戦争に近い町

 ロードズの町から8日間かけてユウとトリスタンの所属する荷馬車の集団はトラドの町にたどり着いた。街道を逸れて荷馬車の一団が原っぱに移って停まってゆく。


 乗っている荷馬車が揺れなくなると、ユウとトリスタンは荷台から降りた。昨晩からずっと狭苦しい思いをしてきたので思い切り背伸びをして開放感を味わう。このときばかりは冬の寒さも心地よく感じられた。


 ひとしきり体を伸ばすと2人は自分の背嚢はいのうを背負う。わずかに具合を確かめ終わると揃って荷馬車の前方へと向かった。


 既に御者台から降りて馬の世話をしているジョージにユウが声をかける。


「ジョージさん、トラドの町に着きましたね」


「何事もなくて良かったよ。いや、ドナルドの荷馬車がダメになったが、盗賊や獣に襲われなくて一安心だ」


「それじゃ報酬をください」


「これがあんたらの報酬だ。確認してくれ」


「確かにありますね。ありがとうございます。あのドナルドさんの木箱ってこれからどうなるんですか?」


「そのうち本人が引き取りに来るだろう。そうじゃなかったら、指定された場所に置いていくよ。まぁ、大したことじゃない」


「そうですか。それじゃ、僕たちはこれで失礼します」


 無事契約が終わったユウはトリスタンと共に笑顔で商売人のジョージと別れた。西日が強くなる中、郊外からトラドの町へと近づく。


 交易の町という意味ではロードズと同じトラドだが、この町は東西に走る宝物の街道だけでなく、南北に走る小岩の街道の通り道でもあった。そのため、大岩産の鉱石や終わりなき魔窟エンドレスダンジョン産の魔法の道具だけでなく、グリアル王国産の穀物や遠方の品も扱っている異国の香りが漂う町だ。


 本来ならば東西南北の交流の拠点として栄えている町なのだが、今は様子が違う。小岩の街道を北に進んだ先にあるロクワットの町を巡ってマグニファ王国とウォード王国が戦争をしているのだ。そのため、現在は交易の経路として小岩の街道が機能していない。


 それではトラドの町はさぞかし不景気なのではと言えばそうでもなかった。というのも、マグニファ王国が多くの物資を買い集めているのと多数の傭兵を雇い入れているため、戦争特需に沸いているのだ。


 町に近づくにつれて周囲の人通りは増えていき、歓楽街に入ると傭兵、冒険者、商売人、行商人、人足の姿が更に多くなる。


 歩きながら首を鳴らすトリスタンが大きく息を吐き出した。それからユウに顔を向ける。


「すごいな、ロードズの町よりも活気があるんじゃないのか?」


「ジョージさんからも聞いていたけど、これ全部が戦争のおかげなのかな?」


「そうなんだろうな。それにしてもすごい、この辺りの活気だけ見たら王都と変わらないじゃないか」


 頭を巡らせて周囲の様子を眺める2人はその盛況ぶりにひたすら感心した。しかし、仕事が終わった直後である。腹の虫が欲求を満たすよう主張し始める。


 自分たちの現状を思い出した2人は酒場を探した。どこの店に入ろうかと迷い、1軒の古びた石造りの店舗に入る。騒がしさに比例して繁盛しており、席の大半が埋まっていた。暖かい店内を見渡したユウが困ったという表情を浮かべる。


「カウンター席は空いていないね。テーブルなら1つ空いているけど」


「他の店も似たり寄ったりだろうしな。あのテーブル席に座ろうぜ」


 トリスタンに促されたユウはうなずいた。空いているテーブルに向かって席に座る。近くを通り過ぎようとした給仕女を目にすると声をかけた。トリスタン共々注文を告げる。


「やっと夕飯にありつけるね」


「俺はもう腹が空いて仕方ないよ。早く食べたい」


「お二人さん、相席いいかい?」


 雑談をして料理と酒がやって来るのを待っていたユウとトリスタンは声をかけられた。声の主へと顔を向けると武装した男が1人立っている。一見すると冒険者のように見えるが雰囲気が違った。ユウはこの雰囲気を知っている。恐らく傭兵だろうと予想した。


 一瞬トリスタンと目を合わせたユウだったが、すぐに立っている男に再び目を向ける。


「どうぞ。空いている席がないですもんね」


「そーなんだ! どの店もいっぱいでさ。まだ日も暮れてねぇのにすっかり出遅れちまった感じなんだよな。大した賑わいじゃねぇか、この町はよ」


「そうですね。僕はユウ、冒険者で、隣がパーティメンバーのトリスタンです」


「やっぱり冒険者だったのか。そんな感じがしたんだよな。オレはヒューゴー、見ての通り傭兵さ」


「傭兵も大抵は誰かしらと一緒に行動することが多いと思うんですが、1人って珍しいですね?」


「仲のいいダチは作業の当番で今は仕事中なんだ。オレがメシを食い終わったら交代することになってるんだよ」


 肩をすくめたヒューゴーに対してユウが返事をしようとした。しかし、そこで給仕女が2人連れだってトリスタンの注文分も一緒に料理と酒を運んできてくれる。ヒューゴーはその1人に声をかけて自分の注文を頼んだ。


 自分の木製のジョッキを手にしたユウはそれに口を付ける。久しぶりのエールだ。体に染み込む。


 一息ついたユウはちらりとヒューゴーを見ると自分を見ていることに気付いた。あちらはまだ注文した品が届いていないことを思い出す。そこで、肉の盛り合わせの入った皿を少しヒューゴーへと寄せた。ほぼ同時に話しかける。


「エールが来るまで手持ち無沙汰でしょうからどうですか?」


「お、悪いねぇ。腹が減ってしょーがねぇんだ」


「こっちはさすがに無理ですけど」


「それは我慢するさ」


 にやりと笑うヒューゴーに対して軽く持ち上げた木製のジョッキをユウはテーブルに置いた。次いで黒パンをちぎって魚入りスープにひたす。


 いきなり現れたヒューゴーに驚いたユウだったが、幸い穏やかに接することができた。こうなると後は飲んで食べて話すだけだ。


 スープにひたした黒パンを口に入れたユウに代わって、トリスタンがヒューゴーに話しかける。


「ヒューゴーはどこから来たんだ?」


「オレヴァ連合王国のファーケイトっていう町からだ。前はあそこで盗賊討伐をしてたんだが、こっちででっかい戦争をしてるって隊長が聞きつけてやって来たんだよ」


「オレヴァ連合王国って鉱石の川沿いの国だったはず。結構遠いところから来たんだな」


「おうよ。一旦イーストア市まで戻って鉱石の川を渡ってウェストア市に移ってから、岩塩の街道南に向かってロクロスの町から宝物の街道を歩いて来たのさ」


「近場に戦場はなかったのか?」


「小競り合い程度ならあるけどよ、どうせなら派手にやりてぇじゃねぇか。それに、オレのいる傭兵隊は100人程度だからな。あんまり小さい仕事じゃ全員が食っていけねぇんだわ」


「ある程度の規模が必要ってことか」


「そういうこった。お、来た来た!」


 女給仕により運ばれてきた料理と酒を目にしたヒューゴーが嬉しそうに叫んだ。すぐに木製のジョッキを手にして傾ける。


 その様子を見ながらユウはヒューゴーの言葉を思い返していた。試しに尋ねてみる。


「ヒューゴー、今ロクロスの町から宝物の街道を歩いて来たって言ったよね。あの辺りは今特に危ないって聞いたことがあるんだけど、そんなことなかったのかな?」


「そういや、オレたちが歩いてるときは1度も誰かとすれ違わなかったな。そんなに危険なところだったのか?」


「僕はそう聞いたんだ。雪解けの季節以外は月に1度、大きな集団で往復するだけだって。盗賊がたくさん出るらしいよ」


「へぇ、そうなんだ。まぁでも、危ねぇ理由が盗賊だけってんなら、オレたちは平気だな」


「どうして?」


「オレたちゃ傭兵だぜ? 戦うのが専門の集団だ。そんな連中をいっぺんに100人も相手にしようって盗賊はめったにいねぇだろうよ」


 危険なはずの街道で襲われなかった理由を聞いたユウは呆然とした。言われてみればその通りだ。しかも商売人と違って金目の物をそれほど持っているわけでもない。せいぜい武具や衣服とわずかな持ち物くらいだ。それで命の危険が跳ね上がることを認められる者は盗賊でも少ないだろう。


 その後はトリスタンも交えてマグニファ王国とウォード王国の戦争についての話となった。これから戦場へと向かうところなのでヒューゴーが直接知っていることはなかったが、それでも傭兵仲間から聞く噂話はしてくれる。


 それによると、マグニファ王国は野戦で勝ってからにロクワットの町を包囲しているらしいが、まだ落とせていないらしい。また、周辺地域の制圧も同時に進めているが散発的な抵抗あるという。そして、この周辺の制圧に冒険者を使っていることもわかった。


 突然の相席者がもたらした話に驚きつつも、ユウとトリスタンはヒューゴーとの食事を楽しむ。その相席は六の刻の鐘が鳴るまで続いた。

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