老商売人と家族

 ロクロスの町を出発して6日目の夕方、モーリス商会の隊商はアカムの町に到着した。終わってみれば何事もなく安全に宝物の街道を通ることができたわけだ。


 隊商の最後尾からついてきていた老商売人の荷馬車もアカムの町の郊外に停車した。荷台から降りたユウが白い息を吐きながら隊商長の元へと駆けてゆく。ハーマンの代理人としてだ。礼を述べると早く家に送り届けるよう急かされた。


 再び荷馬車に戻って来たユウは御者台の脇で背伸びしているトリスタンに声をかける。


「挨拶は済ませたよ。町の中に入ろう」


「あと少しだな。任せろ」


 若干疲れた様子のトリスタンが笑顔を見せて再び御者台に乗り込んだ。


 荷馬車の裏手に回ったユウは荷台に乗り込む。トリスタンに声をかけると荷馬車が動き始めた。揺れる荷台の上でハーマンに顔を向ける。


「これから町の中に入ります。もうすぐ家です。家族の皆さんに会えますよ」


「ありがとう! ロクロスの町にいたときは帰れるのか不安だったが、やっと息子たちに会える。この仕事を引き受けてくれたのが、あんたたちで良かった」


「まぁ、こっちも報酬のためにやっていますからね。その点は商売人と同じですよ」


「違いない」


 目を細めたハーマンが弱々しい笑みを浮かべた。この6日間で若干体調が悪化しているものの、今すぐどうなるというわけではない。故郷の町に戻るまで体力が保ったのは幸運と言えるだろう。


 動いていた荷馬車がやがて停車した。御者台側から外を覗くと検問所の列の最後尾である。ここからが地味に長い。


 西日がかなり濃くなった頃にようやく検問所の順番が回ってきた。トリスタンがあらかじめ渡されてた町民の証明書と入場料を番兵に手渡す。許可はすぐに下りた。


 荷馬車が動いて跳ね橋を渡り、次いで城壁をくぐる。すると、風景は町の中一色に変わった。高い建物にたくさんの人々が目に入る。


 通りを1度曲がってしばらくすると荷馬車が停まった。御者台からトリスタンが荷台へと顔を向けてくる。


「着いたぞ!」


「それじゃ家族の方を呼んできますね」


 弱々しくうなずいたハーマンから視線を離したユウが荷台を降りた。荷馬車はハーマン商会という店舗の前に止まっている。中から中年の男が現れた。ハーマンと似ている。


「冒険者のユウです。ロクロスの町からハーマンさんとその荷馬車を届けに来ました」


「親父が帰ってきたのか! どこにいる!?」


「荷駄に作った寝台で寝ていらっしゃいます。こちらへどうぞ」


 荷馬車の後方へとユウが案内するとハーマンの息子は荷台へと上った。そのまま残ったユウは親子の再会を喜ぶ声を耳にする。


 これに釣られてハーマン商会の店の中から人が出てきた。最初は使用人、次いで中年の女おそらく息子の嫁、そして小さな子供もだ。


 中年の女に近づいたユウは名乗ると事情を説明した。女は目を丸くするが、その驚きをあえて無視して荷馬車や中の荷物などについて後のことを頼む。衝撃から完全に立ち直らないまま女は承知した。


 その間にトリスタンがやって来る。


「ユウ、この荷馬車はどうしたらいいんだ?」


「後はお店の人がやってくれるから、僕たちはここまでで良いんだよ。後は自分の荷物を持ち出して、報酬をもらって終わりだね」


「そっか。それじゃ、荷物を取り出すとしますか」


「うん、そうだね」


 相棒の意見に賛成したユウは荷馬車の後方へと戻ると荷台に上がった。そこではハーマン親子がまだ感動の再会を続けている。


「ハーマンさん、再会を喜んでいるところ悪いんですけど、僕たちはそろそろ引き上げようかと思います」


「おお、そうかそうか。ありがとう。生きて家族と再会できてワシャ嬉しいよ」


「良かったですね」


「ロイド、この2人に報酬の残り銀貨5枚を渡してやってくれ。それと、このユウにワシの名で商人ギルドへの紹介状を書いてやってほしい」


「ええ!? 親父、いいのか?」


「構わん。ロクロスの町でこの依頼を出したとき、間抜けな条件を書いたせいで誰も引き受けてくれなんだ。しかし、この2人はその誤りをわざわざ指摘してくれて、ワシをここまで連れてきてくれたんじゃ。その礼じゃよ」


 目を白黒とさせていた息子のロイドはユウとトリスタンに報酬を手渡すと一旦荷馬車から降りた。そうして店の中へと戻ってゆく。


 その様子を途中まで見送ったユウはハーマンに向き直った。若干困惑した視線を向ける。


「息子さんも言っていましたけど、良いんですか?」


「構わんよ。あんたの旅路の途中までだが、手伝ってやりたくなってな。穀物の街道と宝物の街道沿いの町の商館でなら確実に使える。それで、ワシら商売人と同じ手数料で両替してもらえるし、宝石や貴金属も購入できる」


「ありがとうございます。なんとお礼を言ったら良いか」


「なに、年寄りの死ぬ間際の善行じゃ。受け取ってもらいたい」


 笑顔を向けてくるハーマンにユウは戸惑いながらも何とか礼を述べた。


 その直後、使用人が入ってきて、荷馬車を店舗の中に入れることを告げてくる。ユウは承知するとトリスタンの荷物を当人に渡してから自分の荷物を持って荷馬車の外に出た。


 御者台に回った使用人が馬に鞭を入れる。すると、荷馬車がハーマン商会の停車場に入って行った。


 それを見送っていると店内から息子のロイドがやって来る。そして、封筒に入った紹介状を手渡してくれた。そのときに父親を送り届けてくれたことを感謝される。


 紹介状を手にしたユウはこの依頼を引き受けて良かったと思えた。




 首尾良く依頼を完遂させたユウとトリスタンは上機嫌で町の中を歩いていた。往来する町民の中には眉をひそめる者もいるが今は気にならない。


 笑顔のユウにトリスタンが顔を向ける。


「やっと終わったな」


「そうだね。あの家族の嬉しそうな顔を見ることができて良かったよ」


「報酬も充分にもらったしな。そういえば、最後に商人ギルドの紹介状ってやつをもらったんだよな。何に使えるんだい?」


「商人ギルドの提供している制度を商売人と同じかそれに近い水準で使えるんだよ。今の僕たちだと貨幣の両替か宝石や貴金属の購入かな」


「ユウは今どっちかする必要はあるのか?」


「僕は、今はないかな。1枚だけ持っていたマグニファ金貨はロクロスの町で使ってなくなったし、今はこの国の貨幣を持っているから」


「リトラの貨幣だよな。これってどの辺りまで使えるんだっけ?」


「宝物の街道と穀物の街道ではずっと使えるってハーマンさんから聞いたよ」


「マグニファの金貨と銀貨は?」


「宝物の街道沿いなら使えるから、トレハーの町は大丈夫だね。でも、穀物の街道だとアカムの町より東側では使えなかったはず」


 教わった知識と照らし合わせてユウはしゃべった。大半を砂金に変えている上に手持ちはリトラ王国の貨幣がほとんどなので今は商人ギルドに用はない。あまり手持ちの貨幣を減らしすぎると日々の生活で困るので今の状態が最も安定していた。


 気楽な態度で質問に答えたユウだったが、トリスタンが真剣な表情を見せていることに気付く。


「どうしたの?」


「俺の持っている貨幣はほとんどがマグニファのだからまずいなと思って。今回報酬でもらったリトラの貨幣はそのまま持っておくとして、マグニファの金貨と銀貨を何とかしたいんだ」


「だったら、今から商人ギルドに行く? 僕が紹介状を持っているから取り引きしてくれるはずだよ」


「いいのか? ありがとう!」


 次第に暗くなっていく中、ユウとトリスタンは商館へと向かった。あの手の施設は大抵中央広場に面した場所にあるので見つからないということはない。


 すぐに見つけた商館に入った2人は使用人に紹介状を見せて商売人との面会を要求した。最初は胡散臭そうな目を向けていた使用人も紹介状が本物だと知って目を見開く。


 面会した商売人は面倒そうな顔を向けてきた。もうすぐ仕事が終わるという時間に貧民に等しい冒険者がやって来たのだから町民としては当然だ。しかし、紹介状を書いた人物が同じ町の商売人と知って目を丸くし、更には宝石を買いたいと申し出てきたのだから一層口を大きく開けた。


 差し出された金貨と銀貨を見た商売人は小さく首を横に振る。


「こんなまとまった金、どうやって稼いだんだ?」


「色々と伝手があったんですよ」


 若干得意気にトリスタンが商売人に言ってのけた。


 尚も納得できなさそうな表情を浮かべる商売人だったが、紹介状と貨幣が本物であるのならば取り引きは拒否できない。目の前の冒険者の要求通り商売人と同じように宝石の売買を成立させる。


 かくしてユウとトリスタンは紹介状を使うことで取り引きすることに成功した。これでこれからも長旅を安心して続けることができる。


 用が済んだ2人は商館から去った。

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