問題が起きたときの対処
今回の雇い主である商売人ジョージとの約束の日がやって来た。
準備を済ませたユウとトリスタンは日の出前に安宿を出るとロードズの町の東に広がる原っぱを目指す。冬の朝は寒く、吐き出す息は白い。
既に1度ジョージの荷馬車を見ているので2人は雇い主の居場所を間違えることはなかった。馬の世話をしている中年の商売人にに近づく。
2人に気付いたジョージが馬から目を離した。体を反転させて2人に対面する。
「来てくれたか。荷物は昨日積み込んだから、今日出発できるぞ」
「良かった。それじゃ、護衛の仕事をできるんですね」
「おお、本当だ。ちゃんと木箱が積んであるぞ、ユウ」
薄暗い中、トリスタンが御者台越しに荷馬車の荷台へと目を向けていた。声をかけられたユウも釣られて顔を向ける。確かに木箱が積み上げられていた。
そんな2人の様子を笑顔のジョージが見つめる。
「間に合って良かったよ。今日は知り合いと一緒に出発する予定だから、荷物の積み遅れは勘弁してほしかったんだ」
「みんな知り合いでしたら問題なくトラドの町まで行けそうですよね」
「オレもそう思う。出発はもう少し先だ。荷馬車の後ろから荷台に乗ってくれ」
雇い主に言われたとおり、ユウとトリスタンは荷馬車の背後へと回った。外から荷台を覗くと座れる場所がしっかりとある。
「よし! 俺はこっちに座るよ、ユウ」
「それじゃ僕はこっちだね。今回はちゃんと
「幸先いいよな! 今回の仕事もうまくいきそうだ」
自分の背嚢を荷台に積み込みながらユウは苦笑いした。これでトリスタンの機嫌が良くなるのならば安いものだ。
その後再びジョージと会って簡単な打ち合わせをした後は出発まで待つ。一旦荷馬車が動き始めると座りっぱなしなので今は外で立ったままだ。寒い以外言うことはない。
やがて同じ荷馬車の集団に属する商売人からジョージに声がかかった。それを機に3人とも荷馬車に乗り込む。すぐに荷馬車が動き始めた。
雇い主によると今回は8人の商売人が10台の荷馬車を率いているという。ジョージの荷馬車はそのうち中ほどに位置していた。ユウたちが荷台から背後の景色を窺うと後に続く荷馬車が目に入る。
ロードズの町から東に伸びる宝物の街道は岩雨の川に沿っていた。それは終着点の港町であるトレハーの町まで変わらない。雪解けの季節に増水する分を見越しただけ離れてはいるものの、基本的には常に川が見える範囲を進むことになる。
荷馬車の速度は一般的なものと変わらなかった。ユウなどは軍需物資を運んでいるのでもっと急ぐのかと思っていたがそうではないらしいことを知る。
1日目、2日目と荷馬車の旅は順調に進んだ。宿場町や宿駅にたどり着く度に商売人たちが行き先の情報を集めているが、盗賊の来襲や獣の襲撃などの話は今のところない。
護衛を任されているユウとトリスタンはこの間荷馬車に付きっきりだ。昼間はもちろん、夜も荷馬車の見張り番を交代にこなす。ぶつ切りになる睡眠時間のせいで日中はぼんやりとすることも多いが、交代でまとまって眠ることで問題を解決していた。護衛者の知恵だ。
行程の半分を過ぎる頃には2人ともすっかり肩の力を抜いていた。油断しているわけではないが不必要に緊張することもないと実感できたからである。
とある日の夕方、2人は相変わらず荷台で揺られていた。ユウはたまに座り直して平らになった尻をさする。そのとき、御者台のジョージからもうすぐ宿場町に着くと声をかけられた。返事をすると眠っているトリスタンの脚を軽く叩く。
「トリスタン、もうすぐ次の宿場町に着くよ」
「ん、ふぁ、もう夕方か。早いなぁ」
「最初の見張り番は君だから、すぐに夕飯を食べに行ってよ」
「わかってる。そういえば、あと何日でトラドの町に着くんだっけ?」
「確か2日だよ」
「もう6日も進んだのか。これなら残りも問題なさそうだな」
「だと良いね。あ、原っぱに入った」
荷馬車の進行方向が変わり、宝物の街道から原っぱに移るときにひときわ大きな衝撃が荷台を突き上げた。以後は不規則な振動に襲われる。
やがて荷馬車が停まった。ユウとトリスタンは荷台から降りる。大きく背伸びをして冷たい空気を吸い込むと吐き出した。それから前方へと向かう。ジョージも御者台から降りたところだった。
歩きながらユウが雇い主に声をかける。
「ジョージさん、着きましたね」
「ああ、やっとだよ。今晩も頼んだぞ」
「任せてください。トリスタン、それじゃ酒場に行っても良いよ」
「よし、それじゃちょっと行ってくる!」
嬉しそうに応じたトリスタンが踵を返して宿場町の奥へと足を向けた。
その様子をユウとジョージが笑顔で見送る。途中で切り上げるとそれぞれの作業に移った。
『うまく歩けていると思ったときこそ足下を見ろ』ということわざがある。調子の良いときに油断しないようにという意味だ。これはユウの故郷のことわざだが、多少の違いはあっても大抵の地方にこの類いの言葉がある。
荷馬車の集団が宿場町を出発した後、そろそろ昼時の頃合いにそれは起きた。夜の見張り番のせいで寝不足だったユウは昼食時まで眠るのが常だ。昼休憩直前にトリスタンに起こしてもらって目覚めるわけだが、このときはそのトリスタンの様子がおかしかった。
脚を揺すられたユウは目を開けてトリスタンを見て訝しげな表情を浮かべる。
「どうしたの? あれ、もう荷馬車が停まっている?」
「もう飯時直前なんだがちょっと前の様子がおかしいみたいなんだ。ジョージさんから見に行けって言われているぞ」
「わかった。それじゃ見に行ってくるよ。トリスタンはここで待ってて」
完全に目覚めたユウは荷台から降りて集団の前へと進んだ。すると、すぐに集団が停まった理由に出くわす。先頭から3台目の荷馬車の右後輪が完全に脱輪していたのだ。
周囲からも人が集まってきているのでユウは事情を聞いてみた。ある程度聞いて回ったところで一旦ジョージの元へ戻る。
「ジョージさん、ドナルドさんの荷馬車が脱輪していました。かなり傷んでいた荷馬車だったんで、荷物の重さと振動に耐えられなかったんだろうってみんな言っていましたよ」
「あぁ、あいつのなぁ。早く買い替えろって前から言ってたんだがなぁ」
説明を聞いたジョージが頭を横に振った。あの荷馬車の話は前からしていたらしいことをユウは知る。
2人が話し始めた頃にトリスタンも御者台にやって来た。そのまま話に加わる。
「荷馬車が脱輪したんだって? 修理できるのか?」
「難しいらしいよ。車輪の軸が折れちゃってるらしいから」
「それじゃこれからどうするんだ?」
「僕はそこまでわからないよ」
「車輪の修理ができないなら、オレらの荷馬車に荷物を少しずつ載せていくことになるだろうな」
「確か、みんな知り合いなんでしたよね」
「そうだ。こういうときに助け合わないとな。オレも駆け出しの頃に助けてもらったことがあるから尚更に。後で荷物の運び出しを手伝ってもらうことになるだろう」
3人で話をしていると前方から脱輪した荷馬車を護衛していた冒険者がやって来た。雇い主から荷物の一部受け入れを頼みに回るよう頼まれたという。
声をかけられたジョージは快く引き受けた。すぐさまユウとトリスタンに荷物を引き取ってくるよう頼まれた。そのため、木箱を抱えて何往復かすることになる。
持ってきた他の商売人の荷物を荷馬車の後方から入れ始めた2人だが、ここで重要なことに気付いた。自分たちの座る場所がほぼなくなってしまうのだ。雇い主のジョージにこのことを相談したところ、あと少しなので我慢するようにと返答されてしまう。
その結果、前回の護衛のときよりも座る場所が狭くなってしまった。これにはユウも閉口する。トリスタンもうなだれていた。
動き始めた荷台の上で窮屈そうに座るユウがため息をつく。
「夜の見張り番が今夜で最後なのが救いだね」
「まったくだ。俺たちが座っていた場所って、実はこういうときのために空けていたんじゃないか?」
「僕もそんな気がしてきた」
最後の最後で窮屈な思いをすることになったユウは憮然とした。そのままゆっくりと後方に流れてゆく景色を眺める。
そのとき、街道から脇の原っぱに脱輪した荷馬車が捨てられているのがユウの目に入った。そこに徒歩の集団の一部の人々が群がっているのに気付く。残された荷物を物色しているのだ。
それを見たユウは何とも言えない気持ちになる。良くもないが悪くもない行為ではあるものの、荷馬車の行商人からするとこのために後を付けているのではと訝しみたくなる行為だ。
特に何も言うことなく、ユウはその風景を見えなくなるまでじっと眺め続けた。
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