密輸関係者のその後

 首尾良くサイモンを捕らえたユウとトリスタンは下水路内で指示された時刻まで待ち続けた。サイモンが罠を張るために冒険者ギルド職員と結託して人払いしたこともあって、待機中にはついに誰とも会わずに過ぎる。


 最後に反転させた砂時計が空になったのを確認した2人はサイモンを引き連れて地上を目指した。最初の関門は検問所だ。計画が成功しているか失敗しているかはここの地下門番の態度でわかる。


 黄色い布を巻いたまま2人は検問所に差しかかった。下水路内で襲撃してきた犯人とサイモンのことを説明するとあっさり通過を許可される。サイモンがいくら騒いでもまったく取り合う様子はない。


「どうやら計画は成功したようだね」


「そうだな」


「ちくしょう!」


 すべてがうまくいったことを確信したユウとトリスタンは喜んだ。一方、自分の後ろ盾がなくなっていることにサイモンは打ちひしがれる。


 日の出前の地上に出た3人はそのまま冒険者ギルド城外支所南西派出所に入った。いつものように冒険者でごった返している。しかし、いつもと違って混乱しているようにも見えた。受付カウンターへと目を向けるといつもより受付係の数が少ないことに気付く。


「あの胡散臭そうな受付係がいないね?」


「俺の見知った職員も何人かいないぞ。これはしょっ引かれたか」


 いつもより長い行列にはユウが並ぶことになり、トリスタンはサイモンと一緒に室内の端で待つことになった。


 散々待たされてやっと順番が回ってきたユウは受付係にサイモンの身柄について問い合わせると、廃棄場の倉庫へ連れて行くように指示される。


 待った割に一瞬で所用が終わったユウはトリスタンの元に戻った。少し疲れた表情を浮かべて結果を告げる。


「廃棄場の倉庫に連れていけば良いんだって。話は付いているそうだよ」


 下水路の内部から運び出された廃棄物を処理する場所が廃棄場だが、ここにはもう1つ役割があった。それは、罪を犯した冒険者を収容するというものだ。いずれ都市の外に搬出される廃棄物と扱いが同じなのである。


 廃棄場にやって来たユウたち3人は害獣の部位を換金する建物を通り過ぎ、強烈な悪臭が漂う倉庫群へとやって来た。ここは不気味な場所なので誰も近づきたがらない。


 指定された倉庫の前には2人の男が立っていた。いずれも陰鬱そうな表情を浮かべているが屈強な体つきの男である。


「受付の人から指示されて来ました。冒険者のユウです。下水路で僕たちを襲ってきた襲撃犯を引き渡します」


「承知しました。お引き受けいたします」


「それと、この人は最終的に城外」


「その件についても承知しております。ご心配なく」


 途中で言葉を遮られたユウは目を白黒させたが、反論せずに黙った。トリスタンが相手にサイモンを引き渡す。そして、そのまま倉庫の中へと連れて行かれた。


 これで、ユウたちの役目は終わりだ。2人は足早に廃棄場から立ち去った。


 貧民の道に出るとユウが背伸びをする。


「やっと終わったなぁ」


「下水路の中で仮眠は取ったけど疲れはあんまり取れなかったな」


「仕方ないよ。自分を襲ってきた人と一緒だったからね」


「宿に帰って一眠りするか。今日はもう何もしないぞ」


「僕も。あーでも、この後ウィンストンさんとエリオットさんに会わないといけないなぁ」


「そうだな。やることはやったんだし、もらうもんはもらわないとな」


「そうだねぇ」


 老職員と老助祭官に会わないといけない理由の1つにユウはうなずいた。城外神殿の戦力扱いになった時点で自分たちの報酬について約束はしてもらえている。隣を歩くトリスタンも今回はまとまった報酬を手に入れられることに笑顔を隠せない。


 まだ暗い貧民の道を冒険者の宿屋街に向かって歩き始めた。これから下水路に入る冒険者たちとすれ違う。


「ユウ。これからお前はどうするんだ?」


「いやだから、僕も宿に帰って寝るよ。少なくとも昼頃までは寝るかな」


「そうじゃなくて、お前って城外神殿の依頼で下水路に入っていたんだろう? その仕事が終わって次に何をするのかって聞いているんだ」


「そっちかぁ。ここで残りの用事を済ませたら旅を再開するよ」


「そうだよな。困ったなぁ」


「何が?」


「いやだって、ユウと仮のパーティを解消したら、また1人になるからな」


「それは」


 こればかりはどうにもならないとユウは首を横に振った。自分も散々苦労してきただけに同情する。


 ふとユウはトリスタンに顔を向ける。


「城外に出てからの知り合いがいるんでしょ? 誰かに頼んでみたらどうなの?」


「そうなんだがな、これがなかなか限られていて当てがないんだ」


「友達が少ないってこと?」


「はっきりと言うなよ。ほら、俺ってただでさえ元々城内に住んでいた上に貴族だろう? それで避ける奴が結構いてな」


「それじゃ黙っていればいいじゃない」


「立ち居振る舞いや言動で大体ばれるんだよ。何度かやってみて全部駄目だったから、もういっそのこと最初から貴族だって言うことにしているんだ」


「だから初めて会ったときにいきなり没落貴族だなんて言っていたんだ」


「そうなんだよ。あの自己紹介の方がまだましだからな」


 社交性があるトリスタンにそんな問題があると知ってユウは目を見開いた。簡単に解決できない悩みがあるのはつらい。


 今度はトリスタンがユウに尋ね返す。


「ユウも町の中から外に出てきてから冒険者になったんだよな。最初、町を出たばかりの頃ってどうやって貧民と仲良くなったんだ?」


「あれは確か、向こうから声をかけてきてくれたんだ。メンバーが1人足りなかったから、誘いやすかった僕に声をかけたんだったと思う」


「自分から声をかけ回ったんじゃないのか」


「うん。僕、そんなに積極的な性格じゃないから自分からはあんまり声をかけないんだ」


「でも、俺のときはユウから声をかけてきたよな?」


「もっと積極的に声をかけられるようにならないといけないって思って、前から練習していたんだ。最近はだいぶましになってきたけど」


「なるほどなぁ。生来の性格じゃなかったのか」


 回答を聞いたトリスタンがしきりに感心していた。何の解決にもなっていないが、気にしていないようである。


 今回の件を振り返って、トリスタンと一緒に活動していてユウは心強いと感じていた。1人は自由で気ままだが、何かあったときに頼れる仲間がいるというのはやはり安心できる。


 2人で話しているうちにいつの間にか冒険者の宿屋街を通り過ぎていた。それに気付くとどちらも踵を返す。そして、挨拶を交わしてから別れた。別々の路地に入って進んでゆく。


 これから仕事に向かう冒険者たちの陰に2人の姿はすぐに消えた。




 後日、ユウとトリスタンは周囲からその後の経緯を聞いた。その中には計画の中心者もいたのでほぼ間違いない話だ。


 まず、密輸組織の検挙だが、これは成功裏に終わった。密輸の一団がマルコム商会の倉庫に通じる秘密の出入口から姿を消した後、下水路の城内の点検口を使って冒険者が官憲に連絡し、その後待機していた摘発隊が倉庫に突入したのだ。同時にマルコム商会へも入り、商店の主であるマルコムを捕縛する。


 次に、冒険者ギルドの汚職職員と密輸組織に内通している冒険者の制圧も成功した。マルコム商会の検挙が始まってしばらくしてから、冒険者ギルド内でも一斉摘発が始まったのだ。偽情報で欺瞞されていた者たちはほぼ何もできないまま捕縛される。


 これらが一の刻の鐘が鳴るまでにほぼすべて成されたのだ。官憲も冒険者ギルドもかなり力を入れていたことがわかる。唯一、城外にあるマルコムの秘密の倉庫は朝を迎えてから差し押さえとなった。初動ではこちらまで手が回りきらなかったらしい。


 関係者の処罰は迅速に行われた。主な人物と処罰は次の通りである。


 今回の密輸の首謀者はマルコム商会のマルコムである。上昇志向の強い性格で、大商人に成り上がるための資金工作造りに利用していた。よって、全財産没収の上、本人および家族は処刑となる。


 この密輸を支援していたのは冒険者ギルドの城内の職員であるエルドレッド・シンフィールド男爵である。カネに卑しい性格でマルコムに買収された。都市の秩序を乱した罪は重く、全財産没収の上、本人は処刑となり、家族は爵位剥奪およびミネルゴ市からの追放となる。


 冒険者ギルドの職員および冒険者で今回密輸に関係した者は都市の秩序を乱した罪は重いと判断され、その程度を問わず処刑となる。


 ジャッキーなる人足のエミル殺しは本来殺人罪の罪に問われるが、相手が密輸関係者であることと密輸組織撲滅に貢献した功績を鑑みて恩赦される。


 尚、今回の密輸事件において、パオメラ教およびモノラ教が組織的に関与したという証拠はない。

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