宝物の街道と岩雨の川

 ロードズの町に到着した翌朝、ユウとトリスタンは安宿の1つで目覚めた。どこにでもあるような石造りの家屋で大部屋型の宿屋だ。


 最初に起きたのはユウである。室内はまだ暗く、蝋燭ろうそくの炎がぼんやりと周辺を照らしていることに気付いた。


 他の宿泊客は大体が起きて旅の準備を始めている。単独の客は黙々と、2人の客は和気藹々と、3人以上の団体は騒がしい。誰もが大部屋を出たり入ったりしている。


 そんな中、ユウは立ち上がって背伸びをした。大きく息を吸い込んでから吐き出し、そして身震いする。年内最後の月に入っただけあってさすがに寒い。


 隣でトリスタンが起きるのにユウは気付いた。顔を向けると寝ぼけ眼をこすっている。


「おはよう」


「ユウか。そうだ、同じ宿に泊まったんだよな」


「荷馬車を除いたら、なにげに初めて同じ宿に泊まったんだよね」


「あー思い出した。俺、そんなこと言っていたな」


「それじゃ僕、先に用を足してくるね。荷物番よろしく」


「おー、行ってこーい」


 雑な手の振り方で送り出されたユウは大部屋を裏手から出た。篝火かがりびの明かりが多数の桶と力む男たちの姿を照らしている。


 手ぶらでこの場にやって来たユウは機嫌良く用を足した。何しろ今の旅路には相棒がいるので毎度荷物を持ち歩く必要がない。こういう些細なところでもユウはパーティを再結成して良かったと感じている。


 大部屋に戻ってきたユウが交代で荷物番を始めた。この頃になるとうっすらと明るくなってきているので手元も見える。それを幸いに背嚢はいのうの中から干し肉を取りだした。寝台に座ってそれを囓る。


 口の中の肉をゆっくりと噛みながらユウは周囲に頭を巡らせた。室内の客の数は少しずつ減ってきている。旅路を急ぐ者ならもう町を出ている頃合いだ。


 大抵は寝台から起き上がって今日の用意をしているが、中にはまだ横になったままの客もいる。出発が遅い、今日は休み、体調不良で起きられないなど理由は様々だ。宿の主人が掃除のために叩き起こす可能性はあるが、客同士で関わることはない。


 裏手からトリスタンが戻って来た。ユウの前の空いている寝台に荷物を移動させて隣に当人が座る。荷物から同じ干し肉を取り出すと端の部分を噛みきった。しばらく噛んだ後、ユウへと話しかける。


「今日は何をするんだ?」


「冒険者ギルドに行って荷馬車の護衛の仕事があるか確認しようと思う」


「宝物の街道をずっと進むんだよな?」


「そうだよ。別に今日いきなり引き受ける必要はなくて、まずはそんな仕事があるか確認するんだ」


「とりあえず仕事の有無を確認するのか。だったら、その前後で宝物の街道について受付係から話を聞かないか? トレハーの町までどうなっているのか教えてもらうんだ」


「なるほど、いいんじゃないかな。何か決定的なことがわかるかもしれないしね」


「そうだろう?」


 自分の提案が受けいられて機嫌が良くなったトリスタンがうなずいた。旨そうに干し肉を囓る。その後は三の刻の鐘が鳴るまで雑談に興じた。




 ロードズの町の冒険者ギルド城外支所は西門側の宝物の街道沿いにある。石造りのしっかりとした建物だが、王都のものに比べると小さい。


 それでも一歩中に入るとなかなかの盛況ぶりだ。多数の冒険者がひしめき合っている。


 室内に入ったユウとトリスタンは小さくとも活気のある雰囲気に目を見張った。しかしそれも長くは続かず、すぐに近くの行列に並んだ。


 周囲を見ながらトリスタンがつぶやく。


「この町の冒険者ギルドは小さくても盛り上がっているな」


「これなら荷馬車の護衛の仕事はありそうだよね」


「俺もそう思う。この様子じゃ、宝物の街道の往来は活発そうだよな」


「後は早く順番が回ってくるのを願うだけだね」


 活況に比べて明らかに冒険者ギルド城外支所の規模が小さい。そのことを不思議に思いつつも2人は順番を待ち続けた。


 かなり待った後、ようやくユウとトリスタンの番が巡って来る。いささか疲れた2人だが受付カウンターの前にやって来ると気を取り直した。


 待っている間に相談して決めたことに従ってトリスタンが受付係に話しかける。


「俺たち、王都からやって来てトレハーの町に行くつもりなんだ。なので、トレハー行きの荷馬車の護衛の仕事を探そうと思っているんだけど、まず宝物の街道の状況を教えてもらえないかな?」


「その様子だと宝物の街道について何も知らないようだな。いいか、ここロードズの町からトレハーの町までは岩雨の川で繋がっているんだが、1年のほとんどはこの川を使って商品や物資は運ばれる。だから、ここからトレハーの町まで直接向かう荷馬車の護衛の仕事はないんだ」


「ええ!? そうなんですか」


「そうなんだよ。唯一の例外は雪解け水で岩雨の川が増水する雪解けの季節だ。この時季は川が使えなから街道が使われる。が、今は冬だから関係ないな」


 脇で話を聞いているユウも驚いた。川が物資の運搬に利用されていることは予想していたが、まさか1年の大半が河川重視だとは思わなかったのだ。


 出だしで躓いたトリスタンは目を見開きながら受付係に尋ねる。


「それじゃ、トレハーの町に行く荷馬車は今はないってことですか?」


「ここから直接向かう荷馬車や隊商はないねぇ。船に比べて割が合わないからな。ただ、隣のトラドの町までなら割とあるぞ」


「どうしてそこだけあるんですか?」


「隣町だから元々取り引きが活発っていうのもあるんだが、今はほら、トラドの北側、ロクワットの町辺りで絶賛戦争中だろ? あれ関連だよ」


「軍需物資の輸送ですか?」


「当たりだ。傭兵は軒並みそっちに集まって仕事に励んでるおかげで、ロクワット近くまでの荷馬車の護衛はほとんどこっちに回ってきてるんだよ。これだったら掃いて捨てるほどあるぞ?」


「もしかして、ここのギルドが大盛況なのは、そのおかげってわけですか」


「ああ。建物の大きさに似合わず冒険者の数が多いのを変に思わなかったか? これ全部戦争特需なんだ」


 疲れた笑顔を見せる受付係が口を閉じた。


 説明を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせる。ユウは困惑の表情を浮かべ、トリスタンは渋い顔をしていた。トレハーの町まで直接行ける仕事がないのはまだしも、船に負けて荷馬車の仕事がほとんどないというのは予想外だったのである。


 更に、この冒険者ギルド城外支所が盛況な理由も2人は理解できた。てっきりこの活況はいつものことだと思っていたので驚きもひとしおである。


 言葉を失ったトリスタンにユウはどうするか表情で尋ねられた。今度は自分が前に出て受付係に声をかける。


「トレハーの町まで直接行く荷馬車がなくてもそれぞれの町から隣町に向かう荷馬車くらいはありますよね?」


「まぁあるんじゃないかな。さすがに他の町の事情は知らないからそれくらいしか言えないが」


「そうなると、トラドの町から東のことは、トラドの町に行って聞くしかないと?」


「ああその通りだ。今の時期の宝物の街道については隣町までくらいの情報しか必要ないからね。ただ、トラドの町より東側は別の国だから、その点は考慮しておいた方がいい。例え戦争がなくても、国境地帯の辺りは基本的に無法地帯だからな」


「確かにそうですね」


「具体的なことが知りたいなら、トラドの町へ行くことだ。そのための仕事もたくさんあるぞ」


「それじゃ、ファーラン市方面に向かう穀物の街道はどうなんですか?」


「あっちの国は政情が安定してるグリアル王国だから、荷馬車の護衛は全部傭兵の仕事だよ。だからこっち側にその手の仕事は一切入って来ないんだ」


「そうですか」


 落ち着いた様子で受付係に返答されたユウは肩を落とした。穀物の街道を通ってトレハーの町の手前まで抜けられないかと期待したが、そこまで甘くなかったようである。


 こうなると一旦トラドの町へ行ってから再び話を聞いて回る方が良いのではとユウは思えてきた。何にせよ、ロードズの町からはトラドの町までしか行けないのなら行くしかない。自腹で穀物の街道を歩くのはできれば避けたかった。


 そうやってユウとトリスタンが悩んでいると、今度は受付係が声をかけてくる。


「そうだ、これも一応仕事なんで全員に話をしてるんだが、あんたら戦争に興味ないか?」


「戦争ですか?」


「ああ。現在我が国はウォード王国との戦争を有利に進めているが、更に決定的な勝利を掴むために多数の兵士を募集しているんだ。若くて健康的なあんたら2人なら、きっと大歓迎されるに違いないよ」


「あ、遠慮します」


「俺も」


 誘いを受けたユウとトリスタンは即座に断った。戦争が嫌で故郷を離れたのに今更軍に入る理由などないからだ。辞退一択である。


 即座の返答を聞いた受付係は苦笑いしながら肩をすくめた。

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