相棒との模擬試合

 船着き場と倉庫街を見て回った翌日、外に出る準備を済ませたユウとトリスタンは安宿の大部屋で向かい合って寝台に座っていた。別に重要な話があるわけではない。今日と明日をどう過ごすか決めかねているのだ。


 微妙な表情を浮かべて黙っていたユウが口を開く。


「ロードズの町の外側は昨日で大体見たよね」


「そうだな。残るは今日と明日なわけだが、何をしようか」


「王都の中を知っているトリスタンからしたら、町の中を見たってねぇ」


「そうなんだよなぁ。どれも縮小版にしか見えないだろうし」


「この空き時間って困るんだよね」


「1人で旅をしていたときはどうしていたんだよ?」


「基本的には余裕のない旅だったから、すぐに仕事を入れて次の町に向かっていたかな。後は疲れ果てて寝ていたとか。たまに空いた日は、鍛錬をしていたかなぁ」


 かつての日々を思い出しながらユウはしゃべった。余裕がないと言えばその通りである。もっとも、余裕を持って旅をしている者など早々にいないので一般的とも言えた。


 そんなユウの過去の経験を聞いたトリスタンは渋い表情を浮かべる。


「そんなものか。でもそういえば、ユウが俺を誘ったのって模擬試合の相手がほしいからっていう理由もあったよな」


「そうだね。この2日間何もないなら、1回やってみる?」


「いいけど、どうやってするんだ? まさか本物の武器を使うわけにもいかないだろう?」


「その辺にある木の棒を使えば良いと思う。前に戦い方を教えていた子たちがそうやって鍛錬していたから」


「なんかすぐに折れそうだな」


「まぁね。ただ、折れないように戦うのも鍛錬のうちだから」


「そういう考え方か」


「あとは、首から上の攻撃を禁止したらとりあえず危険はあまりないと思う。体は鎧を着ていたらそんなに心配しなくても良いだろうし」


「わかった。それじゃまずそれで模擬試合をしてみようか」


 ほぼ思い付きではあるが、ユウとトリスタンはうなずき合うと自分の背嚢はいのうを持って立ち上がった。


 2人が最初に向かったのはロードズの町の北側だった。この辺りには貧民街も歓楽街もなく、宝物の街道を繋げる道があるのみだ。その道を往来する人や荷馬車は多いが、原っぱには人気ひとけがない。


 原っぱに点在する葉の枯れた木の近辺で適当な枝を拾った2人は木の根元に背嚢を降ろした。それから木の枝を何度か振って感触を確かめる。


 両者は対峙すると互いに向き合った。最初にユウが口を開く。


「何か新鮮だね。出会った頃はトリスタンとこんなことをするとは思っていなかったから」


「それは俺も同じだな。でも、お互いの強さがわかるってことはいいことなんじゃないか」


「そうだね。何が得意で何が不得意かは知っておいても損はないと思う」


 言い終わると、ユウとトリスタンはお互いに木の枝を構えた。


 この時点でユウは手にする木の枝を剣に見立てる。本当は槌矛メイスにしたかったのだが、木の枝で殴るように使えば折れてしまう可能性が高いからだ。そうなると、自然に木の枝を剣に見立てざるを得なくなる。この点が厄介なことに気付いた。


 最初に仕掛けたのはトリスタンだ。両者が構えて大して間を置かずに踏み込む。


 左側の胴体に打ち込まれると判断したユウは手にする木の枝で受け流そうとした。しかし、木の枝同士が触れ合った瞬間にトリスタンに木の枝を引っ込められてしまい、触れていた手応えを失う。


 危険を感じたユウはすぐに退いた。その瞬間、一瞬前まで胴体のあった場所に右側から木の枝を打ち込まれる。ユウの胴体とトリスタンの木の枝の先にそれほどの間はない。


 相手の腕が伸びたところをユウは即座に狙う。木の枝の先で右手を軽く叩けば、この模擬試合中はもう右手を使えない。しかし、トリスタンにはすぐに手を引っ込められた。


 少し難しい顔をしたユウがつぶやく。


「うーん、そう簡単にはいかないか」


「危ねぇ! 危うく手に喰らうところだった」


 お互いに攻撃が空ぶったところで一旦下がった両者は再び近づいた。今度はほぼ同時に木の枝を打ち込み、互いのものがぶつかる。再びすぐに木の枝を退くとそこからはどちらも動きが激しくなった。胴、腕、手、そして脚へと、打ち、斬り、突く。


 どちらも決定打は出ないまま攻防は続いたが、終わりは突然だった。何度目かに木の枝同士がぶつかったときにトリスタンの木の枝が折れてしまう。そこで自然と2人とも動きを止めた。


 残念そうな表情を浮かべたトリスタンがつぶやく。


「くそ、いいところだったのにな。やっぱり木の枝は厳しいぜ」


「せめて木剣があれば良かったんだけどね」


「今なら買う金はあるけど、旅をしているから荷物になるんだよなぁ」


「そうだ、冒険者ギルドで貸してもらえないかな。アディの町だと刃を潰したやつがあったんだけど」


「いい考えじゃないか。借りられるんだったら借りよう」


 一度模擬試合をやってから気付いた2人は冒険者ギルドへと足を運んだ。行列で割と待たされてから代表してユウが受付係に相談してみる。


「稽古をしたいんで刃を潰した武器を借りたいんですけど」


「今はやってないんだよ。なくしたり潰したりする連中が多かったからね」


「潰すのはともかく、なくすってどういうことですか?」


「カネに困った連中がなくしたことにしてはした金にしたんだよ。おかげでこっちも新人を育てられなくて困ってるんだ」


 面白くなさそうに受付係が返答した。


 理由を知ったユウとトリスタンは肩を落とす。まさかの理由に言葉も出なかった。


 再び町の北側の原っぱに2人は戻る。そこで背嚢を降ろすと向き合った。ユウは両手を腰に当て、トリスタンは腕組みをする。


「駄目だったね」


「まさかあんな理由で貸し出し制度がなくなっているとはなぁ。で、どうする?」


「結局木の枝で続けるしかないんだろうけど、その前に今度は素手でやってみない?」


「武器なしか。いいぞ、やってみよう」


「急所狙いはなしで」


「わかった。それでいい」


 合意した両者は対峙したまま構えた。どちらも腕を前に出しているのは同じだが、ユウはやや腰を低くしてじっとしているのに対し、トリスタンは小刻みに動いている。


 まずはトリスタンが軽快に近づいて左拳を軽く当ててきた。


 迫る左拳に対してユウは右手で払いながらトリスタンの脚を右足で蹴りつけようとする。しかし、それはあっさりと躱された。


 一度攻防が終わって両者仕切り直しするかに思われたが、トリスタンはすぐに前に出てきてユウに殴りかかる。様子見ではなく完全に攻撃へと切り替えた様子だ。


 一方、ユウは躱しながら何度か下がって立ち止まり、打ち出された右腕を掴んで相手の脚を払って転がした。そして、掴んでいた相手の右腕をそのまま決める。


「いだだだ! 参った参った!」


「なんだか割とあっさりと勝てたね。木の枝を使っていたときはいい勝負だったのに」


「没落する前に剣術を習っていたことがあったから剣には自信があるんだ。でも、素手はほとんど我流だからなぁ」


「そうだったんだ」


「それに、なんだあの動きは。たまに俺の拳を避けるときにぐにゃって体を曲げて避けていただろう。あんな動きができるのか」


「ウィンストンさんに教えてもらった体術だよ。最初は無理矢理体を動かされて手足が裂けるかと思ったけど」


「なんだそれ。怖いな」


 話を聞いても想像できないらしいトリスタンが不可解そうな表情を浮かべた。立ち上がりながら何度か首をひねる。


 ユウ自身も雑に説明している自覚はあるので苦笑いした。あの苦しみは体験しないとわからないので無理に理解は求めない。


 立ち上がったユウがトリスタンに顔を向ける。


「トリスタン、また木の枝を探して武器ありで稽古をする?」


「そうだな。俺はあっちの方がいい。今度はもっと丈夫な枝を見つけるぞ」


「あんまり太いのだと今度は持ちにくくなるよ」


「わかっているさ。だからちょうどいいやつを探すんじゃないか。例えば、ほら、こんなのはどうだ?」


「結構長いね。長剣ロングソードくらい?」


「結構いい感じで握れるぞ。ユウはどれにするんだ?」


「僕は、これかな。うーん、トリスタンの3分の2くらいか。明らかに不利だよね」


「はっはっは、素手であれだけ戦えるんだから、ちょうどいいんじゃないか?」


「理由になっていないよ。だったら、今度は武器を使って素手もありでしようじゃない」


「お、やってやろうじゃないか」


 感じの良い木の枝を手に入れた強きのトリスタンがユウの条件を受け入れた。すぐに対峙して武器を構える。


 その後、2人は休憩を挟みながら木の枝を使ったり素手のみだったりの模擬試合を1日中繰り返した。始めてみるとどちらも楽しくなったようで夢中になる。


 思わぬ楽しい暇潰しを見つけた2人は翌日も進んで模擬試合に励んだ。

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