隣町までの仕事
宝物の街道についての説明を聞いたユウとトリスタンは旅路が厳しいことを知った。ユウは以前に似たような経験があるのでまだしも、トリスタンは故郷から隣町に歩を進めた途端に蹴躓いたので言葉を失う。
比較的安全そうな穀物の街道は冒険者の仕事がなく、自腹な上に徒歩で進まなければならない。一方、宝物の街道ならば戦争特需のおかげでトラドの町まで荷馬車の護衛の仕事がある。尚、その先のことは行ってみないとわからない。
懐事情を鑑みるならば選択肢はないことは2人とも理解している。単に一度避けた事情に乗りかかるというのが面白くないだけだ。
軍への入隊の誘いを即断で断った2人は再び顔を見合わせた。難しい顔をしているトリスタンの言葉を聞かずに、ユウが受付係に向き直る。
「僕たち2人なんですけど、トラドの町までの荷馬車の護衛の仕事ってありますか?」
「いくつかあるのは確かだね。ロクワットの町近郊の軍の駐屯地までならもっとあるが」
「トラドの町でいいです」
「だったら4つだね。どれも同じだよ」
「僕たち字が読めるんで書類があるなら見せてください」
「珍しいな。これだよ」
受付カウンターに置かれた4枚の羊皮紙をユウとトリスタンが手に取った。いずれも目的地はトラドの町で期間は8日間で報酬は1日マグニファ銅貨4枚と代わり映えしない。違いは依頼主の名前と積み荷くらいだ。
羊皮紙から目を離したユウがトリスタンへと顔を向ける。
「本当にどれも同じだね」
「これだとどれを選んでも変わらなさそうだな」
「あとは雇い主の性格くらいかな。これに問題があると厄介だけど。それは実際に会ってみないとわからないし」
「だったら俺が選んでもいいか?」
「どれにするつもりなの?」
「これ。雑貨類を積んだ荷馬車なんだ。これだったら荷台の座る場所が狭くても、品物をどけられそうだろう?」
「どうかなぁ。まぁいいけど」
荷馬車に積み込まれるときの品物は大抵木箱に入れられていることをユウは知っていた。なので、トリスタンの選んだ理由に首を傾ける。ただ、今回は選ぶ理由は何でも良いので反論はしない。さっさと決めてしまうのが吉なのだ。
羊皮紙を回収したユウが3枚を受付カウンターに置き、トリスタンの選んだ依頼書を受付係に手渡した。代わりに書いてもらった紹介状を受け取る。
当初の目的を果たした2人は紹介状を手に冒険者ギルド城外支所の建物から出た。
最後に受付係から聞いたおおよその場所にユウとトリスタンは向かった。その場所とはロードズの町の東門側の郊外である。
実際に郊外の原っぱに足を踏み入れると、思ったよりも荷馬車の数が多かった。雪解けの季節以外はいつもなら寂しい状態だそうだが、今は戦争特需のおかげで西門側のような活気がある。
「ぼろい幌付きの荷馬車で、半分禿げた頭髪に頬がこけたおじさん、かぁ」
「荷馬車はどれも大抵幌付きでぼろいし、半分禿げた中年も割と多いよな」
周囲に目を向けながらユウとトリスタンは互いに独りごちた。荷馬車も商売人ももちろんよく見るとどれも違うのだが、大雑把な特徴しか伝えてもらえなかったせいで見分けが付きにくい。
これという人物に何人か声をかけて人違いだったこと4人、5人目にしてようやく目当ての商売人ジョージと出会えた。互いに名乗り終えた後、空の荷馬車の御者台にのんびりと座っている中年がユウに目を向ける。
「あんたが冒険者ギルドからやって来た護衛希望者か」
「そうです。これが紹介状です」
「確かに本物だな。条件はもう聞いているのか?」
「目的地はトラドの町で期間は8日間、報酬は1日マグニファ銅貨4枚ですよね」
「オレはロクワットの町近くまでは行かないが、いいんだな?」
「はい。僕たちもトラドの町まで行きたいだけですから」
「なるほどな。あんたら、荷馬車の護衛の経験はあるか?」
「僕は何度もありますよ」
「俺もミネルゴ市からここまで護衛をしてやってきましたよ。だから経験ありです」
「そうか。だったらいいか。あんたらに護衛をやってもらおう」
「やったぜ!」
安心して肩の力を抜いたユウの横でトリスタンが両手を挙げて喜んだ。
そんな2人の様子を見ながら雇い主となったジョージがユウに話しかける。
「出発はとりあえず3日後の予定だ。その日の日の出前までにここに来てくれ」
「とりあえず、ですか? どういうことです?」
「実は、まだ運ぶ荷物を受け取ってないんだ。約束だと昨日積み込むはずだったんだが」
「何があったんです?」
「荷物を置いてあるはずの倉庫屋に行ったが、オレの荷物がまだ届いていないんだ。理由は相手も知らんらしい」
「もし、3日後にも荷物が届いていなかったらどうなるんですか?」
「オレとしてはそのまま待ってほしいが、イヤなら契約を解除してもいい。こっちの責任だしな」
説明を聞いたユウとトリスタンはお互いに目を向け合った。ユウも初めての事態である。
「ユウ、どうする?」
「僕は1日や2日くらいなら待ってもいいかなって思っているけど。トリスタンは生活費って大丈夫?」
「今はまだ。だったら、3日後出発できなかったら2回待とう。それでも駄目だったら契約解消ってことにするかい?」
「それじゃそうしようか。ジョージさん、今のでどうですか?」
「構わんよ。荷物が来ることを祈っておいてくれ」
「あはは、わかりました」
荷物次第といういささか予想外な事態になったものの、2人は首尾良く荷馬車の護衛にありつけた。先を急いでいるのならば別の商売人と交渉するべきだが、今の2人はそうではない。それに、ジョージの性格が真っ当そうなことが何より重要だった。特にユウは1度それで失敗しているのでこの点を重視しているのだ。
護衛の依頼の話はこれで終わった。一旦ジョージと別れようとしたユウだったが、とあることを思い出して踏みとどまる。
「そうだ、つかぬことを聞きますけど、ジョージさんはトラドの町近辺のことはよく知っていますか? 特に宝物の街道沿いについてですが」
「オレは基本的にこことトラドの町ばっかりだなぁ。たまにロクロスの町まで行くこともあるが、あれは雪解けの季節だけだよ。他の時期には行かないね」
「そうですか」
「あんたら、あっち側へ行きたいのか?」
「ええ、トレハーの町を目指しているんです。海を見たくて」
「あんな遠くまでねぇ。宝物の街道沿いに行くのかい。トラドの町から先は別の国だから結構物騒だぞ。オレが行くときもたくさんの仲間と一緒に行くしな」
「国境沿いが危ないんですよね」
「そうだ。どっちの国の官憲も面倒事を起こしたくないもんだから、あの辺りの取り締まりは避けたがるんだ。こっちとしてはしっかり取り締まってほしいんだが」
「今の時期にも荷馬車は通っているんですか?」
「ロクロスの町にか? そりゃ月一で往復してるはずだ」
「だったら、荷馬車の護衛の仕事もあるんですね?」
「あることにはあるが、あれは誰が護衛するか決まっているぞ。トラドの町かロクロスの町の連中にな」
希望を持ちかけたユウはジョージの回答に落胆した。雪解けの季節以外の荷馬車の護衛の仕事は地元出身の冒険者で固められているらしい。雪解けの季節ならば交通量が増えるためその制限は緩和されるそうだが、今のユウたちには関係のない話だ。
脇で話を聞いていたトリスタンも目に見えて肩を落としていた。その姿をちらりと見てからユウがジョージへ更に尋ねる。
「トラドの町からロクロスの町まで歩いて行くっていうのはどうです?」
「死にに行くようなもんだな。悪いこた言わん。やめとけ。今は北の方で戦争をやってるから、その影響であの辺りは例年よりも更に危なくなってるんだ」
「もしかして、傭兵崩れとかも流れ込んでいるとかですか?」
「そういう話も聞くな。どうせ歩くなら、一旦ファーラン市まで行って穀物の街道を行くといい。あそこならそこまで危なくない」
「ああ、そっち側ですかぁ」
のんびりと話をするジョージを見ながらユウは顔を引きつらせた。安全を取るならやはり穀物の街道らしい。ここロードズの町から向かうことができるが、一応契約を結んでしまったので使えない。ジョージの荷物が届かなければ再考の余地はあるが。
金銭面のことを考えるとトラドの町まで荷馬車の護衛をすることは悪くない。しかし、どうやらそこから先はどう頑張っても歩く必要があるようだ。
今のところ、どう考えても旅を続けるのならば身銭を切る必要があるように見える。何か抜け穴があるのかもしれないが、今のところそれはユウとトリスタンにはわからない。
隣に立っているトリスタンは難しい顔をしている。のんびりとした様子のジョージを見るユウも似たような表情をしていた。
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