繋がってくる話(後)

 給仕女が料理と酒をテーブルに置き終えて個室から出て行くと室内は静かになった。外の喧騒が静かに耳に響く。


「こっちの冒険者ギルド絡みの話でな、そのサイモンってヤツの名前が上がってんだ。それで、ちょいとユウの話を聞きたいんだよ」


「わかりました。初めて下水路に1人で入る僕に南西派出所の受付係の人がサイモンを紹介してくれたんです。ただ、僕はこの人とは合わないと思ったんで、1週間という提案を拒否して3日間だけ組むよう交渉しました。すると、それが気に入らなかったらしくて嫌われちゃったんです」


「嫌われたのに交渉がまとまったのか?」


「どうもサイモンの方も何かあったみたいだったんですよ。その理由は最後までわかりませんでしたが、顔が広そうなのに知り合いと組まずに僕と下水路に入ったっていうのは怪しいです。それに、当時下水路の巡回の仕事を引き受けたんですが、振り返ってみると経路からかなり逸脱して歩き回っていました」


「それで?」


「あとは2日目に害獣に追われているトリスタンと遭遇して、僕たちも一緒に逃げたくらいですね。それで地上に戻ったら、僕といるとツキが落ちるってペアを解消されました」


「他には何かあるか?」


 ウィンストンに促されたユウはそこで少し黙った。続きを話すとなると、次はジャッキーの話をしなければならない。そうなると、必然的に密輸組織の話をすることになる。


 果たして話すべきかと迷ったが、自分たちだけでは解決できそうにない問題なので相談してみるというのも一手だとユウには思えた。何よりも同じ冒険者ギルドの職員でも信頼できる。


「トリスタンと組んでからなんですけど、城外神殿の依頼と同時に巡回の仕事も引き受けていたんです。その途中で、サイモンが人を追いかけているところに出くわしたんですよ。僕たちはその人を逃がしたんですけど、サイモンはその人のことを友達のかたきだって言っていたそうです」


「その友達ってのは何て名前なんだ?」


「エミルです。城外神殿の熱心な信者だそうですよ」


「どうにもうさんくせぇなぁ。それで、お前さんが逃がした友達のかたきってのはどんなヤツなんだ?」


「この逃げていた人が、僕の捜していた殺人の容疑者であるジャッキーだったんです」


「ってことは、熱心な信者であるエミルはサイモンと友達で、エミル殺しのジャッキーを殺してかたきを討とうとしていたと。しかし、お前さんはそれを邪魔したわけだ。依頼があるから助けたんだろうが、他にも何か助けた理由はあるのか?」


「実はジャッキーを逃がす直前、僕はその正体を見破って事情を聞いたんです。すると、エミルはサイモンと一緒に密輸に加担していて、それをジャッキーに見つかって仲間にしようと失敗して揉めたはずみで殺されたそうなんです」


「マジかぁ」


 説明を聞いたウィンストンは天を仰いだ。そしてそのまま固まる。


 ユウもトリスタンもウィンストンの態度の意味はわからなかった。しかし、先程言っていた用事に関係することだけは想像できる。


 運ばれてきた料理はまだ誰も手を付けていなかった。トリスタンがちびちびと酒を飲んでいただけである。


 再び顔を戻したウィンストンはテーブルの上のものに気付いた。そうして2人に勧める。


「話に夢中になりすぎたな。2人とも遠慮なく食ってくれ」


「やった!」


 待っていましたとばかりにトリスタンは料理に手を付け始めた。黒パンにスープ、各種肉などを次々と口に入れていく。


 その隣でユウも木製のジョッキを口に付けた。味は旨いがそれを楽しむ気に今はあまりなれない。料理もちびちびととっては口に入れる。


 その様子を見ながらウィンストンも木製のジョッキを傾けた。一気に半分ほど飲む。それから息を大きく吐き出した。しばらくして、2人に話しかける。


「そのまま聞いてくれ。儂は今、この王都の冒険者ギルドの汚職を捜査してる。目を付けてるヤツはギルド職員の地位を悪用していてな、こいつを捕まえるためだ」


「だから長くここに留まっているんですね」


「その通りだ。で、実はこの汚職なんだが、ある商人も絡んでいて、そいつが密輸をしてるんじゃないかって睨んでたんだ。それでその捜査線上にサイモンの名前も上がっていたんだよ」


「そうなると、エミルとサイモンが加担していたあの密輸っていうのも関係するのかな」


「恐らくな、そこでユウ、お前の知ってる他の話を教えてくれねぇか?」


「わかりました。いいですよ」


 自分たちの安全のためにも、ユウは自分の知っていることをウィンストンにすべて話した。エミルと城外神殿、ジャッキーの証言、そして密輸の一団と秘密の出入口などだ。更には地下門番と冒険者の一部が買収されていることも話す。


 すべてを聞いたウィンストンは頭を抱えた。結構腐ってやがるとつぶやく。その間、トリスタンは旨そうに飲み食いしていた。


 話し終えたユウが険しい顔をするウィンストンに声をかける。


「これで全部ですね。僕たちだけではこれ以上のことは調べられないです」


「充分だ。儂の方で調べ切れていなかった話もあるくらいだ。やっぱ現場を押さえるのが一番だよなぁ」


「それでですね、僕の方からも相談があるんです」


「何だ?」


「ジャッキーについてなんですが、エミルを殺したことは事実ですけど、はっきり言ってこれは仕方がないことだと思うんです。そもそもエミルが密輸に加担していたことがすべての元凶なんですし、ジャッキーはむしろ被害者だと思うんです」


「完全に巻き込まれてるよな。エミルを殺したのだって身を守るためとも言える」


「そうでしょう。だから何とかしてエミルが密輸に関係していたことを暴いて、ジャッキーの罪を軽くしてやりたいんです」


「義憤にでも駆られたのか?」


「昔、冤罪で危うく罰せられそうになったことがあるんで、ちょっと違いますけどこういうのは嫌なんです」


「なるほど」


「僕はまずジャッキーの身の安全を図りたいんです。今は下水路の中で逃げ回っていますけど、先日サイモンに追いかけられていました。また見つかる可能性もあるんで何とかしたいんですが、どうしていいのかわからなくて」


「ジャッキーは証人として生きていてほしいと儂も思う。直近の問題はそれか」


 熱心な訴えを聞いたウィンストンは顎に手をやって考え込んだ。


 ユウは目の前のウィンストンをじっと見つめる。この老職員なら何か良い知恵があるのではと思うのだ。


 どんな提案をしてくれるのかとユウが待っていると、ウィンストンが口を開く。


「ジャッキーをいつまでも下水路の中で住まわせるのは良くねぇな。地上に上げてどこかに匿ってもらった方がいい」


「匿ってくれるどこかですか。僕も考えたんですけど、思い付かなかったんです」


「儂としては、城外神殿を説得するしかねぇと思う。あそこなら冒険者ギルドも貴族も簡単にゃ手が出せねぇ」


「でも、熱心な信者を殺されたと思っている城外神殿が承知してくれますか? 密輸の話はジャッキーと僕たちの証言しかまだないんですよ」


「そこがつらいところだが、儂も一緒に話をしてやろう。サイモン繋がりでユウの話に信憑性があると話せば、耳を傾けるくらいはしてくれるはずだ。そうなると、熱心な信者が悪事に手を染めていたことが問題になる」


「え?」


「そりゃこんな醜聞、大っぴらにしたくないですよね。平信者ならともかく信者ですから」


 食事に専念していたトリスタンが横から口を挟んできた。既に1人前は平らげたようで、今はもう1人前に手を出しているところだ。


 トリスタンの言葉にウィンストンがうなずく。


「その通りだ。そうなると城外神殿も黙っちゃいられん。エミルの件が事実なら、ジャッキーの口を封じるだけじゃ不充分だ。だから儂らに協力してもみ消すしかねぇ。そのためには、ジャッキーを保護してこっちへの協力の姿勢を示すしかないんだよ」


「だったらまずはエリオットさんの説得か。あと、どうやってジャッキーを下水路の中から連れ出すかですね。今の依頼は殺人の容疑者扱いだから、検問所で引っかかっちゃうと冒険者ギルドに身柄を渡さないといけないかもしれないんですよね」


「今の冒険者ギルドは信用できねぇからなぁ」


「ユウ、その城外神殿の人にもう1度依頼を出してもらったらどうだ? 単なる行方不明者を捜し出す捜索の依頼だったら、直接城外神殿に連れて行けるだろう」


「そんな手があったんだ」


「そいつぁいいな。説得が成功したらそうしてもらえ」


 再び横から話に加わってきたトリスタンの提案にウィンストンが賛成した。ユウも妙案だとうなずく。これで今後のやるべきことが決まった。


 安心したユウはようやく本格的に料理に手を出す。この後は3人で楽しく食事を進めた。

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