初めての護衛を終えて

 大岩の山脈から産出される鉱石と終わりなき魔窟エンドレスダンジョンからもたらされる魔法の道具を他国に輸出するロードズの町は、岩雨の川に隣接する港町でもあった。ミネルゴ市方面からもたらされる各種物品は町の南側にある倉庫へと収められ、船に積み込まれて更に川下へと送られてゆく。


 そんな中継拠点の町にエグバートが所属する荷馬車の集団は到着した。集団の先頭が宝物の街道から町の郊外の原っぱへと逸れてゆく。


 朱い日差しに目を細めながらユウとトリスタンは荷馬車が停まるのを待った。原っぱに入って振動はより不規則になるのをこらえる。


「原っぱに入ったから、ここはもう町の郊外なんだろうね」


「やっと着いたか! しばらく荷馬車はゴメンだな」


「まとまったお金も手に入るんだし、少し休憩しても良いんじゃないかな」


「だよな! お、停まった」


 荷馬車の停車と共にトリスタンが荷台から飛び降りるのをユウは目にした。余程耐えられなかったことをくすりと笑う。もちろん、自分のことは棚に上げてだ。


 続いて荷台から降りたユウは思いきり背伸びをした。荷馬車が停まる度にする行為だ。とりあえず体を充分動かせるほどほぐすと自分の背嚢はいのうを取り出して背負う。


「トリスタン、準備できた? エグバートさんに会いに行くよ」


「いいぞ、早く行こう」


 吐き出す息をわずかに白くさせながらユウとトリスタンは御者台へと向かった。目指す相手は馬の相手をしている。馬の吐き出す息は人間のものよりもずっと白い。


 近づく足音に気付いて振り向いたエグバートにユウが声をかける。


「エグバートさん、やっと町に着きましたね」


「いやまったく。これで私も一安心だよ。後は倉庫にこれを持って行って降ろすだけさ」


「それじゃ、僕たちの仕事はこれで終わりということで良いですね」


「そうだね。ありがとう。報酬はこれだよ」


「確かにありますね。トリスタン、そっちはどう?」


「ん、ちゃんとあるぞ」


「でしたら、僕たちはこれで失礼します」


 軽く一礼したユウはエグバートに背を向けた。トリスタンも後に続く。刻一刻と強くなる西日を背に受けて2人はロードズの町へと近づいた。


 右横に並んだトリスタンにユウが顔を向ける。


「それじゃ夕飯にしようか」


「冒険者ギルドに行かなくてもいいのか? 報告とかあるんだろう?」


「別に急ぎじゃないから明日でも良いんだ。次の仕事を探すついででもね」


「だったら飯にしようぜ! ここだと何が食べられるんだろうなぁ」


「町の隣に川が流れているから、川魚が食べられるはずだよ」


「魚かぁ。小さい頃に食べたっきりだな」


「貴族様の食べるような上品なやつじゃないよ。たぶん、身がほとんど溶けている魚入りスープや魚の丸焼きなんかかな」


「それはそれで旨そうだな。ユウも魚を食べるのか?」


「ここしばらく食べていなかったからね。川や海に近い町では大体食べるんだ」


「なら俺も食べようかな。肉はどうする?」


「僕はいつも盛り合わせを頼んで食べているよ」


「確かに。だったら今回は俺も頼もうか」


「初めての町だから店は適当な所に入るよ。どこの店が良いかわからないからね」


 同意を得られたユウは歩調を少し早めた。この1週間は干し肉ばかりだったので暖かい食事に飢えているのだ。


 街道沿いに沿って並び始めた建物の一角が酒場に変化した。どこも良い匂いをさせて空腹感が増していく。


 2人は年季の入った石造りの店に入った。客の入りは8割程度となかなか盛況だ。並んで空いているカウンター席を見つけると背負っていた背嚢を降ろす。


 あいにく給仕女は近くにいなかった。しばらく待とうとしたユウに対して、トリスタンが声を上げる。


「お姉さん、こっち!」


「はいちょっと待って! あ~忙しいわぁ。で、何かしら?」


「エールに肉の盛り合わせ、それにここって魚はあるのかい?」


「あるわ。魚入りスープに焼き魚も岩雨の川で釣ってきたばかりの新鮮な魚よ」


「それじゃ焼き魚を1つ頼む。ユウはどうする?」


「僕はエール、黒パン2つ、魚入りスープ、肉の盛り合わせかな」


「わかったわ。ちょっと待っててね」


 注文を取り終えた給仕女が2人から離れた。それを見送ったユウがトリスタンに顔を向ける。


「ついに初めての荷馬車の護衛をやりとげたね」


「まぁな。とはいっても、結局荷台に座っているだけだったけどな」


「何もなければ眠気と暇との戦いだからね、護衛の仕事は」


「夜の見張り番で睡眠がぶつ切りになる分、昼間に寝るっていうのは驚いたよ」


「片方が見張っていればとりあえずは大丈夫だからね。ただ、危険地帯だとそういうわけにもいかないけど」


「危険地帯かぁ。盗賊や獣が襲ってくるんだろう? どんな感じになるんだ」


「夜陰に紛れて襲われたり、昼間に堂々と襲撃されたり、盗賊によってまちまちかな」


「ずっとこのまま何もない方がいいよなぁ」


「僕もそう思う」


 相棒の儚い願望を聞いたユウが苦笑いした。そんなことになったら逆に仕事が減ってしまうわけだが、そんな現実は今は求めていない。


 給仕女が酒と料理を運んできた。いっぺんにすべては無理だったようで、木製のジョッキと肉の盛り合わせが最初にやって来る。


 2人は最初に木製のジョッキを傾けると、次いで肉に手を出した。ユウは鶏肉、トリスタンは豚肉だ。どちらも口の中に広がる脂分に頬をほころばせる。手の動きが速くなった。


 その間に残りの料理が目の前のカウンターテーブルに置かれてゆく。黒パン、焼き魚、魚入りスープだ。


 黒パンをちぎって魚入りスープにひたすユウの横で、トリスタンが串に刺さった焼き魚に目を輝かせている。


「これが焼き魚! 本当に魚1匹丸々なんだな。では早速」


「小骨が多いから思い切りかぶりつくと口の中が」


「熱っ!? すっげぇ熱いぞ!」


「焼きたてだろうからそうなるよ。大丈夫?」


「エールで何とかした。それで、さっき小骨がなんとかって言っていたか?」


「魚は小骨が多いから、少しずつ囓った方が良いって言おうとしたんだよ。骨の少ない部分だけ食べるっていうのでも別に構わないと思うけど」


「なるほどな。それじゃもう1度。ふむ、熱いな。この棘のようにちくちくするのが小骨か。一応噛みきれる、のか?」


「吐き出す人もいるよ。たまに喉に引っかかることもあるから」


「んく。このくらいなら飲み込めるな。いちいち吐くのは面倒だ」


 次第に食べ慣れてきたトリスタンの焼き魚を食べる速度が速くなっていった。


 再び肉に手を出したユウが横から声をかける。


「焼き魚はどう? 気に入った?」


「悪くないとは思う。肉に比べて味が薄いけど、これは魚自体がこんなものだからだろうな。小骨がちょっと面倒だけど」


「海で獲れる魚はもっとお肉みたいに油が多いんだけどね。川魚はあっさりとしているから。それと、小骨は頑張って慣れるしかないかな」


「ほう、海の魚はこれとはまた違うのか。それはそれで楽しみだな」


 焼き魚を集中して食べているトリスタンが顔に笑みを浮かべた。違う味わいのものがあるのならば気になるのは当然であろう。


 その辺りで一旦会話が途切れた。2人は目の前の料理に集中する。空腹だけに手の動きはなかなか速かった。


 身をすべて食べたトリスタンは焼き魚を皿の上に置く。次いで木製のジョッキも空にすると給仕女を呼んだ。次は魚入りスープとエールを注文する。


「ユウ、これから俺たちは今回みたいな仕事をしながら旅をするんだよな」


「仕事があればね。なかったら歩きだよ」


「荷馬車の護衛ってどのくらいあるんだ?」


「場所によるかな。傭兵が幅を利かせているところは全然ないし、傭兵がいないところだと冒険者が護衛を引き受けている。だから、その場所に行ってみないとわからないよ」


「出たとこ任せなのか。事前に調べてわかったらいいんだけどなぁ」


「ある程度は推測できるよ。例えば、戦争をしていて忙しいところだと冒険者でも荷馬車の護衛を引き受けられるし、魔物がたくさん出る地域でも同じかな」


「なるほど、そう言った情報を集めればいいのか。その手の話ってどの辺りにありそうなんだ?」


「冒険者ギルドで職員に聞くのが一番だろうね。何しろその手の仕事を依頼としてまとめているんだし。他には、酒場で傭兵に話を聞くのも悪くないと思う」


「冒険者はどうなんだ?」


「それだったら冒険者ギルドの方が詳しいんじゃないかな。持っている情報量が違うし」


「個人じゃ限りがあるもんなぁ」


 難しい顔をしながらトリスタンが肉を摘まんだ。木製のジョッキを傾けようとして空であることに気付き、顔をしかめる。


 話が途切れた直後にユウはエールを飲みきった。同時に給仕女がトリスタンの料理と酒を運んで来るのを目にする。


 空の木製のジョッキを手渡したユウはお代わりを注文した。

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