り見るだけだけどな」
思わずユウとトリスタンは力なく笑い合った。本当の意味で物見遊山になるわけだ。
すぐに笑い終わるとユウがトリスタンに問いかける。
「トリスタン、海を見るためにトレハーの町に行く?」
「う~ん、この情勢で行くのはなぁ。それより、ユウは元々トレハーの町に行ってからどうするつもりだったんだ? もし海賊がいなかったら」
「1度船に乗ってみようかなって考えていたんだ。海の上を進んだことはまだないから」
「なるほどなぁ。なんか暇そうに思えるな。4日間船で川を下った経験からすると」
「そうだね。でも、懐に余裕があるうちに乗っておきたいと思ったんだよ」
「でも今は乗れそうにない」
「行っても帰ってくることになるだろうね。しかも徒歩で往復」
「自己負担はきつすぎるな」
先に進みたいユウとトリスタンにとってちょっと旅行に行って家に戻ってくるような事態はできれば避けたかった。どちらも渋い顔になる。
テーブルに肘を突いた2人はしばらく黙った。旅で右往左往するのは仕方ないが、手戻りはできれば避けたい。
難しい顔に変わったユウが独りごちる。
「せめて仕事があればなぁ」
「運良く荷馬車の護衛なんかがあったらいいよな」
「それはさっき期待できないって言われたじゃない。それよりも、せめてどんな仕事でも良いから、そんなのがあったらまだ行く気になれるんだろうけどな」
「赤字でも?」
「完全に自己負担よりかはましでしょ。目的はトリスタンが海を見ることで、その赤字を少しでも賄えたら儲けものって考えないと」
「なるほどなぁ。だったら、費用の半分くらいを補填できる仕事があったらトレハーの町に行かないか?」
「片道分だけ賄うわけなんだ。冒険者ギルドが出している依頼で何かあるかも」
今までは先に進むため荷馬車の護衛の仕事にこだわっていたが、そうでないのならたまに仕事にありつけることがあることをユウは知っていた。あまり高額な依頼を狙わなければどうにかなると推測する。
「トリスタン、もう1度受付に行って確認してみよう」
「そうだな。でもどんな仕事があるんだろう?」
「聞いてみないとそれはわからないよ」
席から立ち上がったユウが床に置いていた背嚢を背負い直した。すぐに受付カウンター前の列に並ぶ。それほど間を置かずに順番が回ってきた。
受付カウンターに手を突いたユウが受付係に尋ねる。
「さっきトレハーの町に行きたいって言った者ですけど、荷馬車の護衛以外で何かトレハー行きの仕事ってありませんか?」
「こだわるね。何でもいいのかい?」
「とりあえずどんな仕事があるのか聞かないと判断できないですから」
「そりゃそうだ。となると、そうだなぁ。あんたら、文字の読み書きはできるかい?」
「どちらもできますよ」
「珍しいな。だったら大丈夫か。実は、トレハーの町が今海賊のせいで大変なことになっているんだが、今の町の現状を調査してきてほしいんだ。町の全体の様子、海賊の被害状況、物の流れなんかをね。こうもトレハーの町が行き詰まっていては、こっちも商売あがったりだと国王陛下もお嘆きなんだ」
「それは調査だけすれば良いんですよね。危険なことはしなくても」
「ああ、調べるだけでいい。報酬は実費込みで1パーティで銀貨4枚だ」
説明を聞くユウは費用を計算した。トレハーの町までの往復の旅費と町への入場料だけで1人銀貨2枚になる。町全体の様子と伝えられたが、王国からの依頼となると知りたいのは町の中の様子なのは違いない。なので、町の中に入るのは必須だ。そうなると、この調査の仕事では滞在費が丸々赤字となる。
暗算の結果をユウはトリスタンにも伝えた。すると、首を横に傾ける。
「この報酬額だと、誰も引き受けないんじゃないか?」
「たぶん、単体で引き受ける仕事じゃないんだと思う。他の別の仕事のついでなんだよ」
「ついでの仕事か。だったらみんな受けたがるんじゃないのかな」
受付カウンターの前でユウとトリスタンは相談を始めた。すると、受付係が口を挟んでくる。
「そうでもないよ。文字の読み書きなんてほとんどの冒険者ができないからね。ついでの仕事というのは正しいけど」
「調査の期間や羊皮紙の枚数なんかの指定はありますか?」
「どちらもないよ。ただ、内容があんまりにもひどかったら報酬はなしだけどね」
「この仕事、人気ないですよね?」
ユウの問いかけに受付係は肩をすくめた。明らかに冒険者好みではない。
その後、2人は受付係と条件を詰めた。報酬が出るかどうかの境界線をできるだけ正確に見極める。無報酬はさすがに厳しい。
最終的に条件に納得した2人はこの調査の依頼を引き受けることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます