港町に向かう最適解(後)

 トラドの町の冒険者ギルド城外支所で東に進むことが難しいことを知ったユウとトリスタンは歩く以外の方法がないか探った。そこでユウは船を使うことを思い付き、船舶関係者から船賃について教えてもらう。


 トレハーの町近辺に海賊が出没するため船では向かえないことを知って2人は驚いたが、とりあえずアカムの町まで進む経路を考えた。このとき、ユウは船を使った方が良さそうだとトリスタンに告げる。


「トリスタン、まず徒歩で約3週間かけてアカムの町まで行くときの費用なんだけど、これを渡し船の料金と旅費に分けるんだ。すると、渡し船の料金は銀貨2枚、旅費は銅貨43枚になるよね」


「43枚、具体的な数字だな。でも、旅費は大体そんなものだよな。俺の感覚でもそのくらいだ」


「そうでしょ。で、ここで重要なのは渡し船の料金が銀貨2枚っていうところなんだ。思い出してほしいんだけども、ロクロスの町までの船賃なんだけど4日間でいくらだっけ?」


「銀貨2枚、あれ? 渡し船の料金と同じ?」


「その通り。トラドの町から穀物の街道を使ってアカムの町まで行く場合、岩雨の川を2回渡らないといけないから、実は隣町まで船で行くのと同じ料金がかかるんだ」


「なんてことだ。そうなると、後はどのくらい日数がかかるかってことだから、これが短いほど旅費が少なくなるってことか」


「実際の計算はもうちょっと複雑だけど、基本的な考え方はそれで良いよ」


「だったら、ここからアカムの町まで船で行ったら7日間で銀貨4枚で、1週間分の食料分しか費用はかからないわけか」


「寝床は船で宿の代金は船賃込みみたいだからそう考えて良いと思う。で、必要な金額は全部で銅貨換算だと92枚くらいになる。歩くときの1.1倍くらいだね。これで更に盗賊や追い剥ぎに襲われる心配をしなくても良いわけだよ」


「歩くときとほとんど費用が変わらないじゃないか! 信じられない」


 半ば呆然とした表情でトリスタンが首を横に振った。


 船を使った旅は徒歩に比べて何倍もするというのが一般的な常識だ。しかし、河川を利用すると特に下りの場合は速度が出る。これによる時間の短縮は見落とされがちだった。特に今回は渡し船の料金が発生するので尚のこと特殊なのである。


「他にも、ロクロスの町で船を降りて、そこからアカムの町まで歩く方法もあるんだ」


「なんか面倒そうな方法だな。いや、穀物の街道を歩くよりはましなんだろうけど」


「この場合だと、4日間の船旅と6日間の徒歩の旅で合計銅貨60枚くらいで済むんだ」


「いや待てその計算はおかしくないか? なんで約3週間歩くよりも安くなるんだよ?」


「4日間の船旅は船賃で銀貨2枚、干し肉と水袋が銅貨7枚分かかって、6日間の徒歩の旅の方は干し肉、水袋、宿代全部で銅貨13枚くらいだからかな」


「船を使った方が安いのか。歩きっぱなしの方は渡し船を2回使う分だけ高くなっているにしろ、これは思い付きもしなかった」


「ロクロスの町から歩く場合は安全の問題があるけど、うまく荷馬車の護衛の仕事にありつけたら解決するね。あ、この場合だと報酬をもらえる分だけかかる費用は更に下がるかな」


「ああもうわからなくなってきた」


「結果だけ見ると、穀物の街道を使った徒歩の旅は約3週間かかって銅貨83枚が必要で、アカムの町まで船を使うなら1週間かかって銅貨92枚くらい必要で、最後にロクロスの町で徒歩に切り替えるなら10日間かかって銅貨60枚くらいで済むってことだよ」


 結論を聞いたトリスタンがため息をつきながら大きく首を横に振った。しばらく落ち着きなく動いてから再びユウに顔を向ける。


「最初は3週間かけて歩くしかないって思っていたけど、ユウの話を聞いたらあり得なくなったな。船を使った方が絶対にいい。なんか話がうますぎて詐欺に思えるくらいだ」


「僕が自分も一緒に騙す理由があるのならそうかもしれないね」


「文字の読み書きができないと損をするっていうことは知っていたけれど、算術も使いこなせないと大変なことになるな」


「川を上るとなると日数がかかるからこんなにうまくいかないだろうけど、この辺りから川を下るのなら船を使った方が良いと思う」


「そうなると後は速さを取るか安さを取るかだな」


「安全もね。ロクロスの町から荷馬車の護衛の仕事が取れないと盗賊や追い剥ぎに遭う危険は増すから」


「ユウ、それってさ、ロクロスの町で仕事が見つからなかったらまた船を使ったらいいんじゃないか?」


「それでも良いと思うよ。安全と速度を優先するならまた船に乗るのもありだね」


「だったらとりあえず船でロクロスの町まで行こうじゃないか。ここでじっとしている理由なんてないしな」


「わかった。それなら今から船長と交渉しよう」


「さっきの奴が乗る船以外の船長とな」


 にやりと笑いかけるトリスタンにユウが苦笑いした。確かに先程の態度に良い印象はない。なのでトリスタンの提案に反対はしなかった。


 倉庫街の端から再び船着き場に戻ったユウとトリスタンは輸送船の船長との交渉を始める。船賃は固定で乗り込んだときの待遇も大差ないのなら交渉することもほとんどない。できるだけ早く出発する船を探す。


 その結果、2人は明日の朝に出発する輸送船の船長と話をまとめた。日の出と共に出発するのでそれまでにやって来るよう告げられる。


 次の旅のための準備が終わった2人は空いた時間を町の見物に費やした。とは言っても見るべきものはあまりなく、昼過ぎからは木の棒を使った模擬試合に興じる。それはそれでどちらも楽しんだ。




 翌朝、二の刻の鐘が鳴ると同時に起きたユウとトリスタンは出発の準備を整えるとすぐに安宿を出た。船の場合、乗りそびれるとどう頑張っても追いつけないからだ。


 月齢はほぼ満月なので曇っていなければある程度は視界が利く。今朝は幸い雲が少ないので松明たいまつなしでも歩けた。


 2人が乗り込む帆船にたどり着くとちらほらと船に乗り込む船夫を見かける。何人かはふらついていたり頭を抱えていたりしていた。それに紛れて船上に上がると船には既に荷物が積み込まれているのが見える。


 自分たちの脇を往来する船夫に船長の居場所を尋ねてそちらへと向かった。既に部下へと指示を出していた船長に挨拶をすると気持ちの良い返事がある。船賃を手渡すと、仕事の邪魔をしなければ船上のどこにいても良いと告げられた。


 次第に周囲が明るくなる中、白い息を吐きながら2人は船上をゆっくりと歩く。


「ついに船に乗ったね。渡し船は何度かあるけど、こういう船は初めてだなぁ」


「俺は船そのものが初めてだよ。床が揺れているっていうのは落ち着かないな」


「そこは慣れるしかないよね。僕も揺れが強くなると立っていられなくなると思うけど」


「乗馬ならできるんだけどな」


「え、そうなの?」


「ああ、これも剣術と同じで家が没落する前に習っていたんだ」


「トリスタンって騎士になりたかったの?」


「いや、貴族のたしなみってやつだよ。今思うとやっていて本当に良かったと思う」


 2人が乗り込んだ船は輸送船なので船上の大半は木箱などの荷物が置かれている。かろうじて船のへりに人が通れるくらいの通路があるくらいだ。船夫の邪魔にならないようそこを通って2人は船首に出た。一気に背後以外の視界が良くなる。


 夜明け前の薄明かりが周囲の様子を2人に見せた。石造りの桟橋に係留された輸送船上で船夫たちが出港の準備に終われている。


 他愛ない雑談を2人がしていると、東の空から太陽がその姿を現した。直視すると目がくらむその輝きで何もかもが一気に鮮明となる。


 そのとき、船尾から船長の声が上がった。少しの間を置いて船が動き出す。帆が緩やかに膨らんだ。わずかずつ船着き場から離れていった。


 冬の朝なのでそよ風とはいえ正面から浴びると寒い。ユウは外套で身をつつむ。


「寒いね」


「遮る物がないからだろう。これは落ちたら溺れ死ぬ前に凍え死にそうだ」


「それは怖いな。それにしても、船から見る景色って珍しいから飽きないんだよね」


「4日間も見続けたらさすがに飽きそうなきもするけどな」


「同じ景色ばっかりだったらね。ロクロスの町まではどうなんだろうなぁ」


「途中で盗賊たちが川岸までやってきて、悔しがる姿を見られるかもしれないぞ」


「いつも苦労させられてばかりいたから、その姿はちょっと見たいかな」


 獲物を求めてさまよう盗賊たちが川岸に並んで船に罵声を浴びせる姿を想像したユウは笑った。船には弓矢対策の防板も取り付けられているので、船夫たちは簡単に攻撃は受けない。荷馬車の護衛のときとは違って今は客扱いなので気分が楽である。


 緩やかに進む船の先で2人はのんびりと景色を楽しんだ。

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