城外神殿での説得

 酒場の個室で食事をした翌日、三の刻の鐘が鳴る頃にユウとトリスタンはミネルゴ市西門近くにある旅人の宿屋街の北端で立っていた。暦は12月に入り、いよいよ晩秋の気候が深まる季節である。


 北へと顔を向けていたユウが貧民の道を歩いてくるウィンストンの姿を見つけた。貧民街辺りだと冒険者はほとんどいないのでその体格の良さが目立つ。


「待たせたな」


「そんなことないですよ。これから助祭官のエリオットさんに会いに行きます。僕が知っているのはこの人だけなんで、まずはこの人を説得しましょう」


 全員集まったところでユウを先頭に3人は城外神殿へと向かった。3階建ての手入れが行き届いている建物には人の出入りが割とある。正面の出入口から入ると、それぞれの神に対する祭壇が設けられた祈祷室が並んでいる光景が広がっていた。


 アグリム神の祈祷室まで進んだユウは近くにいた灰色のローブを着た神殿関係者に声をかけた。それから名乗ってエリオットを呼び出してもらう。しばらく待っていると老助祭官が姿を現した。


 呼び出されたエリオットはユウたち3人を見て少し目を見開く。


「おはようございます。久しぶりですね、ユウ。そちらの方々は?」


「冒険者ギルドの職員のウィンストンさんと冒険者のトリスタンです」


「アディの町の冒険者ギルドに勤めてる。今はこっちでちょいと仕事をしてるんだ」


「初めまして、今はユウと一緒に働いている冒険者のトリスタン・ダインリーです」


「私はこの城外神殿でアグリム神に仕える助祭官のエリオットです」


「エリオットさん、今日は前に受けた捜索の依頼についてお話に来ました。この2人はその話に関係しているので来てもらったんです」


「あの話ですか。わかりました。ではこちらへご案内します」


 驚いた表情を見せたエリオットは面会を求められた理由を知って何度か小さくうなずいた。声をかけてから踵を返して歩き始める。


 3人が案内された先は6人が入れる大きさの応接室だった。ユウが前に案内された部屋よりも大きく、テーブルの長い方の辺にそれぞれ3脚ずつ簡素な椅子がある。


 片面の椅子にウィンストン、ユウ、トリスタンの順に腰掛け、その対面にエリオットが座った。


 ひんやりとした室内で全員が席に着くと、エリオットがユウに話しかける。


「先程、前に受けたあの依頼に関してのお話だとおっしゃいましたが、どういったお話でしょう」


「行方不明だったジャッキーを先日発見したんです」


「なんと、そうでしたか。それで、ジャッキーは今どこにいるのです?」


「その場で別れてまた下水路の中で潜伏してもらっています」


「なぜですか?」


「ジャッキーの話によると、エミルをはずみで殺してしまったのは確かだそうですが、その原因はエミルが密輸に関わっているところをジャッキーが見たからなんです」


「何ですって?」


 話を聞いていたエリオットが動揺した。エミルが熱心な信者だったとしか知らないのであればそういう反応になるとユウも納得する。


 ここからは順番にユウの知っている話をエリオットに伝えた。エミルと密輸の一団の関係、ジャッキーとのいさかい、サイモンの存在と現在の行動、そしてユウとトリスタンが調べた密輸の一団についてだ。


 正面に座るエリオットはユウが話している間じっと耳を傾けていた。顔つきがわずかずつ険しくなっていく。


「ということで、ジャッキーがエミルを殺してしまったことは確かですが、このままジャッキーを捕らえて裁くというのはまずいと僕は思ったんです。ですから、ジャッキーには当分の間そのまま下水路の中で住んでもらうことにしました」


「にわかには信じられない話ですね。信じたくないという気持ちもあるのが確かですが。ただ、これはユウたちに失礼な言い方になりますが、証拠はないのですよね。密輸の一団が存在し、その経路があったとしても、エミルが関わっていたという証拠があるとはおっしゃっていませんでしたし」


「ですからその証拠を押さえるためにも更に密輸の一団を調べる必要があるんです。ただ、その間にジャッキーがまたサイモンたちに見つかる可能性があるので、それを何とかしないといけなくて困っています。ジャッキーは重要な証人ですからね」


「その話がすべて事実だとすれば、確かにそうですね」


 衝撃を受けた様子のエリオットが苦しげな表情を浮かべていた。自分たちの信じていた仲間が悪事に手を染めていたのだ。心の整理が追いついていない様子である。


 話が一旦区切れて応接室に静寂が訪れた。非常に重苦しい雰囲気だ。その中で次はウィンストンが口を開く。


「恥ずかしい話だが、儂は今、ここの冒険者ギルドの汚職について調べてる。それで、うちの職員と結託して密輸に手を出してる商人がいることも掴んでるんだが、ユウがしゃべったサイモンって奴はこっちで上がってる名前の中にいるんだ。人相についてもユウとそこのトリスタンから確認したがほぼ間違いねぇ」


「それではエミルも?」


「エミルの名前はまだ上がってきちゃいない。たぶん、もう死んじまっているからだろうな」


「そうですか」


 つらそうな表情のエリオットがそれきり黙った。捜索の進展について報告を受けるだけのはずが、それ以上に大問題なことを突きつけられてしまったのだ。


 なんと声をかけて良いのかわからないユウだったが、それでも話は続けないといけない。ようやく今回の本題を切り出す。


「それで、ここからが今日の僕たちの本題なんですけど、密輸の一団の捜査が終わるまで城外神殿でジャッキーを匿ってもらえませんか?」


「私どもがですか?」


「はい。エミルを殺した犯人に違いありませんが、同時に密輸に関する大切な証人でもあるんです。下水路の中では危険なままですので何とかお願いをしたいんです」


「それはしかし」


「この件は儂からも頼みたい。密輸組織を追いかけてるのは儂の方だからな。その証人としてジャッキーには生きていてほしいんだ」


「俺からも1つ。俺は没落貴族なんでちょっと前までの城内のことしか知らないですけど、今そちらって結構モノラ教とやり合っているみたいなんですよね? 平信者ならともかく、神殿勤めの信者が密輸の片棒を担いでいるって公表されたらまずくないですか?」


「確かにまずいですが、でしたら、こう言っては何ですが、ジャッキーにそのまま亡くなってもらえば良いのではありませんか?」


「ジャッキーが死んで証言できなくなっても、密輸関係者をとっ捕まえて吐かせたら名前が出てくる可能性がたけぇな」


「ああ、エミル、君はなんてことをしてくれたんだ」


 トリスタンとウィンストンから緩やかに詰められたエリオットが頭を抱えた。


 神殿で働いている信者と神殿に直接関わりのない平信者では、同じ密輸に関わったとしてもパオメラ教の組織に与える衝撃は異なる。この場合、信者のエミルが密輸に関わっていたと露見すると、城外神殿も疑いの目を向けられてしまうのだ。


 こうなると、汚職と密輸を捜査しているウィンストンたちにエミルの件をもみ消してもらうしかない。そして、そのためには協力するしかないのだ。


 すっかり憔悴したエリオットがユウたちに告げる。


「これは私の一存では決められないので、上の者と相談します。事は重大でしょうから、恐らくそちらの要望は受け入れられるでしょう。ただ、少し時間をください」


「わかりました。僕はそれで構いません。けれど、なるべく早くしてくださいね」


「儂の方も同じだ。ただ、そっちから冒険者ギルドへ相談するのは止めてくれ。本当に恥ずかしい話だが、今のギルド内で誰が信じられるのかまだはっきりとしてねぇんだ。今は儂とユウのどちらかに連絡をしてくれ」


「承知しました。それでは、私はこの件を上の者に伝えないといけないので」


 力なく返答したエリオットが弱々しく立ち上がった。今でも倒れてしまいかねない様子だ。


 そんなエリオットに対して、目を見開いたユウが立ち上がって声をかける。


「そうだ。エリオットさん、もしジャッキーを匿ってもらえるのでしたら、今の捜索依頼とは別にもう1つ捜索依頼を出してほしいんです」


「なぜですか?」


「今の依頼ですとジャッキーは殺人の容疑者扱いですから一度冒険者ギルドに身柄を渡さないといけなくなるかもしれないんです。それはまずいんで、単なる行方不明者の捜索としてもう一度依頼を出してほしいんですよ」


「ユウ、なら南西派出所に依頼を出してもらった方がいいぞ。本部側よりもいくらか警戒が緩いからな」


「承知しました」


 すっかり打ちのめされた様子のエリオットはトリスタンにもうなずいた。それからゆっくりと歩いて応接室を出る。


 室内に残った3人は大きく息を吐き出した。

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