誰が敵で誰が味方なのか
下水路で発見した秘密の出入口の近くで何日も様子を窺っていたユウとトリスタンはついに密輸犯たちを目にした。久しぶりの仕事で浮かれているのか、冒険者2人が楽しげに雑談をして態度の大きい冒険者に注意されるのを目撃する。
しかし、ユウたちはその雑談から重要な話をいくつか耳にした。サイモンがジャッキーの命を狙っているということをだ。完全に口封じである。
荷物を背負う人足を挟むようにして冒険者が立つと密輸の一団は動き始めた。徐々にその場から離れてゆく。
「ユウ、このままじゃ見失うぞ。追いかけよう」
「そんなに急がなくてもいいよ。完全に見えなくなるまで待つんだ」
「のんきだな」
「ここから城内に行くためには検問所を通るはずなんだ。あそこで追いつけばいいだけなんだから、ここで見つかる危険を冒す必要なんてないでしょ」
「もし検問所にいなかったら?」
「そのときは秘密の抜け道があるってことになる。前に捜したときに見落としていたんだ。だからもう1回捜し直しかな」
「あいつらの後を追いかけた方が楽そうなんだけどな」
「今はまだ相手を見つけたばかりなんだから、見つからずに調べる方が重要だよ。どうせこれからも密輸はするんだろうし、追いかける機会はあるって」
2人はやや急いで検問所に向かった。ユウとしては検問所を通ることは半ば確信しているが、どうやって通過するのかまではわからずじまいのままだ。ここの謎をできれば今回で解き明かしておきたいと考える。
一旦姿が見えなくなった密輸の一団に追いつくのは難しくなかった。幹線下水路に出た頃には遠くにその後ろ姿を再発見したのだ。一団は急いでいるわけでもなく、ごく普通の速度で歩いている。
下水路網の出入口に近づくにつれて周囲に人の姿が増えていくが、密輸の一団を怪しむ者はいなかった。あまりにも堂々としているせいか、一見すると補修工事の集団に見えるのだ。ユウも何も知らなければ興味を持つこともなく通り過ぎる自信がある。
やがて先を進む密輸の一団が検問所に差しかかった。列の最後尾に並ぶ。
その間にユウとトリスタンは更に近づいた。間に3組のパーティがいるので堂々と列に並ぶ。密輸の一団の冒険者でさえ、ユウたちに注意を払うことはなかった。
順番待ちをしていると、密輸の一団の番が回ってくる。地下門番の1人が密輸の一団の代表者らしき男と話をしている間、他の地下門番は一団の冒険者や人足と親しげに雑談するだけで荷物を調べようともしない。そしてついに、そのまま城内へと通された。
事前に予想していたとはいえ、地下門番たちが荷物をまったく調べようとしなかったことにユウは衝撃を受ける。形式的にでも荷物の中を見ると思っていたらそれすらしなかったのだ。
順番待ちをしている間、ユウはトリスタンに小声で尋ねる。
「トリスタン、さっきのやつ、どう思う」
「難しいな。知り合いには見えるんだが、抱き込まれているかと言われたら、うーん」
「でも、荷物を1つも調べなかったよ?」
「職務怠慢と言えばそうだが、逆に言うとそれだけにしか見えない。知り合い同士だと大体あんなものだからな」
厳しい表情のトリスタンがユウに自分の意見を伝えた。今のところ怪しい止まりというわけだ。ユウとしては黒に見えるが習慣としてよくあるらしい。
順番が回ってきたユウは捜索の依頼であることを地下門番に伝えた。多少詰問されるが以前と同じように返答するとそれ以上は追及されなくなる。
2人が許可を得て検問所を通り過ぎた頃には密輸の一団の姿は見えなくなっていた。ユウがトリスタンに顔を向ける。
「どこに行ったかわかる?」
「幹線下水路をずっと伝って行った。このまま追いかけたら追いつけるんじゃないか」
小声で応じたトリスタンが先頭を歩いた。ユウもそれに続く。
しかし、幹線下水路が2つに分岐している地点までやって来ても密輸の一団の姿は見つけられなかった。一団よりも確実に早い小走りで進んだにもかかわらずだ。
ぼんやりと浮かび上がる汚水の流れの脇でトリスタンが顔をしかめる。
「くそ、見失ったか。どこか枝分かれした下水路にでも入ったのか」
「恐らくそうなんじゃないかな。でもこれってつまり、行き先は検問所からそう遠くないってことだよね」
「分岐した先を伝ってずっと奥まで行けるからまだ断言するのは早いぞ、ユウ」
「そうなんだ。でも、今日1日の成果としては大したものじゃないかな。今までの成果なしに比べれば」
「そう思うしかないな。で、この後どうする?」
「この辺りをうろついて害獣を駆除してから戻ろうか。今すぐ戻ると検問所で怪しまれるしね」
ある程度時間を潰して引き上げることにトリスタンも賛意を示した。すっかり気が抜けてしまったらしく、つい先程までの緊張感はない。
この後、ユウとトリスタンは近場の下水路で害獣を探し回った。
ユウとトリスタンは初めて密輸の一団を発見した後も同じように見張り続けた。すると、数日後にやはり秘密の出入口でまたもや一団が現れるのを目迎する。そのときも最初に冒険者2人が周囲を警戒した。
それにしてもこの冒険者2人はなかなかのおしゃべりらしい。あるいは余程暇なのか、態度の大きい冒険者に注意されるまでまたもや雑談をする。今回は、地下門番と一部の下水路網巡回の冒険者を買収済みなので楽だと嬉しそうに話していた。
このときも密輸の一団を追跡するつもりでいたユウだったが、この話を聞いて中断する。買収された冒険者が誰かわからない以上、迂闊に追跡するのは危険と判断したからだ。
地上に戻ってきた2人は下水路網の出入口の階段を登りきったところで大きくため息をついた。正確な時間はわからないが、辺りは真っ暗で往来する人もほとんどいない。12月目前だけあって冷え込みが厳しくなってきていた。
寒そうに両腕をさするトリスタンがユウに顔を向ける。
「ユウ、これからどうする? もう酒場は閉まっているだろうしなぁ」
「城外支所本部の打合せ室に入って話をしたいんだけど、話す内容を聞かれるのもちょっと困るし」
「宿は南西派出所の方の宿屋街なんだろう? 歩きながら話そうぜ。こんな夜更けじゃどうせ周りに誰もいないぞ」
「そうだね。この松明、もうちょっと燃えてくれるかな」
「あそこに
手にしている使い捨ての松明の先を篝火に突っ込んだ2人は、その弱々しい明かりを掲げて貧民の道を西側に向かって歩き始めた。まばらとはいえ人通りのある冒険者の宿屋街を通り過ぎるまでは黙ったままで、人通りの途絶えた城外の工房街辺りから口を開く。
「それで、ユウ、これからどうするんだ? 誰が密輸組織とつるんでいるのかわからないとこれ以上は動きようがないぞ」
「そうなんだよね。最初はジャッキーの犯行が仕方のないものだと証明できればと思っていたけど、想像以上に大変なことだって今やっとわかったよ」
「俺ももっとこっそりやっているのかと思っていたけど、あれじゃ通報してお終いとはいかないよな」
たまに吹き付ける冷たい風に身を震わせながらユウとトリスタンは力なく歩いた。
冒険者だけでなく地下門番も買収しているとなると、冒険者ギルドという組織をどこまで信用しても良いのかわからない。仮に決定的な証拠を掴んでサイモンたち密輸の一団を冒険者ギルドに突き出したとしても、すぐに無罪放免で釈放される可能性が高いのだ。そうなると、後はミネルゴ市にいる間は報復に怯えながら過ごさないといけなくなる。
そのまま黙って歩いていた2人は交差点を越えて貧民街に差しかかった。すると、今度はユウが口から開く。
「ジャッキーの言うことは正しかったね」
「だからこそ、俺たちじゃどうにもできなくなったってのは皮肉だよなぁ。それでそのジャッキーなんだけど、このままの状態で安全だと思うか?」
「それなんだよね。密輸はこれからも続けられるだろうから、当分あの密輸組織はなくならない。ということは、地下門番も冒険者も買収されたままだろうから、いつかその買収された冒険者に見つかるかも。最初は大丈夫だと思っていたんだけど、思ったよりも危ないのかもしれない」
「サイモンって奴には1回見つかっているしな」
「でも、どこに匿えばいいのかって言われると困るんだよね」
まさか冒険者ギルドも絡んだ大がかりな密輸組織だとは思わなかったユウはため息をついた。いっそジャッキーをこのまま城外神殿に連れて行って事情を説明した方が良いのではとも思えてくる。
弱々しく輝く松明を手にしたユウとトリスタンは肩を落として歩き続けた。
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