繋がってくる話(前)

 密輸組織について知るほどに無力感に苛まれるユウだったが、それでも日々の生活のために働かないといけない。早めに切り上げた翌朝も冒険者ギルド城外支所南西派出所でトリスタンと待ち合わせた。


 ただし、この日の待ち合わせ時間は三の刻の鐘である。いつもよりも遅いのは、調査活動を仕切り直すために精神的に間を置きたかったからだ。切れてしまった緊張の糸を張り直さないといけない。


 久しぶりに寝台でぐっすりと眠ったユウは体だけ調子を回復させて南西派出所に入る。いつもの場所には既にトリスタンが立っていた。


 ほぼ同時に気付いた2人は声をかけ合う。


「おはよう、トリスタン。なんか冴えない様子だけど、昨日は眠れなかったの?」


「いや、久しぶりによく寝た。だから体の調子はいいんだ」


「僕と同じだね。昨日出した結論を思い出すと、どうしても気が重たいよ」


「ユウの方が重症っぽいな。俺の方はユウを手伝っているだけだし」


「はぁ、どうしようかな、もう」


「とりあえず、仕事を引き受けよう。悩むのは巡回中でもできるからな」


 働くためにやって来たことを思い出したユウは小さくため息をついた。そうして踵を返して受付カウンターに向き直ったとき、その奥にいる老職員が視界に入る。


 振り向いて立ち止まったままのユウはトリスタンに怪訝そうな表情を向けられた。すぐにそれに気付いて顔を横に向ける。


「ここの都市に一緒に来た人を見かけたんだ」


「どこにいるんだ?」


「あの受付カウンターの奥で、あれ? いない?」


「おい大丈夫か? 思った以上に疲れているんじゃないのか?」


「いや、そんなことはないと思う。たぶん」


 次に受付カウンターの奥に目を向けたときには老職員の姿はなかった。幻ではなかった自信はあるものの、それを証明する手段がないので口ごもる。


 どうやって説明しようかと迷ったユウは説明のしようがないことに気付いて諦めた。首を横に振ってから行列に並ぶ。


 朝からおかしな思いをさせられたユウはため息をついた。




 前日までなら五の刻の鐘が鳴り終わった頃に下水路網から出てくるユウたちだったが、この日は六の刻近くまで出てこなかった。今日は密輸組織の調査はしないため、生活費を稼ぐ方に重点を置いたのだ。


 南西派出所で事後処理の手続きを済ませて報酬を得たユウとトリスタンは機嫌良く受付カウンターを離れた。


 手に入れた貨幣を懐にしまったトリスタンがため息をつく。


「毎日安定して稼げるのはいいけど、やっぱり巡回の仕事じゃなかなか貯まらないなぁ」


「生活費を差し引いたら銅貨2枚にもならないからね。懐かしいな、駆け出しだった頃がこんな感じだったよ」


「いいよな、蓄えに余裕のある奴は。俺なんて、ユウと組んでから蓄えられた額は銀貨1枚にもならないんだぞ」


「いや、その額は僕も似たようなものじゃない。もしかして今、銀貨1枚の蓄えもないの?」


「さすがに1枚は持っているけど、ああ、前までの博打のような生活がなぁ」


「なら、明日は害獣駆除の依頼でも引き受ける? 僕らが引き受けられるのは割に合わないやつが多いらしいけど、うまく出費を抑えられたら一儲けできるんだったっけ」


 相変わらず切羽詰まっていることを知って同情を寄せたユウが提案した。1度くらい下水路の巡回以外の仕事もしてみたいという本音も少しある。


 仕事上がりに雑談をしながら2人は南西派出所の建物を出た。いつもならこのまま貧民の歓楽街に向かうところだ。しかし、この日は違った。


 貧民の道を西に向かって歩こうとしたユウは背後から呼び止められる。


「やっぱりユウか。お前さん、まだここにいたのか」


「え? ウィンストンさん、やっぱりいたんですね!」


「おお、こっちに用事があってな、朝にも来てたんだよ」


 笑顔を向けるユウに対してウィンストンが余裕の表情で答えた。次いで隣にいるトリスタンへと目を向ける。


「そっちの若いのは?」


「今僕と一緒に下水路に入ってくれているトリスタンです」


「ウィンストンだ。アディの町の冒険者ギルドの職員をしてる。今は用があってこっちに来てるがな」


「俺はトリスタン・ダインリーです。この王都で冒険者をやっています」


「なるほどな。どうりでユウが臭うわけだ。しかし、なんでまたここの下水路網なんぞに入ってんだ?」


「それはちょっと色々と理由がありまして。僕も最初は入るつもりはなかったんですよ」


「ほほう、なんかありそうだな。そうだ、一緒にメシでも食うか? 城外の歓楽街に行くからちょいと遠いが、食わせてやるぞ」


「本当ですか!? やった、ただ飯!」


 ユウよりもトリスタンの方が反応した。両手を天に突き上げて喜ぶ。隣のユウは目を見開いて固まっていた。


 ついて来いと言うと歩き始めたウィンストンに対して、ユウとトリスタンは続いた。今は鎧を身につけていないが、だからこそまだ衰えていない老体が目立つ。


 城外の歓楽街にたどり着くと、ウィンストンは路地に入って少しの所にある酒場へと入った。近くにいた給仕女に話しかけて個室を確保すると案内させる。四角いテーブルを中心に据えた4人掛けの部屋だ。


 片側にユウとトリスタンが座り、その対面にウィンストンが1人で座る。給仕女に5人分の料理と酒を頼むと下がらせて扉を閉じた。


 注文を終えたウィンストンがトリスタンに顔を向ける。


「さてと、話したいことは色々とあるんだが、まずはトリスタン、お前さんについて聞きたい。姓があるってことは貧民じゃねぇよな?」


「これでもダインリー男爵っていう貴族なんですよ。家が没落したんで、今じゃ冒険者をやっていますけどね」


「没落したにせよ、落差が激しすぎねぇか? 普通は街の中で何かするもんだろ」


「親がちょっとやらかしまして、それで城内には居づらくなったんです」


「あー、そういうことかぁ。すまんかった」


 事情を聞いたウィンストンは決まり悪そうな顔をした。一言謝罪して謝意を示す。トリスタンも気にした様子はなかった。


 ひとまずトリスタンとの会話を終えたウィンストンが次いでユウに顔を向ける。


「ユウ、お前さん、旅に出るって言ってたが、なんで王都の下水路網に入ってんだ?」


「アディの町で身分保証状をもらったんで、城外神殿に顔を出したんですよ。そうしたら、交換条件で下水路網に逃げた信者殺しの犯人を探してほしいって頼まれちゃったんです」


「それで引き受けたのか。お前さんも大変だな。にしても、殺人犯の捜索か」


「依頼を引き受けた当時は殺人の容疑者だったんです。それが色々と調べていくうちにどんどん面倒なことになっちゃって」


「お前さん、厄介事に巻き込まれるのが好きだなぁ」


「好きでやっているんじゃないですよ。下水路の中は臭いし、たまらないですよ」


「はっはっは! そうかそうか」


 面白そうに笑うウィンストンに対してユウはむくれた。他人が聞けば面白いのだろうが、渦中の人物としてはたまったものではない。


「それにしても、今の話を聞いただけじゃ、お前さんら2人の接点はまるでないように思えるな。一体どんな出会い方をしたんだ?」


「初めての出会いは酒場で僕が声をかけたのが始まりですけど、そのときは一旦そこで終わったんですよ。組むきっかけは、僕が南西派出所の受付係の人から紹介されたサイモンっていう冒険者と活動しているときに、害獣駆除に失敗して逃げてきたトリスタンと再会したことですね」


「害獣駆除の失敗だ?」


「俺の前の相棒が引き受けた依頼で、駆除しに行ったら敏捷鼠ラピッドラットが大量に発生したんですよ」


「それで、その相棒と一緒に逃げてきたってわけか」


「いえ、相棒は逃げ切れずに死んだんです。それで俺だけで」


「そりゃしょうがねぇな。手に負えねぇもんだったら逃げるしかねぇ」


「その後僕はトリスタンの相棒を捜すために仮のパーティを組んだのが始まりなんです」


 話し終えたユウがウィンストンを見るとうなずいていた。つい最近のことなのでまだ記憶も新しい。


 ここまで色々としゃべってきたユウだったが、今度は自分からウィンストンに問いかける。


「ところで、ウィンストンさんはこの都市で何をしているんです? あれからもう3週間近くになりますよね」


「実はめんどくせぇことを任されてるんだよな。冒険者ギルド絡みでよ。もしかしたら、お前さんも関わってるかもしれねぇが」


「え、僕ですか?」


「さっき、サイモンっていう冒険者を紹介されたって言ったよな。その話を詳しく聞かせてくれねぇか」


 関わりがあると伝えられたユウは目を白黒させた。どういうことか尋ねようとする。


 そのとき、扉を丁寧に叩く音が耳に入った。ウィンストンが返事をすると給仕女が料理と酒を運んで来る。


 気勢を削がれたユウは配膳が終わるまでじっと待ち続けた。

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