下水路網での襲撃(前)
連絡員から自分たちの役割を聞いたユウとトリスタンはその後どうするか相談した。
現在、サイモンは仲間と4人で下水路に入っている。動機はユウたちやジャッキーを捜すためだ。これのせいでウィンストンたちの計画が危険に曝されているわけだが、その危険を取り除くために2人はサイモンを誘導する囮の役目を受けた。
城外神殿からは可能ならサイモンの殺害を求められ、捕縛した場合は引き渡しを求められている。ただし、一旦冒険者ギルドを経由する必要があるのだが、計画が実行されてギルド内の汚職職員を取り押さえるまでサイモンの身柄を維持しないといけない。
計画の実行は八の刻以降で密輸が行われた直後だ。計画の妨げにならない限り2人は自由にして良い。
これを踏まえた上で、ユウたちは明日の朝までどう動くか考える必要がある。
「ユウ、これからどうする? もう下水路の中に入るか?」
「七の刻まで酒場にいよう。サイモンたちが今下水路にいるなら、地上は安全だってことでしょ。計画の実行が八の刻より後なら、そんなに急ぐ必要はないと思う」
「なるほど! ここしばらく部屋で干し肉ばっかりだったから、体を温めてから行かないとな!」
ユウの提案にトリスタンが飛びついた。そして、2人は貧民の歓楽街へと向かう。久しぶりの温かい食事は身に沁みた。
七の刻の鐘が鳴った。酒抜きの食事を終えたユウとトリスタンは下水路網の出入口へと向かう。階下に降りると数日ぶりの悪臭に2人は顔をしかめた。トリスタンが使い捨ての松明の先を
どちらも準備が整うと城内の下水路へと向かって歩き出した。検問所でユウが捜索の依頼を示して許可をもらって奥へと進んだ。
黄色い布を左腕に巻いた後、幹線下水路を歩いていると今日は珍しく後方を歩くトリスタンが口を開く。
「そういえば、そもそもどうやってサイモンを見つけ出せばいいんだろうな? だって考えても見ろよ、城内の下水路網って広いんだぞ? そう都合良くサイモンと遭遇できるとと思うか?」
「このまま僕たちが下水路を歩いていたら会えると思う」
「なんでまたそう思うんだ?」
「まず、サイモンが密輸組織からどんな指示を受けているかわからないけど、密輸の邪魔は絶対にするなって言われているはずなんだ」
「そりゃそうだ」
「ということは、サイモンも密輸の経路にはたぶん近づけないはず。騒ぎを起こして目立つとまずいから。もしかしたら、密輸のある日はその経路に近づくなって言われているかもしれない」
「言われてみるとそんな気がしてくるな」
「そうなると、サイモンとしては城内の倉庫街以外の場所を捜すしかないんだ」
「うん、そうかもしれない」
「トリスタンがサイモンの立場だったとして、僕たちを見つけようとこの下水路の中を探すとしたら、どこを探す?」
「そりゃどうせ探すなら見つけられそうな場所だけど、それがわからないじゃないか」
「だったらわかるところで見つければいいじゃない。確かに下水路は広いけど、検問所からそんなに遠くない幹線下水路の脇でそこを通る冒険者を見張って、人気がない所までこっそり後を追って襲うっていうのが一番可能性がありそうだと僕は思っているよ。地の利は向こうにあるし」
「なるほどな。しかも今は人通りの少ない夜だ。となると、俺たちはもうサイモンたちに見つかっているかもしれないってわけか」
「その可能性は高いだろうね。今説明したことは僕の想像だからどれだけ当たっているかはわからないけど、どこかで出会うことだけは当たっていると思うんだ」
「そうかぁ。だったら、このまま城内の幹線下水路をぐるぐる回っていればいいわけだな」
「倉庫街の手前で引き返すつもりでいるよ。正確には北門の辺りを過ぎた辺りで。あれ以上進むと計画に悪い影響がありそうだからね」
「わかった。そのつもりでいるよ」
ユウの説明に納得したトリスタンがうなずいた。
検問所から北東に伸びていた幹線下水路が北と東に分岐している場所に2人は出くわした。先頭のユウは北側に足を向ける。
鼻が麻痺して悪臭が気にならなくなった頃、再び幹線下水路が分岐している場所に出くわした。南北に走るものに対して東側に分かれている。この先は王侯貴族が住まう場所の地下に続いており、最終的に王城の真下にある下水施設に通じているとされていた。
そんな東側に向かって伸びている幹線下水路をユウは立ち止まって眺める。
「あの先は貴族様の住む場所の下に通じているんだよね」
「俺たちは通れないけどな。汚水の中に潜っても確か駄目なはずだぞ。鉄格子で遮られているからな」
「そんなことしないよ」
笑いながら答えるトリスタンにユウは嫌そうな表情を向けた。そこまでして行きたい場所ではない。
そんな状況でユウは何となく違和感を抱いた。最初は何がおかしいのかわからなかったが、何度か前後に目を向けて何となくその感覚を掴み取る。
「トリスタン、さっきから誰にも会わないよね」
「ああ、そういえばそうだな。まぁ夜だし、こういうこともあるんじゃないか?」
「さっきの幹線下水路の分岐より前から、人とすれ違わないどころか、松明の明かりすら見かけてないんだよ? 幹線下水路なのに」
「あー、それは確かにおかしいな。あんまりにも静かすぎる」
広いミネルゴ市に対して下水路網も広大だ。しかし、それでも多数の人々が入れば何かしらの明かりや音が耳目に入る。分岐路の奥から漏れるぼんやりとした光やどこからともなく反響してくる人の声などだ。
ところが、今日このときに限って途中からそれらが一切なくなった。一度気付くと不自然極まりない。
さすがに怪しんだユウとトリスタンは立ち止まり、周囲に頭を巡らせた。すると、前方の分岐路で明かりがたった今点くのを目にする。不審に思って警戒していると4人の男が姿を現した。サイモンとその仲間だ。しかし、サイモン以外の3人は先日地上で見かけた者たちとは違う。より一層柄が悪い。
「へへへ。よぉ、久しぶりだなぁ」
「前から1週間も開いていないじゃないですか」
「はっ、相変わらずムカツクよな、てめぇはよ」
「だったら会わなきゃいいでしょ。それとも、何か用でもあるんですか?」
「大アリだぜ。でなきゃてめぇなんぞに会いに来ねぇよ」
「ユウ、後ろにも2人来た。囲まれたぞ」
サイモンと話をしていたユウは背後からトリスタンに声をかけられた。ちらりと目を向けると確かに2人の冒険者が立っている。嫌らしい笑みは友好的には見えない。
事前に話を聞いていたのでユウとトリスタンに驚きはなかった。しかしそれでも、実際に囲まれると嫌な緊張感が体の中を走る。
「それで、僕に用事って何なんですか?」
「てめぇはもう用なしだから死んでほしいんだわ」
「前に会ったときは話があるって言っていましたよね」
「ありゃもういいんだよ。てめぇがジャッキーを城外神殿に連れて行ったのは知ったし、あそこの対処は他の奴がやってくれることになったからな。そうなると、後はてめぇの始末だけってことになる。それは、オレがやらねぇとな」
にやにやと笑うサイモンが剣を抜きながらユウにしゃべり続けた。前後を挟むサイモンの仲間も同じように武器を手にする。
相手が戦闘態勢を整えたのを見てユウとトリスタンも武器を手にした。最初からやる気である以上、もう会話は意味がない。
ただ、それでも1つだけ気になることがユウにはあった。それを口にする。
「サイモン、この幹線下水路でこんなことをすると他の人に見られるんじゃないかな?」
「はは、そんな心配はしなくてもいいぜ。こっちにゃ冒険者ギルドの職員が味方にいるんだ。この辺りに関係する依頼を出さねぇように調整するなんて朝飯前なんだよ」
「例えば、僕にサイモンを紹介したあの胡散臭そうな職員とかかな?」
「冴えてんじゃねぇか。あいつもオレたちの仲間の1人さ。もちろん他にもいるぜ。これでわかったろう、オレに逆らったてめぇは最初から詰んでんだよ!」
「それ、もし僕が職員の人たちと仲良くなっていたら、うまく追い込めなかったんじゃないの?」
「イチイチうるせぇな、てめぇはよぉ!」
必ず反論されることに我慢できなくなったサイモンがついに激高した。それを合図に全員が一斉に動く。
結果的には連絡員の思惑通りになりつつあった。しかし、相手の人数が予想よりも多い上に、助けが来る見込みもない。
ユウとトリスタンは自力でこの危地を抜けなければならなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます