計画決行のとき
宿の部屋に引きこもって数日後、ユウは宿主から伝言を聞いた。それは何と言うことはない一文であったが、その意味を知っている者にとっては重要な言葉だ。
宿主と別れて扉を閉めたユウは小さく息を吐き出す。
「ついにこの日が来たんだ」
椅子に座って机の前に向かったユウの顔は少し緊張していた。ウィンストンから計画決行の知らせが届いたのだ。集合場所は事前に決められた場所、日時は届いた言葉から明日の六の刻であることがわかる。
思い返せば1ヵ月ほど前に城外神殿で捜索の依頼を引き受けたのが始まりだった。金貨を宝石や貴金属に換えたいがために引き受けたが、まさかこんなことになるとは予想外だ。
気分を落ち着かせるためにユウはこの日の残りも集中して自伝のようなものを書く。ここ数日で最も進み具合が良かった。
翌日、ユウは三の刻の鐘が鳴るまで寝台で眠っていた。その後起きてからも寝台でごろごろとし続ける。いつもと比べると非常に珍しいが、今晩は一晩中起きていることになるはずなので寝溜めしているのだ。
五の刻の鐘が鳴ると起き上がり、砂時計を逆さにした。これをあと2回ひっくり返すと六の刻だ。その間に室内でゆっくりと体をほぐす。次いで持って行く物を点検して不備はないことを確認し、武装を整えた。ここで日が暮れる。
この数日は日が暮れても羊皮紙に書き物をしていたので明かりが必要だった。部屋の備え付けにそんなものはなかったので、ユウは宿主に頼んで
ぼんやりと明るい室内でユウは夕食である干し肉を食べる。これを食べ終わると明日の朝まで口にするのは水のみだ。
2回ひっくり返した後の砂時計の砂が少しずつこぼれる。時間が余ったのでやることがなくなったが寝台で横にもなれない。眠ってしまうと砂時計で時間を計っている意味がなくなる。
何とも言えない暇な時間を過ごした後、ユウはようやく適当な時間になったことで立ち上がった。大きく背伸びをした後に荷物を体に身に付け、
宿を出たユウは冒険者の宿屋街を出ると冒険者ギルド城外支所南西派出所を通り過ぎて下水路網の出入口に近づく。階段には降りずにそのまま通り過ぎ、廃棄場の裏手に回った。到着してすぐに六の刻の鐘が耳に入る。
「僕が最初か。まだ誰も来ていないんだ」
廃棄場から発せられる悪臭に眉をひそめながらユウはつぶやいた。晩秋の夜なので肌寒いが仕方ない。
しばらく待っていたユウは下水路網の出入口の方から人が歩いてくるのを目にした。
ある程度トリスタンが近づいてから声をかける。
「久しぶりだね。元気にしていた?」
「していたよ。って、まだ1週間も経っていないじゃないか。そんな何年も会っていないようなことを言われてもな」
「そうだね。それで、トリスタンもこの時間のこの場所に来たっていうことは、あとは連絡員の人だけだね」
「そういうことだな。ここで待っているとあっちから近づいてくるはずなんだけど」
しゃべりながらトリスタンが周囲に顔を巡らせた。しかし、松明の明かりが届かない場所は暗くてよくわからない。遠くにある建物から漏れる明かりがかろうじて見えるくらいだ。
どのくらい待てば良いのかとユウが考えていると、南西派出所の裏手から誰かが近づいてくる。にこやかな笑顔を浮かべた人物だ。周囲が真っ暗なだけに逆に不気味である。
「君たち、こんなところで何をしているんだい?」
「人と待ち合わせをしているんですが、どうもすっぽかされちゃったようです」
「こんなところで待ち合わせとはねぇ。一体誰とだい?」
「リーフっていう人なんです」
「君たちの名前は?」
「僕がブランチです」
「俺はルートです」
「なるほど、あんたらで合ってるようだな」
合い言葉が一致したことでそれまでにこやかに笑っていた男の顔から笑みが消えた。
正しく待ち合わせの人物と出会えたことにユウは内心安堵した。隣のトリスタンも安堵のため息を漏らしている。
そんな2人に対して男は感情のこもっていない目を向けた。事務的に話し始める。
「2人とも、事前に伝えてある計画は覚えているか?」
「密輸組織を検挙する計画と、冒険者ギルドの汚職に関係した職員を捕まえる計画と、買収された冒険者を取り押さえる計画ですよね」
「覚えていたな。最初に1つ目が実行される。八の刻以後に行われるはずの密輸の一団がマルコム商会の倉庫に入った後、城内の官憲が同倉庫に入る予定だ。それを受けて2つ目と3つ目が同時に実行される。事前に相手側に偽情報を流してあるから、相手の動きは今のところ大体予定通りだ」
男の説明を聞いているユウは今のところ特に疑問はなかった。ちらりとトリスタンに目を向けても表情に変化はない。
黙ったままの2人に対して男は話し続ける。
「で、当初はあんたらにも3つ目の計画に参加してもらう予定だったんだが、ここでちょっと困ったことが判明した。サイモンという冒険者を覚えているか?」
「はい、密輸の関係者らしいんですよね」
「そのサイモンがあんたら2人を捜し回っている。密輸組織を調べているうちにわかったんだが、こいつはジャッキーという人足を殺し損ねてから密輸には直接関係させてもらえず、ずっとジャッキーを捜し回っているそうだ。しかも、最近はあんたらのことも嗅ぎ回っているようでどうも危なっかしい」
「つまり、僕たちは計画に参加しない方がいいわけですか」
「我々冒険者ギルド側としてはそうなんだが、あんたらは城外神殿側の戦力として扱われている。だから、まったく参加しないというのは色々と約束した手前まずいんだ」
このとき初めて男の顔に苦悶の表情が一瞬表れた。現場としては無用な危険は抱えたくないが、上の都合でそうもいかないというもどかしさが滲む。
「それじゃ、僕たちはどうすれば良いんです?」
「そこでだ、あんたらはこのサイモンを引きつける役目を担ってもらいたい」
「予定された計画には参加せず、サイモンを捕らえるだけということですか」
「可能ならその場で殺してほしいというのが城外神殿からの要望だ」
「え、殺しちゃうんですか?」
「あちらさん側にとって都合の悪いことを知っているからだそうだ。もし生かして捕らえた場合は最終的に城外神殿に引き渡すことになる」
エミルとサイモンの話を思い出したユウは少し嫌な気分になった。典型的な口封じだ。
少し渋い表情をしているユウに対して男は更にしゃべる。
「もしサイモンを捕らえた場合は、少なくとも二の刻までは下水路でその身柄を確保していてほしい」
「すぐに冒険者ギルドへは、そうか、ギルド側が落ち着いてからでないと引き渡しができないからですね」
「その通りだ。それと、この参加者は左腕に黄色い布を巻き付けている。今から渡すこれを左腕に巻き付けてくれ。検問所を通り過ぎた後でな」
手渡された黄色の布をユウは受け取った。計画の都合上、他の参加者と出会うことはあまりなさそうだが指示には従うことにする。
男は更に懐から1枚の羊皮紙を取りだしてユウに差し出した。トリスタン共々そこに描かれている地図を目にする。
「それは、今回の計画で使う地図だ。直接関わることはないだろうが、一応この場で覚えてくれ。場所は王都の東北にある倉庫街の下だ」
「サイモンと出会う場所はここ以外でないとまずいですよね」
「その通りだ。よって2人はこの近辺には絶対に近づかないようにな」
渡された羊皮紙に描かれた地図を見ながらユウとトリスタンは男の言葉を聞いた。かつて密輸の一団を見失った辺りである。やはりあそこに城内への入口があったのだ。
一通り地図を見たトリスタンが顔を上げる。
「サイモンは今何をしているかってわかっているのか?」
「今は4人で五の刻頃から下水路に入ったまま出てきていない。城内側の下水路のどこかにいるようだが、正確な居場所は不明だ」
「下水路の中じゃそうだよなぁ。ユウ、あいつらって何をしていると思う?」
「生活費を稼いでいるんじゃないのなら、僕たちも捜しているんじゃないかな」
「だよなぁ」
「下水路にはいつでも入って良いんですよね?」
「こちらの計画に支障がないならな」
どうにも扱いが中途半端なことにユウは微妙な表情を顔に浮かべた。色々とすっきりしないことばかりだが、ここまで来た以上はもうやるしかない。
地図を読み終えたユウとトリスタンはそれを返し、その後細かいことを確認した。それらがすべて済むと男は廃棄場の裏手から去って行く。
冷たい風がそよぐ中、2人も踵を返して歩き始めた。
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