船着き場と船の運賃

 とりあえず荷馬車の護衛の仕事を得たユウとトリスタンは次の集合の時まで間が空いた。新しい雇い主と一旦別れた後、2人はロードズの町の東門に向かいながら話をする。


「もやもやはちょっと残るけど、仕事のことはとりあえず片付いたね」


「俺はトラドの町の東側の話を聞いて衝撃を受けたよ。街道なのに事実上通れないじゃないか。てっきりたくさん人も荷馬車も往来していると思っていたのに」


「それは僕も思った。でも、岩雨の川が使えるからとりあえず何とかなっているんだね」


「商人や商売人はな。貴族の俺が言うのもなんだけど」


「でもみんな困らないのかなぁ」


「どうなんだろうな。この町だと全然困っていそうにないけど、トラドの町だとまた違うのかもしれない」


「結局行ってみないとわからないんだよね」


 町の東門の近くまでユウとトリスタンが歩いたとき、四の刻の鐘が鳴った。のんびりとした鐘の音が周囲に響き渡る。


 2人は一旦立ち止まってその音を聞いた後、どちらとはなしに互いの顔に目を向けた。そして、先にトリスタンが口を開く。


「昼飯はどうする?」


「僕は干し肉を食べるよ」


「町にいるときくらい、店で食べたらどうなんだい?」


「夕飯は酒場で食べるよ。でも朝と昼は干し肉にしているんだ。路銀のことを考えるとどうしても節約しなきゃって思っちゃうから」


「それを言われると俺も食べづらいな。夜だけかぁ」


 渋い顔をしたトリスタンが絞り出すように愚痴った。ミネルゴ市を出発してから初めての町で初めての昼にまたもや旅の厳しさを知る。


 町の外周を巡っている道と城壁の間は軍事的な理由により建物の建築は禁止になっていた。なので、普段は祭事の開催場や子供の遊び場として利用されている。


 東門から離れた町の城壁近くで背負っていた荷物を降ろした2人はそんな原っぱに座った。遠くではしゃぐ子供の声を聞きながら干し肉を取り出して囓る。冬の吹きさらしのそよ風で冷える体を太陽の日差しで温めながらだ。


 最初に囓った干し肉を飲み込んだトリスタンがユウに顔を向ける。


「3日後まで予定が空いたな」


「お尻が痛いからしばらく馬車は嫌だって言っていたから、ちょうど良いじゃないの」


「でも、暇になるなんてことは考えていなかったよ。とりあえずこれを食べ終わったら、昼から何をする?」


「お金もかけられないとなるとやれることは限られるよね。そうだなぁ、見物くらいかな」


「見物? 町の中にでも入るのか?」


「それだとお金を取られちゃうでしょ。だから町の外をだよ。この町の珍しい所を見て回るんだ」


「町の外って言われると貧民街をまず思い付くが、そこじゃないよな。歓楽街も違うし」


「そういえば、この町って船で商品を運んでいるんだったよね。だったら船着き場に行ってみない? トリスタンって見たことないでしょ」


「確かにないな。うん、1度見ておきたい」


 相棒の賛意を得られたユウは笑顔になった。目的ができたことで食べるのが速くなる。


 昼食を食べ終わるとユウとトリスタンはロードズの町の南門側へと向かった。今いる東門近辺からならばそのまま南に足を向けるだけで良い。


 船着き場は町の南東一帯に広がっていた。岸壁は石材で固められており、川へと突き出ているいくつもの桟橋も同様だ。その桟橋に多数の船が横付けされ、港の石畳の上を船夫が声を上げて歩き、人足が木箱を運び回っている。また、その船着き場の西側、町の南側には倉庫街が広がっていた。ここには多数の荷馬車と人足がひっきりなしにやって来ては去って行く。


 その様子を目の当たりにした2人はしばらく無言で眺めていた。特にトリスタンは目を見開いて圧倒されている様子だ。


 一度ため息をついたトリスタンが口を開く。


「思っていたよりも盛況だな。冒険者ギルド以上じゃないか?」


「たぶん、冒険者ギルドの方がこれの恩恵にあずかっているんじゃないかな。荷馬車の行き来してくれないと仕事にならないんだし」


「なるほどな。王都から持ってきた品物をここで船に積み替えているわけだ」


「宝物の街道で運ぶ軍需物資もここに保管されているのかな? そうなると、ジョージさんの荷物はまだここに届いていないわけなんだ」


「こんなにたくさん荷物があるのになぁ」


「おらどいたどいた! 仕事のジャマだ!」


 のんびりと歩きながら周囲を見ていたユウとトリスタンは荷物を運んでいる人足たちとぶつかりそうになった。辺りは船着き場と倉庫街の境界辺り、この一帯では最も人と物が行き交う場所である。


 謝罪して道を空けた2人は道の脇に寄った。今になって物見気分でふらつき回るのは良くないことに気付く。仕事の邪魔をしてはいけない。


 道の端でトリスタンは船着き場を眺めていた。しばらくはおとなしかったが、突然目を見開いてユウへと顔を向ける。


「そうだ、穀物の街道を歩くっていう案もあったよな。もしそうなったら岩雨の川を渡ることになるんだろうけど、確かあれって金を払う必要があったよな。いくらなんだろう?」


「前に川を渡ったときの料金は知っているけど、ここはまだ聞いたことがないかな。渡し船の所へ行って聞いてみようか」


「渡し船ってのはどれになるんだ?」


「うーんっと、あれじゃないかな。あの船は人だけ乗せているから」


 船着き場を一通り眺めたユウは当たりを付けた。渡し船ならば、人や荷馬車を乗せても荷物だけを載せるということはしないからだ。


 南の端にある石造りの桟橋にはいくつかの小舟が係留されていた。舟を漕ぐ船夫は石畳の上でぼんやりと立っていたり仲間と雑談をしていたりする。


 その中の1人、桟橋の付け根辺りに立っている船夫に2人は近づいた。目を向けてきたその船夫にトリスタンが声をかける。


「ちょっと聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「なんだ?」


「ここって向こう岸に渡るための舟に乗る所なんですよね」


「ああそうだ。ここが渡し船の桟橋だ」


「もし、あちら側に渡ろうとしたら、船賃はいくらになりますか?」


「マグニファ銀貨1枚だ。グリアル銀貨でもいいが」


「うわ、そんなにするんですか?」


「大きな川を渡るということは本来大変なことなんだ。それを簡単に向こう岸へ渡れるようにしてるんだから、このくらいは当然だ」


 真面目な顔で船夫から回答されたトリスタンが呆然とした。1回銅貨20枚分ということなので結構な額である。何しろ荷馬車の護衛5日分だ。かなりの出費である。


 何度か自分で支払ったことのあるユウは驚かなかった。高い金額だとは感じているが、船夫の言い分も理解できるからだ。それよりも、気になったことを耳にしたので尋ねる。


「マグニファ銀貨やグリアル銀貨に限定していますけど、何か理由があるんですか?」


「ここは大きな街道にある町だから、いろんな通貨が使われる。価値が同じならこの町のどこでも使えるが、オレたちは普段使っているマグニファ通貨かグリアル通貨でないとやっぱり使いづらいんだ」


「例えば、生活品を買うなら外国の通貨よりもマグニファ通貨の方が使いやすいっていうことですか?」


「その通りだ」


 船夫は商売人ではないので使う通貨を限っているのだろうとユウは推測した。確かに遠く離れた場所とやり取りするわけでもないのだから、遠方の国の通貨を持っていても仕方がない。


 とりあえず聞きたいことは聞けたユウとトリスタンは桟橋から離れた。それからユウが思い出したかのような表情を浮かべる。


「そうだ、船を使って物を運ぶんだったら、もしかしたら人も乗せてもらえるかもしれない」


「渡し船みたいにか?」


「うん。僕、そういうのを見たことがあるんだ。かなり高かった記憶があるけど。ここではどうなんだろう?」


 気になったユウはトリスタンと共に木箱を積み込んでいる船に近づいた。そして、腕組みをしてその様子を眺めている人物に声をかける。


「この船って人も乗せてもらえるんですか?」


「カネさえ払えばな」


「いくらになるんですか?」


「2日で銀貨1枚だ。例えばここからトラドの町までは4日だから銀貨2枚になるな。川を下るから街道を歩くよりも半分しかかからないうえに、盗賊にも襲われず安全だぞ」


 話を聞いたユウは色々と暗算してみた。徒歩でトラドの町に向かうとすると1日干し肉3食に水1袋、安宿に泊まるとすれば1泊で合計銅貨2枚強だ。8日間ならば銅貨17枚程度になる。あとは速度と安全にどれだけ価値を見出すかだろう。


 今のユウからすると、乗りたいとは思わなかった。少なくともトラドの町まで稼ぐ手段が一応あるのでその出費は抑えたい。ただ、この先条件次第ではありかもとは思えた。確実な危険が目の前にあるのならばやはり避けたい。


 難しい顔をしたユウは黙って考え込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る