港町に向かう最適解(前)

 戦争するためにやって来た傭兵と食事をした翌朝、三の刻の鐘が鳴った後にユウとトリスタンはトラドの町の冒険者ギルド城外支所に足を踏み入れた。ロードズの町のときと同じく、建物の規模の割に冒険者の数が多い。


 長い行列に並んでようやく受付カウンターにたどり着いた2人は、忙しそうに書類に何かを書き込んでいる受付係に出迎えられる。


「はい、お次の方どうぞ~」


「トレハーの町まで行きたいので相談したいんですが」


「トレハー? あの港町ですね。はいそれでどんな相談ですか?」


「最初はこのまま宝物の街道に沿って向かおうとしたんですけど、ここからロクロスの町の間って危ないって聞いたんです。何でも雪解けの季節以外は月に1度だけしか荷馬車を走らせていないとか」


「ええそうですよ。盗賊が多いんで、かなりの大集団で向かわないと危ないんです」


「その1度の交易のときに雇われる冒険者というのは、地元の冒険者以外でもなれる方法はありますか?」


「そういうのはやってないですね。例外を作ると決まりが崩れちゃうんで」


「歩いて行くのも自殺行為と聞いてますが」


「たまに向こう見ずな行商人や何も知らない旅人がまとまってロクロスの町へ行こうとするらしいですけど、ロクロスの町に着いたという話は聞きませんね」


 月に一度ロクロスの町に向かう荷馬車の集団の商売人がもたらす話だった。もちろんロクロスの町から出発する人々もたまにいるが、トラドの町に着いた者を見たという者はいないことも受付係が付け加える。


 やっと書類仕事に一段落着いた受付係がユウに顔を向けた。少し疲れた表情をしている。


「この町から東の宝物の街道は危ないんで、利用するのは止めた方がいいですよ。今の時期なら穀物の街道を使った方がいいですね」


「ファーラン市へ行く荷馬車の護衛の仕事はありますか?」


「それは傭兵の仕事なんで冒険者はできないですね。グリアル王国は安定しているので、あちら側だと街道上の仕事はほとんど傭兵になるはずです」


「昨晩オレヴァ連合王国から来た傭兵と話をしたんですけど、あの国から戦いに来たそうです。グリアル王国の傭兵も同じように北の戦場にみんな行っちゃっていないんですか?」


「傭兵の事情はこちらではわからないですよ。ただ、現にファーラン市行きの荷馬車の護衛の依頼がうちに来ていないですから、グリアル王国の傭兵はあまり動いていないんじゃないですかね」


 淡々と言い返されたユウは渋い顔をして黙った。少しずつ細かい情報を集まってきているものの、それが指し示すのは暗い状況ばかりだ。


 これまで数人から聞いた話をまとめると、宝物の街道を使うのは事実上不可能である。北のロクワットの町方面は戦争中なので論外として、南のファーラン市方面を選ぶと自腹で徒歩しか手段がない。仮に様々な例外を除いて最も単純な計算をした場合、トラドの町からファーラン市とダントの町を経由してアカムの町まで歩いたとすると約3週間かかる。トラドの町の物価で計算したとすると、1日3食を干し肉、水代と宿代を合わせて銅貨43枚程度だ。これに岩雨の川を渡る渡し船の料金を加えると銅貨換算で合計83枚になる。2回渡るので銀貨2枚もかかるのだ。


 懐具合を考えると痛い出費だが耐えられる金額だ。それはトリスタンも同様である。約3週間という時間も問題ない。そもそも旅路を急いでいるわけではないからだ。そうなると残るは安全である。これだけの期間歩き続けてずっと無事でいられるか。グリアル王国が比較的安定している国であることを差し引いても不安は残る。盗賊や追い剥ぎはどこにでもいるからだ。


 じっと考え込んでいるユウに対してトリスタンが声をかける。


「ユウ、一旦ここから離れないか? ちょっと色々と考える必要がありそうだから」


「そうだね。ありがとうございました」


「はいはい。それじゃお次の方どうぞ~」


 受付係の声を背に受けながらユウはトリスタンと共に踵を返した。そのまま城外支所の建物を出る。


 日は少しずつ高くなってきているものの、それでもまだ寒い。わずかに白い息を吐きながらトリスタンがユウに顔を向ける。


「ユウ、このままだと川を渡って穀物の街道を歩くことになるんだよな」


「そうだね。3週間くらいで銅貨80枚以上かかるはずだよ」


「銀貨4枚!? どうしてそんなにかかるんだよ? 干し肉ばっかり食べていたらもっと安くなるだろう」


「岩雨の川を2回渡らないといけないからだよ。渡し船の料金は銀貨1枚でしょ」


「しまった、見落としていたな」


「しかもこれ、1日3食干し肉でずっと安宿に泊まる場合だよ。町ごとに夕飯を酒場で食べると更に銅貨数枚は増えるから」


「う~ん。何て言うか、本当に移動しているだけだな、そうなると」


「しかも徒歩だから、盗賊や追い剥ぎに狙われる可能性が護衛のときより高いんだ」


「厳しいな。東に行くのは諦めて、王都の西へ行くか?」


「それも手段の1つではあるけど、他に何か別の良い方法がないか探そうと思う」


「あてはあるのか?」


「あてというより、まだ充分検討していない手段が1つあるから、まずはそれを調べてみようと思う」


「そんな手段なんてあったか?」


「船だよ。前に聞いたときは川下りだと4日で銀貨2枚だったけど、ここから先はどうか聞いてみようと思うんだ」


「あれかぁ。それはいいが、あれが徒歩よりも安くなるとは思えないんだがなぁ」


 ユウの提案にトリスタンは首をかしげた。しかし、他に良い方法も思い付かないので従う。


 2人は城壁で囲まれたトラドの町の南側にある倉庫街を抜けた。その先にはロードズの町と似た石造りの船着き場がある。石畳の上を船夫が声を上げて歩き、人足が木箱を運び回っている間を通り抜け、船主らしき男に近づいた。


 木箱を運び出す人足の様子を眺めている男にユウは話しかける。


「船に乗せてもらうときの料金なんかを教えてほしいんですけど」


「どこの町まで行きたいかで船賃は変わるぞ」


「僕たち、トレハーの町まで行きたいんです」


「トレハーは今無理だ。海賊が出て危ねぇんだよ」


「えぇ? 海賊って山賊とか盗賊みたいなものですよね。それが港町を襲うんですか?」


「いや、町そのものを襲うんじゃなくて、岩雨の川を少し遡ってオレたちが乗るような船を襲って来やがるんだよ」


 忌々しそうに船主らしい男が顔をしかめた。ユウに不機嫌そうな目を向けてくる。


 出鼻をくじかれたユウは困惑した。まさか目的地が危険な状態になっているとは予想外だ。それでも必要な知識を得ようと更に男へと話しかける。


「でしたら、ロクロスの町かアカムの町までならいくらになりますか?」


「ロクロスまでなら4日で銀貨2枚、アカムまでなら7日で銀貨4枚だ」


「アカムの町まで銀貨3枚と銅貨10枚じゃないんですか」


「銀貨4枚だ。イヤなら乗らなきゃいい。ああ、ついでに言っとくが、寝床はこっちで用意してやるが、メシは自分で持ってこいよ」


 小馬鹿にするような調子で言い放った男は腕を組んでユウに対峙した。


 とりあえず必要なことを聞き出せたユウはトリスタンを伴ってその場を離れる。船着き場を離れて倉庫街の端まで戻って来た。


 足を止めたユウがトリスタンに顔を向ける。


「とりあえず、必要なことは聞き出せたから一旦話を整理しよう」


「それはいいけど、まさかトレハーの町近辺が大変なことになっているとはなぁ」


「あれには僕も驚いたよ。こうなると、港町に行くのは一旦諦めて、東へと進むのを優先した方が良いかもしれないね」


「海は東にありそうだから、そのうち港町に着くかもしれないってことか?」


「うん。宝物の街道以外の町についてはまだ充分に聞いて回っていないけど、たぶんそのうち港町に着くはずだと思うんだ」


「そりゃいつかはたどり着くんだろうけど」


「それとも、何としてもトレハーの町に行く?」


「海を見てみたいとは言ったけど、さすがにそこまで危険を冒してはなぁ」


「だったら当面はアカムの町まで行くのを目標にしようよ。そこで最終的な判断を下せば良いと思う」


「それでいいと思うよ。問題はどうやって行くかだが。穀物の街道を使ってアカムの町まで歩くと3週間くらいかかるんだよな。しかも費用が銅貨で80枚以上だっけ? 渡し船を2回も使わなきゃいけないってのがきついよな」


「渡し船の料金のせいで費用が倍になるんだから泣けてくるよ。でも、さっき船賃を聞いて何とかなるかもしれないって思えたんだ」


「本当かよ?」


 明るく説明するユウに対してトリスタンが訝しげな表情を向けた。銀貨2枚や4枚も支払った上でどうにかなると想像できない様子だ。


 そんなトリスタンにユウは笑顔を向ける。自分の考えに自信があるようだ。

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