聞きたかった話とは何か

 ユウとトリスタンは基本的に2人で行動しており、現在ウィンストンとの接触はない。できるだけその関係を伏せておくためだ。そのため、通常は間接的な方法で連絡することになっている。例えば、ユウたちからウィンストンへ連絡する場合は特定の酒場の特定の給仕に伝言を頼むなどだ。しかし、緊急の場合もある。このときは特定の時間に特定の場所で一定の時間待っているウィンストンに2人が会いに行くことになっていた。いずれも、冒険者ギルドの内部が信用できないせいである。


 襲撃者を撃退した翌朝、2人は冒険者ギルド城外支所本部の隣にある廃棄場の裏手に向かった。時刻は日の出直前だ。冬が近いこの時期だと冷える。


 下水路網の出入口を突き抜けた2人はそのまま北に進み、廃棄場の裏手に回った。この辺りには常に強烈な死臭が漂っていることもあって普段は誰も近づきたがらない。そんな場所でウィンストンが素振りの稽古をしている。


「ウィンストンさん、おはようございます」


「ユウとトリスタンか。何かあったのか?」


「昨日の夜、下水路から出て酒場に行こうとしたら、サイモンたちに追いかけ回されたんです。撃退はしましたけど、これで諦めてくれるかわからなくて相談しに来ました」


「襲われたのか」


「最初は話があるってやって来たんですけど、断ったら囲まれそうになって逃げ出したんです。後は、トリスタンと一緒に1人ずつ倒していきました」


「なるほどなぁ」


 素振りを止めたウィンストンの顔が渋くなった。汗をかいていないのは冷えるせいなのか始めたばかりなのかわからない。


「サイモンの話ってのはなんだったんだ?」


「別の場所に行ってから説明するって言われたので聞いていません。ただ、密輸関係かジャッキーのことくらいしか心当たりはありませんけど」


「だよなぁ。サイモンたちがお前さんらのを嗅ぎつけた原因はわかるか?」


「密輸関連だと、ジャッキーと初めて会ったときに逃がしたことくらいですね。ただそれだって、事情を聞くまでは僕も密輸のこと自体知らなかったから、気付かれるも何もないように思えるんですけど」


「となると、別口で繋がる何かがあったんだな。一番の可能性は冒険者ギルドから漏れたってことになるが、何が漏れたのやら」


 顎に手を当てたウィンストンが首を傾げた。そのまま黙ってしまう。原因がわからないのはユウも同じだった。


 2人して口を閉じると、今度はトリスタンが声を上げる。


「ウィンストンさん、俺たち冒険者が引き受ける仕事の依頼書って、職員なら誰でも見られるんですか?」


「一般的な依頼ならな」


「ということは、汚職をしている職員が俺たちの引き受けた依頼書を見て勘付いたなんてことはないですかね?」


「確か、捜索の依頼だったか」


「1つはジャッキーが殺人の容疑者だった頃の依頼書、これはまだユウが持っているんだよな?」


「うん、あるよ」


「もう1つが先日ジャッキーを城外神殿に連れて行ったときの依頼書、こっちはもう冒険者ギルドに返したはず」


「でもトリスタン、僕たちが怪しいって気付く前に僕たちの依頼書をわざわざ調べようとするのかな?」


「たぶん、最初は俺たちの依頼書だって知らなかったんじゃないか? 捜索対象者の名前もジャックだったし。ただ、あの依頼って、依頼を引き受けてその日中に目的を果たして完了報告をしただろう。普通の捜索の依頼なんて目的の誰かを発見することはなかなかできないから、1日で終わらせたのが目立った可能性があるんじゃないか?」


「そこから足が付く可能性は確かにあるな」


 目を細めたウィンストンが感心した。最初はあり得ないような達成をした依頼書として注目され、そこからユウとトリスタンの名前に行き当たったわけだ。しかも、同じ城外神殿の捜索の依頼を引き受けながらである。汚職職員とその関係者の目にとまる可能性は充分にあった。


 話を聞いていたユウがトリスタンに顔を向ける。


「ということは、サイモンたちが僕に話を聞きに来たのは、1日で依頼が完了した方について知りたがったからっていうこと?」


「状況的にはそうなるだろうな。かなり怪しいと思っているが確信はないってところか」


「でも、昨日あんなことになったら、もうそれ関係なく襲ってきそうだよね」


「そうなんだよなぁ」


「最初からこれに気付いていれば、もっと穏便な方法があったかも」


「完全に後知恵だな。問題はこれからどうするかだ」


 当たらずとも遠からずらしき答えにたどり着いたユウとトリスタンはため息をついた。これからは下水路の中に入るときもより一層気を付けないといけない。


 そんな2人を見ていたウィンストンが口を開く。


「そういえば、お前さんらは日銭を稼ぐために下水路に入ってるんだったな」


「はい、そうですけど」


「何日かそれを止めることはできるか?」


「どうしてですか?」


「こっちの証拠固めは大詰めを迎えていてな、あと何日もしないうちに終わるんだ。で、その後にいよいよ連中を取り押さえるわけなんだが、それまでおとなしくしていてほしいんだよ」


「あー、なるほど。でも、トリスタンは生活費を稼がないといけないですから」


「そんなに切羽詰まってんのか?」


 ユウから話を聞いたトリスタンが頭を掻いて苦笑いをした。最近はましになってきたとはいえ、まだ余裕があるとは言えない状態だ。


 無言の肯定を示すトリスタンを見たウィンストンが力なく笑い、懐から取り出した小さな革袋を投げて寄越す。


「それをやる。当面の生活費に充てるといい」


「おおお!? 銀貨が5枚も! これならしばらく何もしなくても大丈夫だ!」


「ユウ、お前さんはいるか?」


「僕はいらないです。しばらくは何もしなくても生活できるくらいはありますから」


終わりなき魔窟エンドレスダンジョンでがっつり稼いだもんな、お前さん」


 嬉しそうに銀貨の入った小袋を懐にしまうトリスタンの横で、ユウとウィンストンは笑い合った。金貨で宝石や貴金属を購入したがっているユウは今、かなり懐が温かいのだ。


 笑いが収まるとウィンストンがユウとトリスタンに話しかける。


「ということで、しばらくは下水路に入るのを控えてくれ。できれば地上もあまりうろつかない方がいいだろう」


「わかりました。それじゃ、次にウィンストンさんから連絡があるまでは宿でじっとしています」


「俺もそうしますよ。これだけ生活費をもらえたんなら文句はないですからね!」


「よし、それならここまでだ。空が明るくなってきたことだし、儂もギルドへと戻る」


 話し合いが終わった3人はその場を離れた。


 貧民の道へと戻ったユウとトリスタンは南西派出所側へと戻るために西へと進む。その表情は特にトリスタンのものが明るい。


「気前のいい爺さんだな、ユウ!」


「そうだね。まさかあそこで生活費を渡してくれるなんて思わなかった」


「しかも結構な額をな。ウィンストンさんって金持ちなのか?」


「懐事情を聞いたことはないからわからないよ。まぁ、冒険者ギルドのお金を使っているときもあるんだろうけど、実際はどうなんだろうね」


「まぁいいや。ところで、呼び出しがあるまでユウは何をするつもりなんだい?」


 新しい話題の内容を聞いたユウは言葉に詰まった。突然決まったことなのでまだ何も考えていないのが実際である。


「うーん、見つからないために宿の部屋に引きこもるわけだから、部屋でできることじゃないといけないんだよね」


「もしかしてその口ぶりだと、ユウは宿の個室に泊まっているのかい?」


「そうだよ。でないと下水路に持って行かない荷物を置いておく場所がないからね」


「おお、ユウは金持ちだな。ウィンストンさんが言っていた、終わりなき魔窟エンドレスダンジョンでがっつり稼いだからか?」


「まぁそんなところだよ。その前はトリスタンと同じで、その日暮らしに近かったなぁ」


「ユウにもそんな時期があったんだ」


「貧民の僕がお金に余裕があったときなんてほとんどないよ」


「そうだろうな。俺も外に出てよくわかった」


 呆れた様子で反論するユウにトリスタンがうなずいた。町の外の生活など大抵はそんなものである。大体余裕なんてものはない。


 2人が歩く貧民の道は徐々に人通りが多くなっていった。今日も1日が始まろうとしている。これからしばらくはユウたちと無関係になる光景だ。


 その様子をぼんやりと見ていたユウは前の町で自伝のようなものを書いていたことを思い出した。当面宿の部屋に閉じこもるのならば執筆するのにちょうど良い。まだ覚えているうちに書き出せるものは書いてしまいたかった。


 南側へと曲がる貧民の道に沿って歩くとはるか先にいつも通う下水路網の出入口が見える。


 部屋に閉じこもっている間に体に染みついた悪臭が消えてくれないかとユウは思った。

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